168. 僕にとってあなたは優しい病気

「良かったよ、お前が生きていてくれて」
「いや…一度は死んだのですがね」
「それでナルトは敵の親玉を潰せたのか」
「はい。俺達がこうして息を吹き返したのもナルトのおかげでしょう…里は壊滅的ですが」
「お前の無事を祝いたいがそうも言ってられんな。里はこの有様。そして火影は…」
「シカクさんが俺を呼んだ訳が分かりましたよ」

「なに、里の誰もがそう思っているさ。もしもの事があれば……お前が次の火影になってくれカカシ」





きちんとした事がなかったんだ、お前の師の墓参りに。そう言い出した兄を連れて来たのは破壊を免れた墓園だ。毎日欠かさず誰か来ているのか百合の花が生けられていた。松葉杖を倒して地面に腰を下ろす。少しして片膝をついた兄は両手を合わせて暫く目を閉じた。

「山中の花屋は百合の消費が多いだろうな」
「あんたは最近行ってるのか。先輩暗部の墓参り」

そのまま隣に腰を下ろした兄は意外そうに見遣る。なんで知ってるんだと言いたげな。そうだった。兄に言っていなかった。勝手に所属部署に立ち入り既に自分だけちゃっかり殉職した彼の先輩達の墓参りを終わらせている。いちから説明するのも気が引ける。

「少し前にイヅルから聞いた。未だに百合を余らせる。手向ける花の数が分かってないってさ」
「そうだね。この先もずっとわからないだろうな」

この先も、忍である限りずっと。生きている限り周りで人が死んで。その度に生きている自分がそれを守らなければならない。線香の独特な匂いが鼻をついて、破壊された里を満遍なく照らす、陽は沈みかけた橙色だ。よくよく耳をすませば遠くから未だに瓦礫撤去作業に明け暮れる者たちの声がそこかしこから聞こえて来る。里の復興に向けて働くのはこれで二度目だ。

「俺は先輩達が死んだ日から思ってた。生かして貰った自分だけは。俺だけは何があろうと先輩達の命を忘れてはいけない、なのに…自分の命の使い道を…全然分かっていなかった。奈良の子からかけ離れてしまっていた」

「俺はこう思ってた。なんでいつまでも自分を見ようとしないのか。なんで自分から進んで棘に突っ込んで行くんだって。楽な方選べばいいのにってよ。」

しかしそれが、奈良シモク。生まれた環境に左右され時代に流され壁だらけの八方塞がりの中、唯一の道は用意されたレールの先。皆が喜ぶならと自分の気持ちを早々に叩き潰し、使命感一つでこれまでを進んできた男なのだ。自分とは大方畑違いの生き方をしてきた。最初から理解なんてできる訳がなかった。なんだって良くも悪くも真っ直ぐ過ぎる。妥協のだの字も知らない勢いで。口を開けば用意されたマニュアルのような回答。

「…アスマが死んだ今。それが少しわかるよ」

つまらないと思っていた。忍になったのも自分がなりたくてなった訳じゃない。奈良家に次男として生まれながら猪鹿蝶として奈良の家督を継ぐように言われた。俺には兄がいるのに何故兄じゃなくて、自分がそんなめんどくせー事していかなきゃいけないんだと。忍の里に生まれたから、奈良家として生まれたから忍になるのなんて当然で周りもチョウジもいのも皆んなそうだった。だから、そのとき忍になっていた7つ上の兄は…絶対本人には言えないが俺たち3人にとってヒーローのような、かっこいい人だった。兄が俺の前で家督の話をした事はない。生まれた順当で兄がなるものだと全く疑っていなかった。むしろどこをどうしてそうなっちまったのか。面倒くさがりの俺に、次男の俺にどうして親父は。兄が家督を継ぐのを拒んだのか。ならばどんな方法で次期家督の座を蹴ったのか、俺だって嫌だよ押し付けんなとも思ったりした。対岸の事だと更々自分には他人事だったから。めんどくさい。俺だって修行なんかしないで遊びたい。

