167. その瞳で真実を見て

要約すると勝手にくたばるなという事だ。自分の命は自分のものだけれど、どうやら一人だけのものでもないのだと。それが、解らない。母は俺の命は俺の為のものであると言ってくれた。生きているのは自分の為なのだと。だけど周りは命の使い方を決めさせてくれない。俺はそんな長生きしていい人間なんかじゃない。色んな人に生かされて生かされて生かされて。生きていい人間じゃないのに、誰よりも生きなきゃいけない。本当はなにもかも投げ捨ててしまいたい。本当は何もかもを持っていってやりたい。矛盾した人間なんだ。俺は。義務、責任、償い、懺悔。嗚呼、一人でなんにも決められていないのだ。根底にはいつもなにかの鎖があって。俺が自身で決めたのは最後いつだった。イタチを追いかけた時、あれは俺の全ての感情だと信じていた。友達だ。大切な友なのだ。しかしその根底には?里の業を背負わせた、止められなかった後悔じゃないか。考えれば考える程分からなくなる。俺は、奈良シモクとは何者なのだろうか。自分と信じていたものが自分ではないと。それを疑い始めてしまったら俺は…いよいよ終わりだ。

「悪運が強くて逃げ足だけは木の葉イチ。死なないから心配しないでくれ」
「カカシの死を見たか」

あんなに優秀な人でさえ死ぬ。写輪眼を使えば。カカシ先輩でさえ。なんのセンスも持たない俺なんか、一発でも術を使えば終わりなんだって。わかってるって。誰が為の命だ。なんの為に死に損なって今日まで生きている。何故俺ごときがダンゾウから写輪眼を奪えたんだ。億が一の、賭けであったのに。こうして力を得られたことはたかが偶然だったの?

「…"二度も"てめえの倅を見殺しにするなんざ御免だ」

父さんは、逃してくれない。押さえつけられる影はシカマルと俺が束になったって勝てっこないくらい強い。そうだろうとも、母さんに頭が上がらないこの人。奈良一族の頭なのだ。それなのに自分の子どもには不器用で、口の代わりに背中で語って、そんなの、そんなの読み取れるものか。抵抗する気が完璧に失せてしまった。ああ、もう…俺が必死にとってきたんだぞ。死ぬ覚悟で、面倒なことをしてまで、引っ掻き回して、自分の半分を…失ってまで…

「あのよ、シカクさん。それ…俺に預けてくれませんか」
「うちはの眼は、うちはでしか扱ってはならないんだ。他人が扱えば諸刃の剣、それにお前はこいつを何に使おうってんだ…日向の若衆よ」
「そうだぞ、お前には日向の眼があるだろう。何に使うんだ?」
「それはシモクが命がけでとってきたんだ…そうだろシモク。…他人の眼を奪うのは…生半可な覚悟じゃない筈だ…俺にはそれがよくわかる。それは俺が預かる。」
「駄目だ。昔からこいつの友人であるお前はいつどこで眼を返すとも分からん。これは俺が今ここで潰す。二度と写輪眼なんぞ使わせない」
「頼む。俺が預かる。俺もシモクにも使わせないから。」
「断る。」
「やめろ。カカシさんの何を見ていたんだよ!写輪眼だけは駄目だ。あの天才でさえ死んだんだ!」

…あ、そうか。精度の高い純正の白眼。新は弟の眼を己で鍛え高めて今の感知範囲まで拡大してきた。そうか、新という男は本当に強いな。全てを思い出した後に里抜けまで企んだというのに。本当は前に前に進もうとしているのではないか。体と心が追いついていないだけで。どちらかがいつも先行してしまうだけで。何度もせっついてくれたが、結果父さんには敵わないのだ。俺たちより何倍も頭の回る人だから。ここに医療忍者はいないと高を括っていたが、ここには何匹もの五代目の口寄せカツユ様がいた。しかもいのまで医療忍術を会得しつつあるなんて言うじゃないか。駄目だ。降参だ。寄らなければ良かった。父のところにさえ来なければ。俺は今度こそ楽に死ん…

「俺はお前を苦しめたいわけじゃない。断じて違う。ただ…写輪眼だけは見逃せない。周りに任せていたらここまできちまった。俺の手でやらねば…母ちゃんにどう顔向けしろってんだ」
「…母さんはなんて言うのかな…」
「お前を一番に思ってるのは母ちゃんだ。母ちゃんはシカマルとシモク。二人揃って帰ってくるのを待ってる。なんにも言わなくてもだ」

