176. 痛みは痛みを産んだ

比較的取得が難しくないと言われる隠遁だが、その"扱い"は高難易度だ。玄人好みと言うのだろうか。扱いこなせるだけの頭の回転力も伴うため、頭脳明晰な奈良家が代々継いでいる。その昔の奈良家では隠遁を使えない者達が一定数存在していた。チャクラとの相性が原因なのではないかと云われているが今でも原因はわかっていない。奈良家は男家系であり、女は生まれ辛いというこれまた原因不明の偏りにも悩まされている。外の血が混ざりに混ざったから。なんてことを言う者もいる。そんな比較的閉鎖的とは言い難い家系図であるため、もしかしたら本当にいつの頃からか、陰遁と相反する血が混ざったのかもしれない。陰遁を使えない者は代わりにあることに突出していた。

「異様に心身が強靭であり、酷く優しい」

奈良家では所謂ハズレ者を木の葉創設以来一切出していない。そんな真っ直ぐ義理堅い一族だから、その環境がそうさせたのか。陰遁を使えない者は自分の存在を持って一族に尽くそうとする傾向が強い。

「そして、そんな優しさすらも利用するかのように、彼奴らは俺達奈良家のなかでも希少な血継限界を持っている」
「血継限界…?」

その身を空蝉として、その命全てを捧げてなお、

「奈良一族の影となることだ」

魂魄なりとも、一族の繁栄を。奈良として生きていけないことを詫びるように。血継限界を持つ者たちはみんな、漏れなく全員がその最後を辿っている。その中に天寿を全うした者など一人もいない。全員が若くしてその使命を自然と理解し、命を落としてきた。

「影となった者たちだけが使える禁術。それは昔話とされていたが、代々奈良家の頭となるてめぇの倅に語り継ぐのがしきたりだ」
「ならなんで俺に話さなかった。俺はそんな話聞いちゃいねぇ」
「大昔の、作り話も甚だしいと。だからお前には話さない。俺の代で止めようと思っていたんだ。」

…そう。"二人目"のお前には。

「お前が生まれる前、当時の16代目はシモクに継がせるつもりだった。だから、シモクは俺の後を継ぐために歴史書を漁った。自分は奈良の16代目になるから…とな」

シカマルの顔に緊張が走った。いや、だいぶ前から。この話をした時から、おおよそなにを言われるか検討がついていたのかもしれない。

「兄貴は………この話を…知ってるってことか?」

……心身が強靭で、誰よりもお人好し。隠遁が使えず、奈良の16代目を弟に挿げ替えられた劣等感を抱える人。

「親父から…14代目から話があった。シモクはすでに禁術に手を出した。もう戻ってくることはない。」

自分の命を以って一族のために。
違う場所にいても、同じ影の下で見守っている。

…影が畳に伸びて、庭の鹿達がこちらを静かに見つめている。最後に聞いた兄の言葉が、妙に耳に残っていて。その話を聞いた後なら、何故か兄がその時すでに覚悟を決めていたのではないか…なんて、容易に考えられる。腕を組んだまま顔を俯かせる父が。この話が14代目と15代目の間で行われたことが。確たる証拠を持って決定付けられたのだと。自分とて忍を。兄は暗部をやっているのだ。いつか、いつかこうなる時が来ると分かってたのに。だけど、殉職ではなくて、よりにもよって自分達の…一族に返還される為に命を捨てたって…?

「…は、」

この…里抜けなんてレッテル貼られた状態で、なにを。おかしい。あまりにもタイミングがおかしい。

「なら…なんで今なんだ?そもそもその禁術の効力はなんだってんだよ!?」
「禁術の名は、"影還り"。自分の影に、己を食わせるのさ。己を食わせるってのは生命エネルギーそのものを変換するってことだ。チャクラ量のない者が一度でも手をつけたら最後、自身の肉体に帰れなくなる。それこそ、命を懸ける行為。禁術なんだ」
「…」
「奈良一族の歴史は、なにも表面上のものだけじゃねぇ。この木の葉で存続し続けてきた理由にしちゃあ…随分と滑稽だ。計算高く策士と称された俺達が、蓋を開けりゃ粗暴な身内殺しとはな。通りでハズレ者がいないわけだ。表沙汰になってないわけだ。…あいつらが優しいから。その優しさが一族を許してきた」

