175. 灰色の世界は今日も涙日和

動くなと言われれば動かない。命令一つでなんでもこなしてみせよう。たとえそれが自らの命を差し出す事であったとしても。コウも俺も。その他在籍する日向家若衆全員がそうするだろう。ただ、コウ達と違うとしたら。頭を垂れる人間が真逆にいることくらいだ。そう、たったそれだけ。間違いなく俺はヒナタ様やハナビ様より、真っ先にネジの命を取る。その自信しかない。しかし日向家は鉄壁のヒエラルキーが存在し、若衆は日向家の中でも末端。更に落ちこぼれの俺は底辺だった。底辺だからこそ。自由に羽ばたけていただけなのかもしれない。もしかしたら他の若衆の方が辛い環境にあったかもしれない。上にいけば行くほど待遇が良くなるわけでも、ましてや幸せになれるなど幻想であったと思い知ったのはヒアシ様の温情を受けた時だ。双子は、どうにしても優劣をつけられ比較され分たれるもの。厳格な日向一族。それでもヒザシ様がその命を落としてヒアシ様の代わりを買って出たのは本当にただの、日向家としての御心だったのだろうか。血を分けた兄弟の身代わりを、日向家の業として受け入れたのだろうか。ヒアシ様が理解していたように。ヒザシ様だって理解していた。そこには兄弟の情が存在した。頂点に位置する者は良い的になる。良くも悪くも的になる。その上座に座す者ほど、血を流す羽目になる。だから双子は必要だった。宗家と分家。ふたつを分かちて差をつけて、日向の頂点を死守せねばならなかった。身内を犠牲にしてまで日向の宝は守らねばならなかった。血を、魂を、矜持を、その眼を。なにがなんでも守り抜いてきたこの一族。ヒザシ様が亡くなって、分家若衆は作られた。俺達の使命はただひとつ。

「日向に脈々と受け継がれる白眼はうちは一族の写輪眼と同等の歴史がある。なんて。耳にタコができた通り越してイカができた」
「どういう理屈よ、それ」
「こんなとこに居ていいんですか。身重の女性が来ていいほど俺の精神状態は安定していませんよ」
「あら。おかげで貴重な話をきけたわ」
「揶揄わないでよ紅さん。旦那の墓前で泣くぞ」

それはアスマもさぞ困るでしょうね。トンテンカントンテンカン。窓の外から絶えず復興の音が聞こえてくる。ここ数日で里は全員の働きによって少しづつ、少しづつライフラインから整えられていった。…加えてここ数日のうちで、様々な決議が行われた。五代目火影綱手様の意識が戻らず代理火影を立てなければならなかったのは周知の事。それが、お上の頭でっかち共のおかげで木の葉きっての狸親父、ダンゾウがその実権を握った。黒い噂ばかりが目立ち里の癌と言われようと今の今までダンゾウを実質排除出来なかったのは根の功績がデカ過ぎたからだ。木の葉に還元される働きがデカくて、誰も何も言えずにいた。更にはその手腕が火影代理としての立場を底上げした。それが純粋な賛美ではなく裏でなにかしら手が回ったのは確かで、それでも…覆らなかった。火影相談役の奈良さんもさぞ頭が痛いだろう。

「…猪鹿蝶三家は、あの子の里抜けを正式に認めたそうよ。」
「里は長きに渡り、汚い仕事を引き受け続けてくれたあいつをビンゴブックに載せるんですね」
「ダンゾウが火影に成り上がってすぐよ。きっと暗部側に圧力がかかったんだわ」
「……たしかに。あいつの口説き落としに失敗した根のことだ。」

猪鹿蝶三家が、認めた。シカクさんがシカマルが、山中一族が、秋道一族が。身内から里抜けを出したと。

「シカマルは諦めていない。ううん、本当は里の誰もシモクの里抜けを認めていないはずよ」




「ふざけやがって。なんでよりにもよってダンゾウだ」
「声を抑えろ。根の連中に聞かれたら厄介だ」
「このまま五代目の意識が戻らなかったら、オレ達も根と同じようになるんだろうな…これまでか…」
「相談役には連絡したか?」
「ああ。ダンゾウ政権下では暗部は羽をもがれたも同然…今のところ目立った被害は火影直轄暗部の活動抑圧に留まってる…幸か不幸か…まだ里が無事であることを喜ぶべきだ」
「… シモクはまだ戻ってこないか」
「ブック更新担当の奴。可哀想に。シモクの後輩だったろ?」
「門番と兼任してる、あいつな。」

