174. あなたの正義は歪んでいた

奈良本家離れにて。シカクは呼び出しを受けていた。断れるはずも無い、前奈良家当主にだ。すでに忍としての感が落ちた爺となったかと思っていたが三家会合終わりにひっそりと声をかけてきた。

「シカク。子どもの教育方針にとやかく言うつもりは無い。しかしお前は昔から言葉少なく、ヨシノさんを怒らせていただろう。シモクにもそうだ。ヨシノさんによぉく似て。」

前任の部屋には一族の家系図が事細かに記された壁掛けが存在する。生まれた際に影にチャクラを混ぜ込み、己の名が刻まれた場所へと埋め込む。それは奈良独自の伝統だった。戦争が激化した時代故、生死を確認する為にはこれが一番であった。しかし時代は移ろい、今では誕生の記録として手形や足形を取るようなものと同じくらいの扱いへと変わっていた。シモクが暗部に召し上げられた時。前任はそれを朝晩欠かさず影の揺らめきを眺めては確認していた。奈良一族の頭という立場から降りた自分はただの爺。もう"わざと"孫達に厳しく接さなくても良いのだ。奈良の者達はどうにも狡猾でどうすれば上手く操ることができるか。術でも口でも何手も先へ、そればかりを優先して頭を回す。しかしそれを決して仲間へ悪意を持って向けないところもこの一族の特徴であった。ぬるま湯で生きてきた訳ではない。人の選抜がなによりも上手かった。信用に足る人間を見極めるのがなによりも上手かった。奈良をそう印象付けたのは前任だ。ひょっとしたらシカクよりも論理的で現実的。シカクは少しだけ苦手だった。人に言うくせにあんたはどうなんだよと。言葉少ないのはお互い様だとシカクは息を吐いた。

「今頃なんだってんだよ。」 
「シモクは奈良の中でも隠遁の素質が無かった。誰の目から見てもそれは確かで揺るぎない。」
 
前任の目から見ても。奈良の一番目としてはどう考えても劣等生。嫁いできたヨシノを責めるつもりはない。しかし彼を奈良の16代目として迎えるには未だ時代が許しはしない。だからこそシカマルが生まれ、長兄ながらシモクは暗部へ召し上がったのだ。程のいい厄介払いだと非難されても、どうしても継がせる事が出来なかった。シモクもそれを幼いながらに理解してシカマルに接してきた。自分が奈良の頭として相応しくないと理解して。後任決めは重要だ。一族だけならまだしも奈良、山中、秋道の三家が結束を固める。シカマルを後継に選んだのも一族全員の総意。そして三家の総意だ。

「お前が幼い頃に何度か聞かせたな…能力の無い忍の話を…」
「おい。昔話をしている時間はない。遠回りしてないで直接言ってくれ。」

前任はシカクと全く似た顔で視線を外すことはなかった。やはり耄碌したか。こっちはそんな昔話を聞く時間はない。火影不在の中、計ったかのようにダンゾウ派閥が成り上がりの動きを見せた。ダンゾウが木の葉の火影になど、なれるはずが無い。なってはいけない。あちこちで黒い噂は絶えずそれは他里にまで及ぶほど、木の葉きっての厄介者だ。そんな男が火影などと。絶対に阻止しなくてはならない。ならないというのに!

「隠遁を扱う事ができない者。一族と名乗る事すら総じて禁じられる者。しかし彼らは自らの命をもって補おうとする。償おうとする。隠遁と血継限界は似て非なるもの。その忍は隠遁よりも血継限界に偏り生まれる。」
「…あんたが昔話していた。その忍が"奈良一族の影"となるためだと。"影還り"の忍の話だろ?」
「奈良を語れずとも奈良の一部として。肥やしとして。わたしが生まれるよりもずうっと昔の話だ。これが作り話だというのなら、何故今日にまで言い伝えられたのか。シモクの話は聞き及んでいる。…里抜けしたんだな。」

ピリッ。互いの間の空気がぶつかる。この人は何よりも奈良の血を優先する人だ。ふざけた昔話を被せ、息子の能力が劣っていると改めて非難されているのだ。奈良の忍としての能力でしか身内を見ない非情さだ。奈良で里抜は認められた事がない。遅かれ早かれこの場は設けられた筈だ、しかし話の切り口があまりにもシカクの神経を逆撫でする。

