177.冷たい君は息をした

「何故このタイミングで使いますかねぇ…」
「親父から聞いた。火影がダンゾウに挿げ替えられたことで、火影派暗部は動きを制限されているってな」
「ええ。僕達が担っていた任務全て根に取って代わられました。全く気分が悪いです。南の防衛だって僕達暗部が長年担っていたのに!」

シカマルは一つの紙切れを片手に目の前に現れたイヅルと見比べた。少し前に渡された口寄せ紙は本当に効力を発揮したらしい。イヅルは機嫌悪そうに目線をつま先に向けている。

「五代目様の回復を願い、僕達は暫くの間別所にて待機します。ダンゾウに下る気は更々ありませんから」
「根とは溝が深いと聞いていたが、意外だな」
「シカマルさん。暗部も意外と選り好みするんですよ。特に自分の命を握る相手には。」

最もだ。ダンゾウに握られては明日が命日といっても語弊はない。

「…先輩のビンゴブックですが。僕達が勝手に廃棄しましたから」
「…は?」
「信じてないんで。あの人の里抜け」

あっけからんと言われて、目が丸くなる。その顔がなんともまぁあの人にそっくりで、兄弟なんだと実感する。

「三家は認めても僕達は先輩を待つ。あの人は、帰還屋ですから」
「…、」
「あの人の話はそれくらいにして、そろそろ僕を呼び出した理由を聞かせてもらってもいいですか?」

…情報があるだけ、知ってる分だけ、開きかけた口を噤む。兄の仲間達は待っている。内輪の問題だと散々話し合ってきたというのに、兄の世界はここだけではないのだと、改めて知るのだ。

「暁とサスケが手を組んで、雲隠れの八尾を奇襲したとの情報が上がってきた。それを踏まえ、五影会談が開かれることになった。」
「サスケ?…ああ、うちはの生き残りでしたっけ。」
「俺とサスケはアカデミーの同期でな。ナルトのダチでもある。…サスケは木の葉の忍だった。八尾の襲撃は木の葉と雲の戦争に繋がりかねない。だとすれば、里としての答えはひとつだ。」
「なるほど。うちはサスケを木の葉側で…ということですね」
「上の指針もほぼ揃った。雲と戦争するわけにはいかねえ。」
「上…とは、まさかダンゾウは噛んではいないでしょう。はあ。なるほど。そんな大捕物に僕達が参加できないのは残念です。僕達が動けないと知って、何故情報をくれたんです?」
「暗部のコントロール権はダンゾウにいっちまった。なら真っ当な情報すら入らないだろ。暗部は木の葉が誇る砦だ。…頼むぞ。」

共有して、決して損にはならない。里の中でも忠誠心は随一。兄が属する、火影の私兵だ。

「シカマルさん。貴方は、貴方のやるべきことをやるだけです。たとえそれが、どんな結果になったとしても、後悔なんてしないように。立ち止まることのないように。僕の兄の忍道は、まさにそれでした。」
「…ナグラさんか?」
「兄はきっと、先輩を助けたことに後悔なんてしてない。まあ、僕にとっては………そんなこと、ないけど。だから、それでも、僕はシカマルさんの気持ち少しは理解できてるつもりです」

イヅルは、どんな結果が待っていようと反逆という手段を用いて為そうとした。後悔はなかったことだろう。そして、今はこうして新しい名前と共に生きている。

「他人のために命を懸けられる。僕達の兄はとんだお人好しです。」
「…まあ、そういうことなら、俺達は似てるかもな」
「僕は謝りませんよ。あの時、あなたの兄にした事。名前を変えたところで、人が変わるわけじゃない。」
「相変わらずそこは相容れねぇが、別に兄貴も許してもらおうなんざ思ってねぇよ。あれは兄貴の我儘だ。」

イヅルは面の奥をにっ、と細めた。

「僕達暗部はいつでも火の意志と共にある。忘れないでください。シカマルさん。」





べちゃべちゃ。鼻歌を口ずさみながら上機嫌にひとつの体を捏ねまくっているのはゼツだ。

「トビー、終わったよ。穢土転生の材料にもしないなんて、なにに使うのさ。」
「そいつには俺の意志が反映されている。元来、"当てられやすい"忍だったんだな。可哀想に。自分の意思など、昔からなかった筈だ。しかし、これほど俺と同調する者もまた珍しい。」