…父の気持ちだって、本当は痛いほどわかる。母さんの気持ちだって。俺はあの二人の息子で、長男で。シカマルの兄。俺たちは家族で、大事な存在で、失いたくなんかない。それはみんなも同じだって、俺ほんの少しだけ自信なかったよ。俺はピアスを継げなかったはずれ者でしかなかったのだから。ほら。俺は自分の気持ちばかりを優先して、みんなの事忘れてる。勝手に卑屈になって勝手に逃げて。逃げた先で傷付いて倒れて這い回って。そして、ひとりで勝手に死のうとした。

「…父さん。俺の命は、誰の為に…あるんですか…」

ねえ。父さん。答えてほしい。

「俺の……俺の命は…なんの為に…」

忍として生きる貴方に、答えてほしい。俺を暗部にした貴方に答えてほしい。いまここで俺に。

「てめえの命はてめえのもんだ。生かすも殺すもてめえ次第。だが忘れちゃならねぇ。その選択が誰かを殺すかもしれないという事。」

「…誰かを…殺す…?」

「ひとりじゃないから俺たちは死んではならないんだ。…そうさな俺たちは忍だ。命を張る瞬間は幾らでも来る。忘れるな。お前は奈良の子だ。その命の対価に見合う死に時を計算しろ。未来に繋がるか否か。それだけを考えろ。それがもし見合わないのであれば生にしがみ付け。意地でも離すな」

…右眼が熱い。

「そうやって、俺はこの歳まで生きてきたからよ。俺の死に見合う対価は高くつくのさ。お前も自分の命を安売りするな。過去の死人に囚われるな。あいつらと違ってお前は生きている。いつまでも、生と死の境目に居続けようとするな」

父の言葉を。初めて聞いた気がする。母もだ。こんな事ってあるのか。木の葉がめちゃくちゃで大切な誉が死んで。俺は必死に奪った最大の武器を取り上げられて。空っぽになった筈の右眼が、どうしてかとても熱くて熱くて。

あのね父さん。友の…イタチの為だったんだ。でも死んじゃってた。間に合わなかったんだ。俺が遅かったから。だから、それなら。どこかででっかく報いてやろうと思ってた。これを使う時がくるのなら最後だって。期待しちゃってた。俺は奈良の子失格だ。そんな命の計算すら碌にできないんだ。ぽんこつだろ?笑えよ。俺馬鹿なんだよ。父さんみたいに未来を考えた事なんか一瞬たりともなかったんだよ。




ぽつぽつと父に話しかける兄を見つめていた。こうして二人が言葉を交わすところを初めて見た。兄の飛び飛びの話を小さく相槌打ちながら静かに聞いている。座った足の間に顔を埋めながら、今はもういない親友の話をしていた。父はちらりとこちらに目線を寄越してきた。はいはい。わかってますよ。俺にも宛てた言葉だってこと。兄は母に似た。容姿も内面も。だから父は兄に甘かったし弱かった。まあ、自分と比べれば、であるが。どちらかといえば寡黙な父はよく母に黙ってたら分からない!やら察して欲しいは飽き飽きだ!なんて怒られてもいた。兄は母に似たのだ。つまり兄だって「父に黙られたらわからない」のである。父に似た自分はなんとなく雰囲気を掴むのは上手い方だし読み合いだって劣らないと思う。だから自分と父はこれでなんとかなっていた。こうなれば奈良の悪い癖である。頭が効率的に回るからこそに対しての感情は省かれる。結果を求めて頭が計算する。奈良は不器用な者が多い。誤解されやすいとも言う。読み合いに長けた一族。それと伴わない者との間にできてしまったのが…父と兄である。経歴が経歴なだけに今まで容易に踏み込めるような話ではなかったし、兄が口を噤み背を向けてしまった事により取りつく島も無くなってしまった訳であるのだが。

「おい、いの。そのまま俺の眼球を移植しろ。できるか?」
「え…おじさん何言ってんの…?」
「こいつは暗部のエースだ。片目だけじゃあ不便極まりねぇだろう。俺のをやる。写輪眼の代わりだ。」

父はさっぱりそう言い切って、いのいちさんが苦言を呈しても聞き入れることは無く。父の三白眼は兄の右眼に入れられることになった。茶目が濃く大きい兄の目にしては少々小さく真っ黒だ。そのアンバランスさが不思議な事に兄に父を見出すような気がして苦笑った。写輪眼の代わりなんて。父の右目は空洞になってしまった。