「違う…違うんだよ。親父。俺の息子だぞ。誰よりもお人好し、ヨシノに似て頭が固え。すっ転んだら自力で立つことすら出来やしねえ。奈良を里を暗部になってまでずっと支えてきた倅だ。里が本腰入れてビンゴブックに載せちまう前に、奈良家で解決すんだよ。その為に俺ぁ今…!」

……里抜けなど、あるものか。わかってる。わかってるそんなこと。シカマルに怒鳴られずとも。…ヨシノに泣かれずとも。

「みろ。シモクのチャクラ。形質変化だ」
「は?形質…変化だと?あいつは奈良一族だぞ。隠遁以外にある訳がない。」

指し示したのは一族の家系図だ。最後に見たのはシカマルが生まれた時。当然息子二人の名もしっかり刻まれている。名の下に埋め込まれたシモクのチャクラ。全員が隠遁である影がうっすら揺らめく黒色だ。しかし…

「だからお前にこの話をしたのだ。その忍、影還りの忍。」

奈良の一部として奈良一族の糧として。

「勝手な事を言うもんだ!!シモクが"それ"だってェ!?耄碌したか親父!そんな迷信に!!」
「禁術の話をしたのは長男にだけだろうが!!お前こそ自分の倅になに教えたのか忘れたか!?シモクが奈良の16代目になる為に一通り教えた筈だ。秘伝忍術以外をな!影還りの忍とは禁術を行う奈良の忍のことをいうんだ!」
「だとしても無縁の話だ…!大体禁術を扱った奈良の忍など聞いたこともない!親父の代もいなかっただろう!」
「お前は息子の事になると途端に鈍くなる。シカマルのことを言えないな」
「この…っクソ親父…!!」

この歳になってまで小煩いことを。確かに禁術の話は16代目の教育の一つとして、した。したがやり方まで教えていない。そもそも影還りの忍だけが扱えるなど、そんなもの知らない。作り話だ。……もし…本当であったら、…?これが本当なら、この口から、

シモクに奈良の肥やしになれと、言ったも同然ではないのか…?

「影還りの忍はわたしの代にいなかった。戦争真っ只中だ。奈良も山中も秋道もどれだけの人数犠牲にして来たか。故に。影の能力無き忍がどのような道を歩もうと、記録にすら残らん。しかし窮地に立たされた彼らが禁術に手を出さなかったなんて事はあるまい。」
「なにが言いたい…」
「奈良の頭になる者に奈良とは、猪鹿蝶とは。よくよく言い聞かせるだろ。同じく必ず影還りの話を語り継ぐ筈だ。わたしがお前に話したように。」

それは一族の伝統。奈良から欠陥が出た際の布石。先々代の奈良の頭は身内に欠陥者が出た場合、禁術という奈良に貢献できる唯一の方法をさも崇高なことのように言い聞かせた。ただでさえ一際劣等感を抱える彼らは自らの命を糧として喜んで奈良に吸わせてきたのだ。落ちこぼれすら賢く利用する。そして使われると言うことを理解している。奈良家がこの日まで脈々と存続し、優秀な忍を排出し続けている事。それは綺麗事ばかりで生きてきていないという事。

「…わたしも知らなかったんだよ。隠遁の素質が無い忍だけが禁術に手をつけられるなんてな。恐らくだが12代目の代に一人いた。見ろ。この穢れのようなドス黒さ。チャクラが消えた跡にしては異様だ。」
「……」
「頭を回し、戦略を練り。知性の象徴とまで呼ばれた我々奈良一族が…滑稽な事だ。今の今まで身内でクーデターが起きなかったのは彼らも自らの生まれを嘆いていたからに他ならない。…この穢れも、今のシモクによく似ている。」
「……は、…なんだそら。じゃあなんだよ。俺たち当主は身内からこぼれ者が出たら、その度に馬鹿げた話吹き込んで殺してたっつうことか?」

奈良シモクの名の下に灯るチャクラは本来の隠遁の性質を覆い、まるで黒い血のように。今は亡き12代目の直系であるその忍と全く同じ滲みだ。

「…優しい子だったな。シモクは。…きっと奈良としての責務を果たしたに違いない。せめて身体だけは帰ってきて欲しかったが…。シカク。お前が引っ張ってるんだろうシモクの里抜けに関しての三家の会合は即刻終了しなさい。あの子は…もう戻らん」





_俺には無縁だね。

_だって俺は、奈良の16代目になるんだから!




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