根による火影派暗部の統治はダンゾウが火影の座に就いた初日に行われた。あれは裏側をよく分かってる男だ。どこにメスを入れればいいのか分かってる。小回りが効いて、情報に長ける暗部は無闇に動かせたくはない筈。なにか企んでいるんだとしたら尚の事。任務に出ていた暗部はすべて木の葉に引き返させられ、代わりに根の暗部が出動した。火影直轄暗部はダンゾウではなく今でも綱手の部下であると知っての行動だ。イヅルは待機場の端っこで身を縮こませた。なんて事なかった筈だ。なのに今は何故だかとても寂しい。とても寒い。百合の花はとうの昔に散って花瓶の中の水すらカラカラに干からびていた。火影が代われば暗部も変わる。今の今まで火影は"善良"なる人によって運営されていたのだ。いや、いつも誰かしらを犠牲にはしていたけれど。でもそうでなくては里を守る砦にはなれないのだろう。ダンゾウもそれができる人だ。しかし絶望的に人望が無い。そして、犠牲にする何かが大き過ぎる。露骨に、目立ってやるからいけない。

「もう…里の泥を被ってくれる人なんていない」

兄も、先輩も。いない。木の葉の為なら文字通り自分の人生すら捧げられる人達はいないんだ。ダンゾウの圧力がかかった事でビンゴブックを更新せざるを得なかった。ある忍は情けなく、泣きながら刷っていた。そんな事ない、ある筈ない。うわ言のように何度も何度も。先輩の顔写真が貼られて、先輩の一族が里抜けを認めて。ねえ。なんであんたは、いつもいつも上手く生きてくれないの?これからの自分達の行く末は、ここで捻り潰されるのだろうか。…いいやそんなこと、あってたまるものか。

「…いつまでシモク先輩を頼りにしているつもりですか。僕達は五代目の火影直轄暗部。火影が代わればそれに順ずるのみ。」
「ダンゾウだぞ?いつカリキュラムを強要されるか分かったもんじゃない!」
「怖いんですか。そりゃそうでしょうね。死ぬ覚悟は出来ていても自分の中身までぐちゃぐちゃにされるなんて屈辱的な事、死んでも嫌ですもんね」
「イヅル、お前なにが言いたい」

先輩。兄さん。あなた達はここにいる誰よりも本当に、

「兄のように掟を破ってまで誰かを守ることも、先輩みたいにカリキュラムを拒めるほどに強くあることが出来ないのなら。嘆いていないで考えるんです。僕達は火影直轄のプライドがある!根とは違う、自分達の意志で里を守るそのプライドがある!暗部であっても人の心を失わせない、そうしてくれたのは歴代の火影達だ!歴代の先輩達だ!だから僕達は兵器になんてならないで、今もこうして人でいられている!」

本当に聡明な人だった。2人がいたならこの状況下でなんと言っただろう。どう動いただろう。

「木の葉は僕達にとっての家。地下に引き篭もってる根の連中より詳しい筈。僕達は暗部。闇夜は友達でしょう。カリキュラムが行われる前に逃げるべきです。逃げた先で五代目様の回復を待ちましょう。」
「逃げるって…!」
「そんな無茶な。暗部全員で何人いると思ってんだ」
「正規部隊に比べたら大した人数じゃない。それに火影直轄を全任務から外した事だって彼らは公にはできない筈です。根と直轄の溝が深いのは周知の事実。ダンゾウ様に人望が無くて本当に良かった」

「……先輩のビンゴブックを……作らなくて済むんですか…?」

ふいに。どこからかそんな声が聞こえた。入口には大柄な暗部が一人。刷ってきたばかりの真っ黒な冊子を破れんばかりに握り込んでいる。ああ、この人だ。

「…皆さんも分かってるでしょう。あの人が馬鹿なくらいお人好しで、里を愛してることくらい。今は居ないけど。そのうち帰ってきますよ。だから先輩の一族が里抜けを認めたって、僕達が待ってりゃいい。」