ゼツに捏ねられていた体は元の人らしい外見を削ぎ落とされ、真っ白に変色。しかし、顔だけは形を残され片目を隠す頭髪もそのままだ。

「服を着せてやれ」
「はーい。」

「おはよう奈良シモク。」

勢いよく目を開き、体はばんっと飛び起きた。口を魚のようにぱくぱく動かしながらキョロキョロと忙しなく周りを見渡す。

「世界の見え方は変わったか?」

忙しなく動く頭を止めるように、トビの片手がシモクの顎を掴み上げ、漸く目線が交わった。少し前に相間見えた時はその片目の紅に酷く動揺していたが、今はどうだ。

「ずっと押し殺されてきたんだろう。俺と同調するほど、深い絶望を抱いている。」
「あ………、…」
「お前は賢いから、すぐに言葉だって会得するさ」

ぶちっ。シモクに掴まれた手から血が滴り落ちる。丸く切られていた爪が食い込んでいる。今は手加減を知らない幼子同然だ。大目に見てやる。これはただの、憐れみだ。何もかも忘れてしまいたいと願う、理想の世界に生きていたい。月の眼計画の象徴だ。実際、捨て置いても良かったのだ。イタチの最後を知るシモクは、計画の障りになる可能性がない訳ではなかった。しかし、まあ。昔の自分と思えば、可愛いものだと。

「サスケが知れば、ただじゃ済まないだろう。こいつはお前が育てろ。ゼツ。」
「えっオレこいつのママになるわけ?」
「一瞬だ。すぐに俺のようになる。」
「わかったよ。ハッピーバースデー、奈良シモク。ママだよお。」

ぶちっ。きゃっきゃと笑いながら伸ばされたゼツの手を更に鷲掴む。血こそ垂れないが、べちゃりとした感覚にさえその顔はぴくりとも歪むことはない。

「いたーい。」
「こいつは、謂わばもう一人の俺だ。」
「じゃあ大事に育てなきゃね。」

…はてさて。あの木の葉の古株、猪鹿蝶の奈良家にこんな奇異な状態に陥る人間がいるとは。表立って才能を見せつけない、地味な一族の印象だった。能ある鷹は爪を隠す。まさにぴったりな謳い文句だ。頭脳と能力のバランスが取れているから、里の脅威とならないで済んでいるだけで、もし奈良一族の能力がうちはと同等のものだとしたら。木の葉は気づかぬ内にひっくり返っていることだろう。それほど頭脳に関しては、ずば抜けている。内戦を起こさずとも裏の裏の裏までをも読み、確実に。しかしそれだけの戦闘力を有している訳でもなく、一族は非常に義理堅く温厚だ。あの時代においても猪鹿蝶三家と仲違いを起こさないことは珍しいものであった。そんな奈良一族は一度だって汚名を被ったことはない。だからこそ、シモクの存在は異端で仕方ない。身体と魂すら分断されている状態で、なぜ生きている?

こいつ、本当に奈良一族か?

奈良家が代々受け継がれる隠遁は、特別な血継限界ではない。一族の者でなくとも修行を積めば特段取得できない技ではないのだ。しかしその特性ゆえ、相当に頭の切れる術者でなければ使い道は限られる。それを巧みに扱うのが奈良一族だ。だからこそ影を操る奈良家はその術に突出したのだ。派手ではないが、その術と奈良一族の相性の良さは、今後も右に出る者はいないであろう。そう…うちはの血継限界とは違うのだ。

「気になるところはあるが」

体だけ残して、中見はどこへ行ったのやら。

「サスケに見つからないように子育てするには、奈良シモクって呼んじゃだめだよね」
「呼ばなければいい」
「わかってないねトビは。子どもに名前を付けない親なんていないんだからねっ」
「ならば好きに呼べ」

奈良一族に血継限界は存在しない。しかし命を落としている訳ではないこの奇怪な状況。魂を己の体から切り離す忍はいない訳ではない。確か木の葉にも居たはずだ。しかしそれとは別物。ならばシモクだけの変異である可能性も考えられる。幾千もの修羅場を潜り抜けた忍には、よくある事だからだ。

「はやくトビみたいになれるといいね。」

焦茶色と相対するような黒色の三白眼は微動だにせず。ただ面白おかしく動くゼツを見つめていた。




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