173. 君のために捕まえておいたんだ

もう一度を、俺だって何度願ったか分からない。どこかで必ず同胞が死んで。その死の上に立って生きながらえている自分は滑稽な事だろう。全て消えて、なかったことになるのなら。なんて、そんな都合のいい話は無い。自分の行動に大半後悔は無いし、いつ死んだって名誉な事だ。…と言いつつ、ちょっと、いやだいぶ。未練は人並みにある。あるさ。そりゃ。それはやっぱり…家族かな…。歳の離れた弟の事。俺の弟は頭がよく回る、言葉だって巧いから人を動かすのだってお手の物。時にそれは大人すら舌を巻いてしまう程。友達も多くて信頼が厚いから隊長にだって選ばれる。そんな弟だからこそ、父は奈良の16代目はお前だって言ったんだ。猪鹿蝶が揃ったからだけじゃない。

それは、うん。もう嫌ってほど分かるよ。

だからもう奈良のピアスの事は随分と前に踏ん切りがついた。仕方ないじゃないか。弟の方が才が上だったんだ。俺の負けなんだ。別に争っちゃいないけど、でも。ほら。これでも兄のプライドがあったんだ。奈良の長兄としてのプライドが。代わりと言ってはなんだが俺はとても身体が丈夫でこの歳まで生きながらえてきた。もう24だよ。昔の自分は思っても見なかっただろう暗部で10年も生きているなんて。生きてれば、良かったじゃないか。だから。俺は"幸せ"なんだって。

…ああそういえばこんな台詞、昔はよく自分に言い聞かせていたか。そうでもしないと惨めだったからだ。あの時既に俺は兄貴で。猪鹿蝶の兄貴だった。憎くて可愛い弟妹達。

_ずっと、あいつらの兄貴でいたかった。

成長するにつれて、一緒にはいられなくなったけど。会う度に名前を呼んでくれる。助けに来てくれる。自慢の弟妹達。自慢の、木の葉の猪鹿蝶だ。お前達にはやっぱりそのピアスがよく似合うよ。嘘じゃ無い。本心だ。

_叶うことならずっと見守ってあげたかった。

もし、暗部でなかったら。…はは。想像ができん。そうだな。新やオクラ達と仕事が終わったら決まって飲み歩いたりしてたんじゃないか?知ってるんだ。木の葉の忍達は、みんな飲み歩くんだろ?きっと、3人揃って…いつまでも変わらない少年のように馬鹿な事をしていたに違いない。実を言うと、シカマルの班がほんの少しだけ羨ましかったかな。よく食べるチョウジがいるからアスマさんは大変だっただろうけれど。たまに。お前達を焼肉屋で見かけたことがあったよ。その時は決まって任務が下って、門へと走ってたから一瞬なんだけれどね。

_本当は、俺も。

自分の生を恨んだ事はない。ほんの少し、…惜しいなと思っただけ。もう少しだけ…上手に生きることができたとしたら。いや違う。やっぱり俺は俺だっただろう。どうにしたって、俺は俺なんだ。


「言ったっていい。俺しか聞いてないんだから。」

_本当は、

「もっと生きていたいよね。どんなに言葉で補ったって、俺はただの人間だから。でも、…それ言うの…ちょっと遅過ぎたかもな」

残酷な言葉を突きつけながら、痛む胸を押さえて笑う。

「…大丈夫。俺は"影の者"。分かってる。俺のこと、俺が誰よりも何よりも全部分かってるよ。心配するな。上手くやる。だから今は…どうか、…どうか俺に任せて欲しい。」

…愛おしい我が半身。奈良の者ならば、何よりも誰よりも理解者になれる。そんな存在は傍に、生まれた時からずっと居る。そんな半身が、とうとう足を止めてしまった。同じ心だ、同じ思考だ。ずっと見ていたさ。誰よりも。近くでずっとだ。何度も何度もお前と同じように泣いて、それでも食いしばって棘だらけの道をぐるぐるぐるぐる回ってきた。そんな俺が…こうなってしまう事も、あの日。あの時、父に教えて貰った時から決まっていたんだろう。

「俺は幸せだよ。不幸になんてさせやしない。"約束"は果たす。任せてくれ。」

ふつりと途切れた糸のように細く、真っ黒な影。それはうごうごと意思を持ったかのように動き出し形を成して、やがて立ち上がった。その道を引き継ぐかのように。再び歩き出した、その目にはやはり誰にも侵せない程の強い意志がある。それは何度地面に叩きつけたって立ち上がり続ける、ある忍と全く同じ。姿形だってなにもかも、その忍と全く同じ。

_なにがなんでも弟を。

「当たり前だ。」

そう笑えば、笑い返す。全てがもう大丈夫だと、信じ切ったような顔だ。そんな顔を浮かべたのはいつ振りだろうか。




「うわあ………」
「ウワァ……」

白と黒の半々…ゼツは思わず声を漏らした。いつもは辛辣な黒色の半身でさえもだ。ゼツは一人の忍の体を取り込んでいる最中であった。いつものように。しかし今回は上手くいかなかったらしい。

「硬ぁ…全身なにかで固めてるの?これ」
「異常ナ硬サダ。」
「なんていうか全く入り込めない…僕達の前に誰か入ってるのかな」
「逆ダ。抜ケタンダロ。」

抜け殻はどれだけ突いたところで所詮、実はないのだ。ここで野晒しに捨て置いてもゼツにとっては全く問題なかった。どうせ中身が死んだら例え息をしていようが廃人と変わらないからだ。珍しく拾い物をしてきたものだからどれだけうまい人間かと思ったのだが。