ここは、先輩の居場所である。
 
「兄さんが命を張って守ったんだ。生きててくれなきゃ困る。」

そんな僕は、先輩に生かしてもらった。

「僕は待つ。あの人は不屈の帰還屋ですから。」





「あんまりだ!!」
「座れシカマル」
「ふざけんなくそ親父!」
「座れと言ってるだろうが!」
「黙りなさい2人とも!!!」

今にも殴り合いに発展しても可笑しくない、一触即発のシカマルとシカクの間に新たな雷を落としたのはヨシノだった。…3人の心境は、まさに地獄のようだった。ダンゾウが火影に成り上がってしまったことも、身内から里抜けを出したと認めてしまった事にも。シカマルは目一杯否定した。元来の狡賢さはどこへやら。元々の性格は激情家なんてものではなく声を荒げることもしない。許せない。許せるものか。絶対に里を裏切る訳がない。あの時に言ったんだ。俺達奈良は、里を影より支えると。たとえ違う場所にいても。

「…ダンゾウは根の頭。そして火影になったことで火影派暗部の全コントロール権が奪われたんだ。ビンゴブックは暗部の管轄。渦中にいる奈良だけではなく、山中と秋道にまで飛び火しちまう可能性があった。余計な火種は避けるべきだ。」
「…っ!!!」

奈良はひとつではない。猪鹿蝶の結束がある限り、身勝手な行動はできない。そのことは、シカマルとてよくよく知っている。自分が16代目を継ぐこと。自分達の結束がどれだけ稀有なのか。今の今まで積み重ねてきた信頼を傷つけるようなことがあってはならないのだ。

「このままダンゾウの政権が続くようなら……噂の"カリキュラム"…それを行使する様が目に見えている。あれに耐えた忍はいないそうだがな」

まさか自分の息子がそれに耐えたなんて、シカマルの口からは言えるはずもない。カリキュラムもイビキの拷問にだって耐えたシモクの肉体も精神力も並大抵なものでは到底無い。

「どちらにせよ暗部まで手中に収められたらたまったもんじゃねえ。五代目が戻ってきた時に直轄暗部の連中が手遅れになっちまったなんて、笑えねぇだろ?」
「……ああ」
「面子は随分入れ替わったが、火影直轄は俺達と同じく常に火の意思を持つ。奴らが簡単にダンゾウへ下るとも考えられんが、実力行使されれば糾弾される可能性がある。暗部も木の葉の重要な戦力だ、潰される訳にはいかねぇ。」

たまたまシモクが精神的にも肉体的にも頑丈だっただけだ。あのカリキュラムは人間性そのものを作り変える。並の人間では簡単に術中に落ちてしまうだろう。火影の座に君臨したダンゾウは暗部のコネクションすら纏めて手に入れてしまった。タカ派にハト派。木の葉で最も溝が深いのは根と暗部だった。活動が完全に制限され、根に抑圧されているという暗部側からの情報が上がったのはついさっきだ。

「…だから火影派暗部ももうじき、好き勝手し出すはずだ。あいつら、ダンゾウが大っ嫌いだからな」
「母ちゃんがくノ一だった時からそう。暗部と根は溝が深かったわ」
「…」
「…シカマル。あたし達だって諦めたわけじゃないよ。シモクはきっとどこかでピンピンしてる。あの子はあんたが大好きだから…絶対に帰ってくる」

そんなの…そんなの、分かってる。しん…と静まり返った後、時計がボーン…と低く昼の合図を響かせた。ヨシノは小さく息をついてエプロンを頭からかけながら部屋を出ていった。ヨシノが昼食作りに退席した後、シカクはちらりとシカマルに視線を寄越した。

「……シカマル」
「んだよ」
「俺は10年前、シモクを暗部に推薦した。俺自身がそれに同意した。それは紛れもない事実だ。」

急になんだ。そんな話を振りやがって。シカクにしては珍しく、どこか決めあぐねているようにも見える歯切れの悪さ。

「今までずっと、里を影から守ってくれた優秀な奴だ。たとえ隠遁が使えずとも、生きてきた。……シカマル、お前だけには伝えるぞ。奈良家16代目のお前には。」

影還りの忍の話だ。




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