172. 胸が苦しいのは君を想うから

互いをどれだけ大事に思っていようが、引き離される運命というものはいつの時代でも同じらしい。いや、今が戦争に突入してしまったからだろうか。何度も何度も何度も引き止めて連れ戻しても。奴は木の葉から遠のいて行く。五代目が昏睡状態の今。木の葉がライフラインから何まで根こそぎ破壊された今。指示系統もごちゃごちゃで誰が何をどうするか、決定権を持つ者の選出に時間がかかっている。おおよその面子は召し上げているようだが思惑の争いは尽きないものだ。火影とは、里の長だ。火の国お抱えの忍びの里。そして木の葉は優秀な忍を揃える列強国の一つだ。そんな忍達を纏め上げる火影はそれなりに大きな権力を有する。火影の色が里の色になるのだ。そんな里長の選出に時間がかかるのは仕方なし。誰も文句は言わないだろう、しかしながらゆっくりじっくり選んでいる時間が無い。他の各里が似たような砲撃を受けているとの報告が上がっている為か、ここぞとばかりに攻め入ってくる輩が居ないのはせめてもの救いだ。本当ならば、木の葉がここまで弱ったのだ。好機とばかりに追撃を受けたって不思議ではない。五大国との和平協定や同盟を結んでいるとはいえ、隙など見せれる相手ではない。だから、国と里が大切だから。誰も何も言わない。弟であるシカマルはきつく、きつく唇を噛んだ。何故。自分から離れてしまうのか。何故なのだろうか。シモクという男は単純な男で、あの頭脳派奈良一族の中で計算よりも感覚を優先した。自身の受けてきた感性が全て。早い内に奈良から切り離され、暗部に身を投じたから、と言われたらそうなのかもしれない。何を思い、何を考えて今の里から誰にも何も言わずに去ったのか。それは血を分けた弟にさえ分からないようだった。

「今、里抜けとは…何を…一体何を考えているの…綱手様が、こんな状態の時に…!」
「落ち着けシズネ。里抜けにしては可笑しな点が多過ぎる。」
「根のカリキュラムを受けたという時から!私は綱手様に進言していたんです!彼が善悪の付かない忍になった可能性があると!」
「それは違う。その後の回復は順調だった。現にシモクは暁襲来時にも命をかけて戦った。それはシズネも分かっているだろう」
「私からの写輪眼の摘出も拒みました!」
「その件に関しては、俺と山中いのが責任を持って摘出した。物はいのいちが保管している。」
「うちはを嗅ぎ回っていた件は、一体なんだったんだ?」
「それは諜報機関所属土中オクラ。俺が証明します。うちはを調べている時のシモクは、正気だった。開示する情報はこちらに。」
「彼が行方をくらますのはもう幾度となく起きている。その度にそれはどこかしらかの介入によるものだった。」
「里内で糸を引いてる者がいると?」
「ダンゾウ様の手が入っている可能性だ。我々に報告は降りていないが、聞けば根の施設に一時身を置いていたそうじゃないか。火影派閥の暗部が根の施設にともなれば実質鞍替え行為に相当する。表沙汰に出来ないルール違反です。」
「ああ。…常時、ルールを破るのはシモクの特技だが……あの、根にいたんですよ。それだけで懐疑的にもなります。私達火影派とダンゾウ派はそれだけ溝が深いのです。」

里抜けの容疑がかかるのは、必然。火影綱手様が欠けている今、暗部数人を含めた上層部での話し合いが精一杯だ。あの奈良一族から抜け忍が出たとなれば木の葉からの信頼が落ちるだけではない。更に暗部所属ともなれば機密情報すら共有している。武力ではない、情報でひっくり返されるのが怖いのだ。シモクに対してあちこちを引っ掻き回してしまった負目のある木の葉は、恨みを買ってる。1人の忍の道を総出で踏み荒らしたようなものだからだ。だが、それでも。腹の中で何を思ったとしても。それを里に向ける事はなかった筈だ。あれはどうだ、これは何だったと吹き出る疑惑にうんざりしたように低い声が割って入った。

「…兄貴は自分で里を抜けたんじゃない。俺にはどうしても里抜けをする忍の顔に見えなかった。兄貴はこの里を、親父の目から見える里は綺麗だって言った。里の皆んなの影より支えよう、俺達は奈良一族だからと言った。奈良を名乗る奴が、そんな男が!里を捨てるわけがねえ!見限るわけがねえ!」