「…父さん」
「返品は無しだ。このツケ、出世払いしろよ。」
「なんで俺に。」
「俺より多く任務に出る。当然だろう。お前は奈良であると同時に木の葉の忍。暗部の重鎮だ。俺が放り込んじまったが…木の葉の影の誉だ、欠損の忍なんぞにしてたまるか。」

兄が暗部を退かない事を分かった上での事だ。片目を失った事の弊害はかなりでかい。常に人手不足の少数精鋭暗部では任務に待った無し。半分の視界を駆使して戦うには時間が足りなさ過ぎる。父は「先」を考える人だ。兄の力が、今後大切なものになる。それになにより、きっと自分の一部をあげる事など造作も無いのだ。家族であるのだから。

「だからもう写輪眼に拘るのはやめにしてくれ」

兄の目はもう赤くはなかった。は、と息をついた後。黒い三白眼はゆっくりと閉じた。




「………は…????」
「あれ…俺とうとうおかしくなったか…?おい、頼む一発殴ってくれ…」
「いいぜ」
「うッへぶっ…!!!…ッ、う…痛…そうか…本物か…やばいな…」
「ああ…っ…やばいな……俺達の、…涙腺が。」

「…お前達さ…本当に面白いな…つい戻ってきちゃったよ」

目の移植を受け、その他諸々安静状態をカツユ様より宣言されたシモクを暗号部跡に残して俺達はいのいちさんとシカクさんの指示の元、ペインの本体を捜していた。でもそれはナルト自らの意思により中断させられた。その最中で……俺の白眼が捉えたのはあり得ない状況だった。死んだはずの人間に。空っぽの筈の身体に。命とチャクラが吹き返したんだ。一人や二人じゃない、あの一撃で吹き飛んだであろう全ての命が眠りから覚めたように動き出した。そうか…俺は奇跡を見ているんだな。もしその奇跡を俺が自由に操れたのなら。自分の命と引き換えて、弟を生き還らせたい。死んだ人間が蘇っていく。広範囲を捉えることのできる優秀な弟の眼に、それはくっきりはっきり見ることができた。だから俺達に近づいてくるチャクラも。気配も。全て誰かわかった。

「ふざけ…ッてんじゃ…っ、カカシさん…!」
「カカ…っさん…っ!!!生きてる…っ、ッあああー!!!良かったあああ!!」

ぽりぽりと罰が悪そうに頬を掻いて、カカシさんは酷く複雑そうに笑っていた。オクラは号泣。俺も膝から崩れ落ちた。きちんと自分の足で立ってそこに居る。カカシさんを失なった時、どれ程怖かったか。里の誉を失って、どれ程の。でもそれは本人がよくよく分かっている事だ。俺達の様子を見て、本当に申し訳なさそうに謝りながら肩をぽんぽんたたいてくれた。それが逆効果過ぎて、夢ではないんだと自覚させられてまた号泣した。俺達はずっとずっと暫くずっと。子どものようにぎゃんぎゃん泣いていた。木の葉の里ではその日、死んだ人間が全員生き返った。暗号部跡に残してきたいのちゃん達もシズネさんが蘇って超絶驚いたらしい。

「……いいよな……大きな力を奮える人間は……厄災も奇跡も…同時に起こせるんだから…」
「…兄貴は、どうやって写輪眼を…いや。保持し続けて何に使うつもりだったんだ?」
「……具体的には決めていなかった…もし何か…里やお前に何かあった時に…その時に使おうと思ってた…自分の命と引き換えにして…派手に散ってやろうと…思っちゃったんだ」

いのちゃんに聞いたら、シカマルとシモクが静かに並んで小さな会話をしていたと教えてくれた。その時のシモクは穏やかで、まるで憑物が落ちたみたいだったらしい。

「…父さんと母さんとこんなに話をした事は無い。それは俺がいつも線を引いて壁を築いていたからだ。シカマル、だから……その、俺は、…

………お前とも…話がしたい…ちゃんと。兄弟の、ありきたりでどうでもいいような事を…忍を忘れて。お前と…ただの俺で………話が…話がしたい、けど…どうか、な…?」

シカマルはずっと頷いていたそうだ。ずっと、目頭を押さえて肩を震わせていたそうだ。




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