シモクは家族…いや、自身がその手の内で守ると決めた者達のためならば文字通り命を捧げる。今までの行動全てが危うかった。全てが物語る。シモクは…禁術が使える。兄を侮辱するつもりは決してない、だけど隠遁が使えないのは事実だ。思い返せばあの演習試合。兄の影は目視が難しい程に薄かった。サクラやヒナタが反応できない程に気配がなかった。影真似の術はチャクラを己の影に練り込むことで自在に操れるというもの。その理屈に従えば、単に兄はチャクラ量が少ないから影に影響が出ただけだと思っていた。では、禁術が絡んでいたのなら?あの時、兄の周りは目まぐるしく変わり、動いていた。

「…わかんねぇんだ。考えれば考える程。信じようとすればする程、兄貴のことがわからなくなる。」

なんでそこまでする?なんでそこまで懸けられる?

「自分に頓着がねぇからだよ。」

ここにヨシノがいなくて、本当に良かったと思う。

「一族の頭になれなくて、暗部になって、大量の屍の上に立つ。おかしくならない訳がない。一度は写輪眼にすら手を出したんだからな。」

シカクに示された命の使い時、ヨシノに諭された自分だけの命の在り方。

「全部ひっくるめて考え抜いた使い道が…"一族への返還"なんだ。」

影に還った先代達が、そうしてきたように。自分の意思が無かったわけじゃない。それなのに、なぜ"生まれた時から用意されていた"かのような道を進んでしまうのだろう。なぜ、血を分けた兄弟である自分と、こんなに違うのだろう。

「…聞いちゃいねぇくせに、決めつけんな。兄貴は暗部じゃ有名な帰還屋だ。帰るのは、影の中じゃない。俺達の処だろーが!」

生まれた時から。一度だって自分の思い通りに動いたことはあったか?

「俺は、そんなもん認めねぇ。兄貴の命なんか少しも欲しくねぇ。俺が奈良の16代目だっていうなら…!」

一族の代表として。

「そんな"優しさ"なんか、いらねぇって!いまも…この先の未来でも!」

あんたが嫌いなピアスに誓って、言ってやる。




「五影会談な……暁に、サスケに…はは…始まんのかな…戦争が…」

尾獣とは、9つの里に散らばり、管理されている最強兵器と云われている。我らが火の国木の葉隠れの里は9つ目の尾獣、九尾を所有していることは周知の事実だ。里の大きなしこりと併せ、各里への抑止として機能している。しかし尾獣は"そのまま"での管理が難しく、自ずとひとりの人間の中に封印されることとなっている。尾獣を封印した人間を、人は人柱力と呼んだ。人柱力は様々で、圧倒的なその力を使いこなすだけでなく、里の長にまで上り詰めた者こそ少なくない。長年人柱力として培った技術、知識、時間…緻密なコントロールの元でこそ尾獣と共存している。だからこそ、そんな人柱力ごと支配しようと目論む輩も大勢いる。掃いて捨てるほどいる。結果、人柱力が死のうが、敵国の戦力を五割以上も削ぎ落とせると言うのなら、誰だってそうする。

「暁と抜け忍、うちはサスケが手を組んだとなれば大変な凶だ。くそ…兄弟揃って里に泥塗りやがって」
「オクラは里思いだな。」
「そう思わなけりゃ、釣り合わないだろ。何のために俺たちが体張ってると?」
「…お前はちぃと変わったよ。シモクも。何考えてるかわかんねぇ」

いや、情報を取り扱う部署に召し上がってから、徐々に片鱗はあった筈だ。オクラは筋金入りの忍。もしかしたら、仲間や家族に伝えていない事すら山のようにあるに違いないのだ。

「…うちはサスケは木の葉の出だ。よりにもよって暁と組んだ。雲隠れの八尾に手ェ出して、雷影がお怒りなんだよ。」
「はあ…つまりは?」
「わかるだろ?木の葉が雲隠れに突きつけられる問題」
「木の葉の抜け忍は、木の葉で殺せ…ってことだろ」
「サスケだけで済むのなら、俺は喜ばしい。しかし木の葉は直近で里抜けを出しちまってる。それが無名な者ならいざ知らず、今や里外にも名を馳せる帰還屋だ」