「えー。どうする?置いてっちゃう?それとも埋めてあげる?」
「放ットケ。中身ガ無イナラドノミチ助カラナイ。特殊ナ血継限界ヲ持ッテイルナラバ、イザ知ラズ。」

自分の血筋の血継限界にすら見放された忍に、そんなものが備わっている訳がない。暗部。しかも腕には火の刻印。火の国の暗部だ。おおかた暗部には自身諸共国の情報を抹消する術がかけられている。大国である火の国、木の葉隠れの暗部ならば尚のことだ。暗部とはその命すら国や里に捧げた里長の私兵達。そのシステムは二代目火影の頃からなんにも変わらない。ゼツが入り込む事を拒み、中身の記憶ごと抹消したのは暗部ならではのシステムだ。そして己の命ごと里を守る為に燃やしてしまう、その精神はまさしく火の意志。暗部が腕に炎を刻むのはなにも識別する為だけではない。里を守る。その覚悟の重さを現す。

「人間ハ魂ト器ヲ持ッテ形成サレル。コイツハモハヤ死人ダ。」
「息がある。せっかく持ってきたのにここで捨てちゃうのは可哀想だから…そうだなあ…あ!いいこと思いついた!」

この前カブトの言ってた術に使ってあげよう!
なんて術だっけ?ええと…そうだ!

「穢土転生だー!!!」




「里の上層部は懐疑的だ。…シカクさんですら、ああに頑なになるとは。」
「まあ、一族の頭として。火影の相談役としての立場がある。奈良は木の葉創立から一度だって抜け忍を出したことはないからなァ」
「…抜け忍に寛大な者は、一人だっていない…か。」

あの会議から幾日か。依然としてシモクの足取りが掴めないことから、里抜けが更に疑われてしまった。「奈良一族から抜け忍が出た」誰が呟いたことか。それは暁の脅威が拭いきれぬ大損害を被った木の葉の里であっという間に広まった。それが現奈良の首領、シカクの長兄ともすれば。ひと言広まってしまえばヨシノの耳に入るのにもさほど時間はかからず。奈良家では啜り泣く声が夜通し続いた。一族の罪は一族で。山中家、秋道家との話し合いも幾度も幾度も行われている。暗部への選出枠が存在したとて、抜け忍が出るのは三家で初めての事だ。そこには当然16代目となるシカマルやチョウジも参加となる。…山中家も秋道家もシモクが生まれた時から知っている。どんな性格でどんな顔でどんな声で。情が深く深くあるからこそなかなか話を纏めようとしないのは結論付けしたくないという大人達の抵抗だったのかもしれない。

「あいつイタチの事気に病んでただろ。あの後すぐに暁がきて…全くどこの傷も癒えていない筈なんだ。どんな事情があるにせよ、身も心もズタズタになった忍は何を考えるか分からない。俺だってそうだ。」

新は頬杖をつきながら窓から見える里を見つめた。あの時。全てがどうでもいいと心底思った。すべてこの世界のせいだと。どうかしていた。どうかしていたが、それが正しい判断だと信じて疑わなかった。人の頭は都合が良く、善悪を入れ替えてしまう事だって時にできてしまう。罪悪感すら切り伏せてしまう。

「でも、弟のシカマルには共に里を守ろうと言った。奈良一族は思慮深く人情深い。シモクもそうだった。どこぞの馬鹿が里抜けなんて噂流したのかは分からないが、木の葉の為にも首根っこ引っ掴んで連れ戻してやる必要がありそうだ」
「珍しく意見があったなァ。新。」
「でも俺、ネジの命令で病院から離れることはできない」
「こんな時に…もう目は癒えている筈だろォ」
「俺病気なんだって。シナガ先生。俺が仕える主人は後にも先にもネジだけ。俺はネジの為に生きている。それは俺の忍道ともいえる。命令ならばここに縛り付けられたって。だから…あいつの事頼みます。オクラと一緒に連れ戻してきてください」

宗家と分家。和解したにせよ、若衆の解散は無い。若衆こそが長きに渡った日向の軋轢を一身に受けた組織だ。そして上下関係の洗脳の犠牲者。生まれた時から優先順位は決められていて、自分は二の次の次の次。新はそれがネジだっただけでおおよその洗脳は完了している。生まれた時から。だからこそネジに忠義を尽くして盲信する。日向の異端と呼ばれた新だが、彼こそがあの日向家若衆の中で唯一自分で主人を定めた稀有な存在であったこと。そして逆に今が異端とも言える。日向家は一体この惨状にどう落とし前つけると言うのか。次代は救われる。しかし今代の若衆達はどうなるというのか。新もシモクも目の前の"大切な者達"を守る為に心血を注ぐような性質の持ち主だ。子どもの時分から時間をかけて再教育すれば自分自身を顧みることが出来るだろう。しかし2人とも既に大人だ。立場やしがらみ、掟に感情。戻せやしないのだ。

「シモクを信じているやつは沢山いる。シカマルやチョウジだって三家の会合を引っ張りに引っ張ってる。サクラちゃんやいのちゃん、カカシさんだって噂の火消しに回ってる。街中で火影管轄暗部のチャクラがたくさん動いてるのも。俺には見えてる。」

それに、なんか。あいつって自分一人で片付けますって顔してるけど、いつも誰かに助けられてる。だから今回も、助けることができるんじゃないか、なんて。お気楽過ぎますかね?




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