171. リメイク・ミー

もう一度、もう一度だけでいい。
そうしたらその一度きりを、きっと離しはしない。

君のいる世界を創造したら、
俺は今度こそ守ってみせる。

__の居ない世界など存在する価値もない


頭に言葉が浮かぶ。その全てが他人の記憶のような。まるで…そう、水の底。耳が遠くて、ぼんやりしてて。だけど足はきちんと動く。怪我さえもなかったかのように。関節が無理して軋む。それでも痛みは伝達されることなく、進んでいく。

「……シモク?」



ぼんやりとしているのは割と最近いつもの事だ。しかしこれは異常である。一度は死んだ身で里を歩くのは不思議な気分だった。暁との激しい戦闘が里内で起こってしまった事により大勢の死人を覚悟したが…結果、里の半壊に留まった。それもこれもナルトが力だけではなく言葉で敵をいなしたからに相違ない。我が生徒ながら実に天晴れだ。しかし五代目が倒れてからというものの、次期火影選出は待ったなしの最優先事項であった。あっちこっちを情報と共に駆け回っていたらこんなにとっぷりと日が暮れてしまった。仄明るい蝋燭の光が灯る。電気回線を繋ぐのにはまだかかりそうだ。そんな夜目を若干効かせなければならない程の暗闇をまるで幽霊のように音なく横切る姿が目に止まった。 

「どこ行くの?」

肩を捕まえてから問いかける。シカクといのいちから写輪眼の摘出は無事なされたと聞いていた。空洞になってしまった片目はシカクの目が移植されたとも。最後にシモクを見たのはシカマルと並んでゆっくり歩く後ろ姿だ。イタチの事でかなり気を病んでいたが、少しでも前を向けたのだろうか。それとも立て続けに続く火種に消耗し尽くしてしまっているだけだろうか。

いくら暗部仕込みの夜目があるといっても全身怪我人であるシモクが灯りを持たずに出歩くのは危険である。足元はまだまだ瓦礫が散乱しており昼間でも注意が必要だ。これ以上無駄に負傷させない為にも…カカシは華奢な肩に置いた手に力を込めた。

「この辺りは瓦礫の山しかないよ。シカマルも心配するだろうから家に帰りなさい」

しかし、本当に脆い身体になったものだ。厚みが全く無い。男の骨格は備えているもののここまで痩けていると顔の作りも相まって遠くから見れば女性に見えなくもない。

「……」

…ん?俺が人違いした?いやいや、んな訳ないでしょ。じゃあなんで…そんな顔をする?シモクは自分の肩を掴む手をじっ、と見やる。視線を彷徨わせただけで、特に何も発すること無くカカシの脇をすり抜けていった。機嫌が悪かったのだろうか。いつもは先輩、と挨拶を交わすものを。行き場を失った手をぷらぷらとさせて、まあそんな時もあるだろうと頬を掻く。こんな辛い時こそ仮屋を立ててラーメンを湯切る、一楽の方面へと戻った。テウチのラーメンは、自分たちが下忍の頃に開店した思い出深い店でもある。アスマやガイ達がわいわいと並んでいたのを覚えている。その時には、勿論、戦友がいたとも_


…"上忍祝いのプレゼントは気に入ったようだな"

知らない記憶を、さも当たり前のように口にする。カカシの後ろ姿を虚ながらにじっ、と見つめる瞳は…死体のように濁った色だ。真っ黒で、まるで…うちはの瞳のようで。

自分が隅へ追いやられる感覚は、あの時の感覚と似ている。根のカリキュラムだ。ダンゾウ直々に操作された感情は、一時期コントロールを半端に失い随分と苦しめられた。俺は…また奪われるの?これまで生きてきてこの方、沢山の命を奪ってきた。因果応報だとでも言うのか?ぽっかりと空いた面の穴から、恨めしそうに見上げる目が。声が、全てが。

何故俺を苦しめる。何故俺に押しつけてくる。お前は誰なんだ。俺になにを見せたいんだ。この記憶は、一体誰の?


"がんばれ___!"
"ちゃんと見てんだから!"