この時期に…里抜け。暁の脅威が各里に…木の葉に、振り下ろされた直後だ。

「雲隠れの雷影の噂は知ってるだろ?短気なきかん坊。しかし、雷影だ。シモクの里抜けを小耳に挟んでいたなら、纏めて排除しろとも言いかねない。」
「そうだな…俺が影ならそうする。見過ごした小さな火種が、大きな火柱に変わるなんて、この世界よくあることだ」
「…此度の五影会談は、無論雷影の招集だ。」

勘弁してくれ…新は息を細くつきながら額に手を当てた。オクラも腕を組み直しながら眉間の皺を刻み続けている。…五影会談。一般の忍なんかが、意見なんぞできるはずもない各里の影達の会談だ。そこで定められた決議が、木の葉の抜け忍、うちはサスケ並びに、奈良シモクの排除だとするならば。今後どれだけ否定しようとも、命令が覆ることは無い。里だけじゃない、各国の影との約束になるからだ。木の葉内部で留められたならばまだマシだった。五代目の復活を信じているからだ。木の葉の問題で留まっていたならば、信じて、信じて、必ず里内に連れ戻してやれる。それが、五影会談で議題に登れば終わりだ。そもそも、シモクは既に木の葉のビンゴブックに載ってしまっているのだ。そして、今五影会談をするということは、今の火影はダンゾウ。ビンゴブックを更新させたのもダンゾウだ。雷影がシモクを知らなくても、どさくさに口に出されれば?あの雷影の事だ、頭に血が昇っていれば簡単に纏めて抹殺を求めるだろう。疑わしきものは罰せられる。今の忍界は、そこまで危ういのだ。

「…最近まで、根に潜入して写輪眼を…馬鹿野郎…こんな疑われるようなことばかり残しやがって。擁護しようにも限界がある…」
「なあ、俺たち間違えてないよな?シモクを信じて…いいんだよな?」
「新…。」
「悪ぃ。俺自分が分かんなくなるばかりか、周りのことも分かんなくなっちまって…俺がおかしいのか?シモクは変わっちまってて、それで…」
「滅多なことを言うな!新!」
「じゃあ何だってんだよ!なんで里抜けなんかしたんだよ!俺に散々…ッ散々うぜぇくらい!里を抜けるなと言ったくせによぉ!!!!」

弟の命を背負って生きろと。お前が言ったんじゃないか。

「なあ!木の葉がこんなぐっちゃぐちゃにされてんのに!あいつ、なんでそんな俺たち残して居なくなった!?何もかも滅茶苦茶だ!あいつが!あいつが余計な事しやがったから!」
「落ち着け!」
「五代目は昏睡状態、猪鹿蝶三家は里抜け認定、ビンゴブックの更新、今度は五影会談!なんなんだよ!もう守れるわけないだろうが!こんな馬鹿でもわかるような事、シモクが分からない訳がない!俺達より頭が回るあいつが、知らない訳がない!」

お前の大事な家族に、里抜けを出した汚名を着せるなんて。

「分からないんだ…あいつの考えてる事…分からないから腹が立つ。見えないんだ、なんにも。」

あの日、お前は親友だと言っていたうちはイタチの死を目の当たりにして。おかしくなっちまったのかな。

「もう…おかしくなったって…そう言ってくれたほうが楽だ…。そうしたら、俺たちは何の迷いもなく…解放してやれるじゃないか」

…ほらオクラ。お前だってなんにも言わないじゃないか。嫌と言うほど、いろんなものを見てきた。いっそ全部放ってしまえたらなんて、何百何千と考えた。だけど俺たちはそれが許されなかった。生まれた時代も、生きてる今も。投げ出そうとするたびになにかに堰き止められて、諦めようとするたびなにかに背中を押されて。そして…今ここに居て。

「俺は、シモクは正気だったと思う。シカマルが証人だ。しかし…カカシさんの見立ても気になるところだ。シモクがカカシさんを避けるなんて考えられん。」
「…じゃあ、またなんかされたってことか?」
「否めない。あいつは俺たちとは別の意味で…"支配される忍"だからな」

暗部と忍。なにが違うというのだろうか。同じ深緑のベストを着て、隣に並んでたなら。少なくとも、こんな皮肉はなかった。

「…五影会談で、影達の決議に、シモクの抹殺が加えられたとして。お前は…それを受け入れられるか?オクラ」




「見誤るな。俺は木の葉の忍。千手派閥土中オクラだ。里の決定に…異議は唱えない」

そう言って唇を噛み締めるのは、あの日の…2人ぼっちで受けた中忍試験の時と、全く同じだった。




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