169. 鳥籠の鍵は内側から

「御当主様とハナビ様が里から離れていたのは幸運だったと思います。多分、その場におられたら打たれても文句は言えません。確実に御当主様の耳には入ります。」
「わかっています。」
「仲間を救いたい。そう思う御心は尊いものですが俺たち分家、日向若衆が護るべき優先順位は日向家宗家の人間なんです。和解したにせよそれは変わらないんです。非難する言い方お許し下さい、さすがに今回は肝が冷えました。」
「本当に怖いって…暁のリーダー相手に単独で…でもナルトを守るヒナタ様、超かっこよかった…」
「新!!!最悪の場合を想定しろ!万が一にもヒナタ様を失ってみろ!切腹ものなんだぞ!むしろ今打たれるべきは俺達だ!」

ごめん、本音が出た。コウにぴしゃりと怒鳴られ、肩を竦める。コウは昔からそうだ。生真面目なんだ。日向の宿命を地で生きてるような。宗家の人間と対等に立とうとしやがらない。…いや、そうなるのも分かるわ。和解したのだって2年前。宗家と分家対立が長い事横たわっていた、長過ぎてもはや歴史レベルだ。それを解消されたといって、はい変更!なんていかないだろう。日向の者は生来頑固で生真面目が多いし。自分の眼で見たものしか信じないからな。刷り込み文化が色濃く残った一族。分家の人間なら誰しも額に刻まれる忌々しい呪印。残念ながらこれは一生ものなので、俺達が最後の呪印者としてもっていくんだ。呪印を刻まれた俺達が全員墓に入った後、宗家も分家もなんの区別もない一族になれていたらいいな。そうして子孫が問うのだ。呪印とは何か、と。日向家の者ならば子どもでも知らぬ者はいない呪印の儀式。かつてネジも怖がっていた。呪印を入れる事こそ分家の宿命。物心ついた時から教え込まれるのは当たり前で。それを、知らない、なんて。幸せな事だろう?納得のいかない顔のコウを取り敢えずヒナタ様の前から連れ出した方がいいと判断し、歩き出した。あちこちから撤去作業の声が聞こえる。荒廃した里を見るのは3度目だな。

「ヒナタ様だって忍だ。守られるばかりの歳でもないし、やたら過保護にしたら逆に失礼だろ」
「分かってる!…しかし俺達若衆が未だに解体されない理由を忘れた訳じゃないだろうな。」
「…忘れてないさ。時間がかかるものなんだ。何十年も凝り固まった蟠りだ。…逆にそんな簡単に変わられた方が困る。俺達は何のために、宗家に頭を垂れ続けてきたか…分からなくなるだろ」

ヒザシ様が、上座を譲ってこられた意味が。日向一族とは不思議なもので一族の中でもぱっきりと上下関係が存在していた。オクラのところの土中家はそんな隔たりは無いし、奈良家は御三家揃って長きに渡る結束と約束と伝統を重んじる為かそれ以外の個人達は案外自由だ。各家長がピアスと秘伝忍術共に受け継がれるシステムで、有事の際のみ家長が決定権を握り三家で統率し合う。この時代に置いて珍しい程、仲違いをしてこなかった一族達だ。だからこそ木の葉の里結成かは古参である以上に非常に穏健である事から歴代火影からの信頼もぶ厚い。それを踏まえて、…日向一族とは。外部よりも内部だったというだけの話だ。分家と宗家という二つの隔たりが。

「特にコウはヒナタ様のお側付きだから、ビビったんだよな。わかるわかる。まじで笑えないもんな」
「引き攣りもしない。第一跡継ぎ候補がハナビ様とはいえ、ヒナタ様が除外された訳では無いのだし…。これは俺のお役目だ。」
「俺達護るもんが多いんだよな。日向家若衆と一括りにされても、結局は…誰かのための盾である事には変わりない。」

不機嫌そうな顔だ。だってつまりはそうなんだもの。日向家は…木の葉で最強でなければならない。白眼の瞳術の歴史はうちはと同じくらい古いのだ。俺達の呪印も白眼を守るために強制されるもの、更に当時は戦争があちこちで燻っていた時代。日向の誇りが白眼の徹底管理を加速させた。より純度の高い白眼を継承していく。その為の礎となってきたのが分家だった。