木の葉の額当て。下忍…。頬に魔除けだろうか化粧をしている。忍装が少しばかり今時代ではない気がする。俺達が下忍の頃に近い…というか。ならばこれは昔の。誰かの思い出。ではなにか。俺に浸れとでもいうのか。これは高度な幻覚だ。そんなもの分かってる。しかしなんでこんなに悲しくなるものか。思い出が年相応の、何故かこの少女のことばかりで。顔岩。顔岩が見える。三代目で止まってる…。黄色い閃光が四代目火影になる前。

…見入るな。呑まれるな。どうにか、どにかしなければならない。いつの間に幻覚をしかけられたのだろうか。こんなに精度のいい幻覚を作れるのはそれこそ……写輪眼でもない限り。最近、写輪眼に接触した件が多数ある。一度は自分の体内に取り込んだのだ。もしかしたらその写輪眼はイタチが皆殺しにした、うちは家の誰かのもので、その思念が写輪眼に宿っていたとすれば?写輪眼は全てが明かされていない瞳。術がかかっていてもおかしくなんかない。…でも、そうだとして、なんで今それが発動した?写輪眼は父親の手によって抜かれて、潰されて。今は血の繋がった完全に奈良家の眼球が埋まっている。ならば外部の可能性。俺は……根の施設で…うちはマダラに会ってしまっていた。なら。なら。やはり奴はうちはマダラではない。何故大昔の死んだ忍の名を騙る。再びずりずりと歩き出した足が瓦礫に突っ込もうとお構いなしだ。…自分を遠くから見ているようで、一つ気づいた。俺はこんな風に周りからも見えていた。笑えない状況になって気づく。わざわざ自分から傷付きに行ってるようなもの。その行為の、なんて惨めな事。

なあ。シカマル。俺はまた何処かへ行ってしまうと思う。不思議な事に俺たちは兄弟なのに、どうしてか一緒には居られないんだ。昔からそうだったように思うし、そうでないようにも思う。少なくとも、俺が弟といられた時間というのは、皮肉な事にも弟を酷く恐れていたあの日々だった。いや、でも…少しでも早くに、あの手を取れて良かった。伸ばしてくれた小さな手を。向けられた純粋な気持ちを受け取る心が俺に残っていて、本当に本当に良かった。忍は判断力も必要だ。暗部ではいつもそうだった。他のみんなだってそうだろう。奈良のみんなだって、そうだっただろう。確実に今、大きな火種が燻っている。それに自分は利用されようとしている。それもよく分からないのだけれど。木の葉に牙を向ける訳には絶対にいかない。これは故郷を思う忍として、家族が暮らす故郷を思う男として。うじうじと考えていた矢先に命の選択を迫られるとは。人生とはいつも鋭く尖った檻の中でぐるぐると歩き回っている、そんな気がする。

悪いことがあった後は良いことがある。それを信じていたのはいつまでの頃だったか。今が悪いことだとするのならば…そうだな。そろそろ良いことがあってもいいのではないか?





_父さん、これは?

…昔、父や祖父に、まだ期待されていた頃。色んな事を教えて貰った。奈良一族の成り立ちから猪鹿蝶の発足。三家の掟や木の葉隠れの里の創設。奈良一族だけが扱うことのできる血継限界、陰遁の術。影の操り方、鹿との交流の仕方。その中でも特に目を惹かれた。父はそれを禁術と呼び、多分もうその書物は残されて居ない。

_そいつは一族にとっての禁術だ。お前には縁のない代物だよ。

_禁術?

_そうだ。例えばだ。影真似は奈良の血継限界より受け継がれる陰遁を己のチャクラと練り合わせることにより、己の影を利用する。その禁術はその逆、


己を利用し、己の影に己を喰わせるのさ。


_じゃあ、俺には縁がないね、だって


俺は父さんのピアスを継いで奈良の16代目になるんだから!



遠く、遠く。思い出したのはその方法。父さん。俺に奈良の事を教えてくれてありがとう。やはり俺は奈良の16代目じゃなかったよ。あの時手に取った禁書。暗部に選ばれた日。その全てが、俺を16代目から遠ざけた。遠く、遠く、遠く。全てが消えてしまう前に。やれるだけの事はやってみよう。手当たり次第試して、どうにもならなくなったら。

その時は、願わくばまた。最愛の弟の元に帰れるように。どんな形でもいい。どんな姿になっても…いや、それも出来るならば…俺の姿形で。…少し難しいだろうか。己の影に己を喰わせる。それはどれだけの無であるのか。禁術と呼ばれるその虚無感は計り知れないが、覚悟も必要だ。俺は暗部。今更暗闇の何が恐ろしい?




「お?おいお前こんな時間に何用だ」
「一般人…いや忍だな。今は全忍が里の復興に向かっている筈。この先は里外、掟に反する。戻られよ。」


「止まれというのが聞こえないのか!」
「里抜けとして通報するぞ!」


夢か現か、そらすらも酷く朧。

行かなきゃ。
助けに行かなきゃ。まってて。まってて。



「"待ってて__リン"」




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