そんなシカマルを見て、誰かが思った。

「弟を、…俺を裏切れる訳がねえんだよ!」

この感じ……まるで、

「感情論で喋るなシカマル。本当に里抜けであるならば奈良一族始まって以来最大の過失である事も含めて発言しろ。」
「んなこた分かってるよ!」
「兄が絡むとお前はいつも冷静さを欠く。お前は奈良の次期16代目だ。身内がやらかした可能性を視野に入れろ」
「その可能性が限りなく低いから言ってんだ!あんただって分かってんだろ、兄貴は!里と俺達を心底…!」

まるで、あの日のうちは惨殺事件じゃないか。一族の現首領と次期首領。親子喧嘩が勃発する前にカカシが壁から背を離した。

「…最後に会ったのはどうやら俺のようですね。昨晩シモクを表通りで見かけました。声をかけたのですが、反応が悪く…特に気にはしませんでしたが、もしかしたら何かの術が掛けられていた可能性も。」
「術?」
「ええ。例えば…山中家の心転身の術のように精神に影響するもの。シモクが持っていた写輪眼がレプリカであったならば、埋め込んだ瞬間に発動したか…」
「解析した結果、瞳術が発動したのはシズネから逃れる為に意識を奪った一度だけ。しかも微弱だ。」
「その後は暁襲来時に奈良の親父さんといのちゃんに引き抜かれてる」

カカシが会ったので最後。その後。門番を退して正面から出て行った。原因はなんだ。しかしカカシの言葉で話の流れは里抜けから逸れたのは確実だった。

「眼を抜いた後、心身共に穏やかな状態で特に問題は見られなかった…それはシカマル、お前が一番の証人だよ。誰が疑うものか。」
「カカシ先生…」
「甘やかしてくれんなカカシ。こいつは奈良の16代目。身内の"もしも"に頭が回せねぇような奴にする気はねぇ。」

貴方が一番、そんな事はないと信じている癖に。木の葉火影の相談役としての立場。奈良の首領としての立場。そのどちらもがシカクの足枷となる。縛りとなる。ただのひとりの父親として発言が許されるのならば。憶測が飛び交う雑言を捩じ伏せてふざけるなと一撃食らわせてやるものを。そんな立場を理解しているカカシはそんなシカクの代わりにどうにかシモクの立場を守ってあげなければならない。…しかし完全に疑いが晴れる事はない。こんなにコントロールが効かない後輩は初めてだ。自由に走り回って欲しかった。それは本心だ。だけど、それを何度も許して結果がいつもこれだ。一度は奈良の名の下に縛り付けた筈だった。なのにどうしていつもすり抜ける。なにがいつもシモクを動かしてしまうのだろう。

「どちらにせよ無断で里を離れれば抜け忍だ。こちらもビンゴブックを更新せねばなりません」
「あんたら…!」
「……シカマルさん。奈良さんはそういう忍なんです。たまに、本当にたまにいる。心底優しい忍です。その優しさが…俺達の世界には合わなかった…多分きっとそれだけなんです。…息苦しいんですよ…あの人にとって、この世界は」



そんなこと、知ってる。誰よりも分かってる。兄が優しい忍で、背負うもんが大き過ぎて。何度も何度も壊れかけてはかき集めて歩かされてきた。自分が懐に入れた人間を大切にして、己の命をも懸けるくらい全身全霊で護ろうとする。あの時親父の目で見た里が綺麗だったならば兄貴の目にはどう映っていた?兄弟の会話をしようと。そう言った、それが演技ならば。…違うんだ、どんなに親父の言う"もしも"を計算しようとしたって。なんにも想像出来ないんだよ。それぐらい"普通"だったんだ。何度縛り付けたって意味がない。

「奈良一族として、身内の不始末は身内で片をつける。」
「兄貴が里を裏切る訳がない。その可能性はぜってぇに捨てねぇ。弟としても。16代目としても。」

兄貴の忍道は立ち上がり続けること。足を止めずに歩き続けること。いつも、置いてかれるのは俺の方だ。それは俺が未だに足踏みして追いついてねえから。まるで影踏みのように意味がない。長く長く伸びた兄貴の影ばかりを追いかけてる。記憶の中の兄貴はまた前を向いて歩き出してしまった。何度も何度も見慣れた背中が、とても気味が悪く感じる。嫌な感覚。気持ちが悪い。払拭するには何が何でも兄を奈良の名の下へ。何度だってやってやる。何度だって答えてやる。優しいのは兄の長所だ。それが原因で死にかけたって、今までだって生きて帰ってきた。…帰ってきたんだ。ならば信じる。同じ一族の人間を。自分の血の繋がった兄を。


「俺が信じてやらねぇと、めんどくせぇ人だから」




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