「ご引退された長老様だろ?現当主のヒアシ様だろ?次期跡取り候補のヒナタ様にハナビ様。そのすぐ下の血統、宗家の連中。俺達ガキの頃からそうやって刷り込まれて生きてきた。命の優先順位。耳にタコができたっての。」

コウも思い出したように未だムッとした顔のまま口を噤んだ。もはや一種の洗脳だったと思う。しかしそうまでして誇示し、守りたかったのは世間体だけではない。日向は木の葉にて最強なり。平和ボケが多少あった上での今日この日まで、日向がその厳格さを崩す事は無かった。木の葉で内乱が起きようとも、常にひとつの一族として戦えるように基盤をガッチガチに固め続けてきた。初代火影である千手柱間とうちはマダラの因縁からうちはのクーデターまで見続けてきているのだ。万が一…いつ木の葉に掌を返されたとて、迎え撃つ用意はいつだってされている。俺だってその中にいる一人の忍だ。

「意思どうこうの前に…"体が勝手に動く"さ。…ネジは、ヒザシ様が亡くなられてから分家と宗家の関係に深い憎しみを覚えて、永久に覆る事はない一族の関係を呪いと呼んだけど…俺達とっては、分家も宗家も…等しく同じ呪いだよな」

いつだって日向は。戦争を生きているみたいだった。命の優先順位。昔はそれを大っぴらに口にすると必ず殴られたものだ。俺の優先順位はいつだってヒザシ様とネジだけだった。宗家の奴らなんて知ったこっちゃない。俺は俺の周りに在って、一生をかけて守りたいと思ったものだけに執着した。しかし歳を重ね、一族内で古くから存在する"若衆"に所属させられた事により"大人にならなければいけなくなった"。結局日向分家の人間は皆んなが皆んな、お決まりのレールの上。日向である限り、白眼を持つ限り。若衆なんて更にそう、宗家の従者という意味なのだ。お得意の刷り込みは沢山あったが、分家の者はヒザシ様の一件を忘れる事はない。それでも頭を垂れなければならない、同じ一族の人間に。従わなければならない、それが日向であるのだから。

「所詮解けない呪いであるのならば、その中でも自分が死んでもいいと思う呪いで死にたいよな……」

…同じく頭を垂れるのであるならば、

「コウがヒナタ様だったように。俺は、それがずっとずっと…変わらずネジであっただけなんだ…」

和解は尊き事。ヒザシ様にもお知らせしたかった。だけどやっぱり、やっぱり時間がかかってしまうものだから。俺達は和解以前を随分長く過ごしてしまったから、新しい一族形態にはついていけない。それほど宗家の存在は絶対だったのだ。羽根をもいだ鳥をいくら愛でたところで飛べるわけが無い。思考を奪われた俺達にいくら和解だと教え込んだ所で、自由に動ける訳が無い。残酷過ぎる善意で過酷な野に返されたようなものである。

「ならばまた変革していくしかないだろう。日向に脈々と残り続ける若衆という組織の変革だ」
「っ…ははは!まさかクソ真面目なコウ!お前からそんな言葉が出るとはな!ナツ様が聞いたら驚いてひっくり返るだろうさ!」
「お前こそ、らしくない事を言うな。一番異質で、一番囀り回っていたお前が、誰より自由にやって貰わなきゃ困るんだよ。」
「は…?」 

ハナビ様のお側付き、ナツ様。同じ側付きとしてコウのクソ真面目さは俺よりも知っている彼女が見ればひっくり返るだろう、まさかコウが。同じ呪いを受けている筈のお前がさ。

「ヒナタ様もよく言うんだ。若衆も凝り固まった以前の形態を継続させてしまっている、和解が成立した以上は…好きにしていいんだよ、と。」

「…残酷なこと言ってくれる」


好きにしろだって?
簡単に言わないでくれ。





本当に全てを手放してしまいたくなるんだから。




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