……ここから既にズレてる。そんな屈辱、何度あんたに味あわせてきたか。何にも知らないで「めんどくさい」の一言で何度引き裂いてきたか。めんどくさがって嫌々やっていた、猪鹿蝶を受け継ぐ者にしか継承されない秘伝術の修行を遠くから一体どんな顔で見つめていたのだろう。俺が次の首領は兄だと疑っていなかったように周りだって、兄自身だってまさかそうなるなんて考えもしなかった筈だ。特に奈良、山中、秋道は木の葉隠れ代々続く古参一族だ。ひとつの家族だけじゃなく三家族が密に結束を強固に固めた謂わば大家族だ。長男にも関わらずピアスを継げなかった兄は自身の身内側の一族だけに留まらず二つの一族にも白い目を向けられる事になった。そもそも三家は三人揃って猪鹿蝶だ。同世代に子どもを作り一緒に育てる。それは古い古い慣わしだ。そうやって、三家は続いてきた。子どもではない今だからこそわかる。イレギュラーなのは兄だった。

…そもそも何故兄と俺はこんなに歳が離れたのか、その理由を兄は知っているのか。ピアスを継げなかった要因は大きく分けて2つ聞いている。隠遁を扱えない事、猪鹿蝶の残り二名が欠けている事。親父は兄貴を暗部へ推薦し日陰の者に徹させた。隠遁に恵まれ、見目がたまたま親父に似て隣にはチョウジといのがいた俺はこうして新緑のベストを着て奈良家の猪鹿蝶の一人として忍の道を。陽向の元、歩いている。

「兄貴は」

時々、本当に時々だが。絶対にあり得ないが。

「俺が生まれるまでの7年間…覚えてるか?」

肝が冷えることがある。

「え?お前が生まれる前…?家に写真あるだろ?そんな昔のこと覚えてないよ。急にどうした?」

俺達は本物の兄弟で間違いない筈だ。声が似てると言われた、目つきも似てると。母は奈良ヨシノ、父は奈良シカク。隠遁だって使える。頭も回る。間違いなんて無い。怪訝な顔をする兄になんでもねーと濁す。

「兄貴は山中と秋道で同世代の猪鹿蝶が居たって聞いたことあるか?」
「居ないよなあ。居たとしても直系じゃないから猪鹿蝶とは呼ばないな。それにその時揃っていたとしても隠遁が使えない俺じゃあ駄目だったと思う。」

やっぱり、うん。お前の方がしっくりくるよ。兄の顔は夕陽の逆光と酷い火傷のせいでよく見えなかったが確かに声を出して笑ってくれた気がした。ルール、掟、一族の縛りで生きてきた兄と比べれば大分甘やかされていた自分。でも兄のことだから。俺を責める言葉なんて吐かないのだろう。…心で思っていたとしても。いのの心転身の術で潜り込んだ時のことはよく覚えている。確かに、今までずっと潰してきた本音が奥底で閉じ込められていた事。

「それに俺は暗部でたくさんの仲間と出会えた。暗部って後ろ暗くて印象悪いだろ?俺もアカデミー生の時そうだったし。だけどベスト着てる忍となんら変わらないんだ。俺たち暗部だって忍だから。ちゃんと皆んなに忍道があったよ」

兄貴は今まで出会ってきた仲間たちの話をしてくれた。それを聞いていたら、やっぱり異色だわと思う奴もいたり、ただのオッサンじゃねーかと思う奴もいたり。若くして命を落としたり、熟練だからこそ体を張って任務を遂げたり。

「俺たちは火影直轄。火影の手足で眼だ。里こそが宝でそれ以上のものなんて存在しない。殆ど天涯孤独者が多いからね。他里から亡命してきた奴だって珍しくないし。途中でスカウトした奴だっている。時に暗部はそうやって人員確保していくんだ。」

本当は喋ってはいけない。火影直轄暗部の任務は他人に口外してはならない決まりで、兄はアスマの墓石を見つめた後、親父の眼でこっちを向いた。三白眼の自分と同じで黒目が小さい親父の眼と、元からの兄の眼はやはりアンバランスだ。

「いま喋っちまったの、秘密な」

口が軽い奴だって怒られちゃうから。眉を下げて、また微笑。陽はすっかり沈み、里に夜を告げる。電気系統は全て落ちてしまっている為、ぽつ、ぽつと灯る明かりは蝋燭で間違いないだろう。

「帰ろうシカマル。」

互いに肩を貸し合いながら階段をゆっくり降りる。兄の肩を掴みながらシカマルは思った。自分達はとんでもない時代を生きている。毎日どこかで人が死んでは産まれている。今は、我慢の時なのか?いつ時代は落ち着いてくれる?俺たちが生きている内に戦争がなくなる事はあるのか?それとも、それを知らぬまま。近い未来で命を落とすのだろうか。隣にいる家族は、それよりも近しい場所。…死の、最前線。ここにこうして居るだけでも奇跡なんじゃないのか。自分とて命の危機に遭遇しなかった訳じゃない。仲間の命も危険に晒してしまった事だってあった。それでも、ひとつしかない命を離さずにいてくれていること。手を伸ばせば届く距離にいて、それが、いつか。いつの日か。物言わぬ骸となって地中に眠るのだろうか。

「里を見てみろ。」

考えに耽っていた。ふと、兄が足を止めた。里は暗闇ではなかった。あちこちで明かりが灯り、一人一人が自身の里を照らしている。

「木の葉の里は何度崩されたって負けないんだ。皆んなが火の意志を持っている。俺たち立場違えど…同じ"影"の者。陽のあるところに影はさす。護れるよ。大丈夫だ」

そう。奈良は影の者。不思議と表に出る仕事を好む者が少ない一族だ。父も火影の相談役、取り仕切る立場にいながらも表立った事はしない。兄の暗部だって正規部隊としてではなく里の裏側から支える仕事だ。親戚達を思い出しても目立つ仕事をしている者は一切居ない。元来奈良一族というものは頭の回転が速く十手、百手先を射抜く。自分自身で動くよりも周りを上手く誘導した方が正確に速く、最小限の労力でカタがつく事を解っているのだ。奈良という敷居の中は、そんな賢い者たちで構成されている。そんな中で生きていれば子どもの頃から自然と"周りを上手く動かす"ことを覚える。時に打算的に。狡賢く。常に頭が動いて動いて仕方がない。であるからして、感覚感情で動くような者はかなり稀である。その良い例である兄でさえも幼い頃から奈良の独特な頭脳戦を見てきている筈。その上で"この兄"なのである。常人であれば長い年月鍛えなければ会得できない先手先を読む能力。随分前のようにも思える、あの反吐が出るようなカリキュラムと銘打ったもの。兄には中途半端な形で刷り込まれ、結局は染めきる事が出来なかった。……皮肉だ。根のカリキュラムと奈良一族の独特な環境は、もしかしたら兄にとって似たようなものだったのかもしれない。自分は何ともないと思っていても。奈良という日影の中は、兄にとって。

「俺達は奈良一族。日影に徹してこそ。…あのさ、関係ないとは思うけど父さんが俺を暗部に上げた本質って、そこだったりしたのかな。奈良は…ほら裏方が多いだろ。」

違うのならば、兄は陽の当たる場所で生きるべき人だ。

「父さんはいつだって正しかったって事だ。こんなに自分がしぶとい人間だったなんて思いもしなかった。それが俺の最大の武器であること。こんな先まで、父さんは見れた。敵わないよ、あの人に。」

閉じ、もう一度開けた目。

「シカマル。この木の葉の里、皆んなが灯す火の意志の傍で…見守っていような。どんなに違う影にいても、俺達は奈良だから。」

無数に灯る、心許ないけれど確かに存在する。

「父さんに目を貰ったからかな…うん。父さんの目には、木の葉がこんな風に見えるんだね…」

数式で弾き出さない兄の目に木の葉の先の、なにが見えていたのか。

「……うん…綺麗だ」




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