17.胎動の讃歌

会場警備が終わった。本選はこれから一ヶ月後。シモクはその間、束の間の休暇をもぎ取ってきた。暗部という名の元に所属してはいるが、自分は"火影直属の暗部"である。休暇をねだるなら火影様だ。暗部にはダンゾウ派閥と火影派閥に分かれているため、同じ面や服装でも気を抜いてはいけない。どこまでいっても一枚岩にはなれないのだ。因みにシモクが配属されたあの小隊も火影直属の者達である。シモクは今日、警備の傍ら。予選を遠目から見ていた。チョウジは残念ながら敗退。いのは引き分け。そして、シカマルは本選の切符を勝ち取ったのだ。シモクは遠目から口をあんぐりと開け、次にはめちゃくちゃ悶えながら喜びを噛み締めた。…本当ならすぐにでも飛びつきたいが、自分にはその行動が出来そうにない。いつからそこにいたのかカカシがしゃがみながらこちらを覗き込んでいた事を知ったのはその悶えから2分経った頃だった。『遠目で見守ってないで、いい加減、シカマルと向き合ってあげなさいよ』そう告げて。

「…向き合えって…」

どうやって?感性が暗部仕様になってきているのか、人との向き合い方というものをそろそろ喪失しだしていたのだろうか。暫く振りの自室で布団の上に胡座をかきながらぼーっとしていた。大体、兄弟だからといってそこまで頻繁に顔を突き合さなくてもいいんじゃないの?今までが異常だったのだと。そう思えばシモクの気持ちの波が少し静まった。
そうだ。そうだ。これが普通。顔を合わさないことだって7つ離れていたらあるものなんだ。ちょくちょく帰ってきてはいるが、あの幼い頃よりシカマルが部屋に寄ってくることもなく。兄離れが完全に済んだということだろう。だとすれば、自分もそろそろ弟離れをしたほうがいいのだろう。シカマルもうざったがっていたし。それに。同じ忍でも…きっとシカマルや父や母よりも先に自分は逝く。数々の暗部の教訓を学んだシモクが近い死を悟ったのは入隊してすぐのことだった。一つの任務、6人の小隊のうち4人が死んだこともあった。功績も内容も、暗部の構成も外部からは一切遮断されている為、おおよその人数は把握できていないが、暗部での死亡者の数は年々増え続けている。持ち前の運で生き残っているシモクには、いずれの死が訪れる。それが早いか遅いかだけの違いなのだ。

「腹減った」

腹が切なそうに鳴いたのでなにか食べてくるかと部屋を開けた。暫く見慣れていなかった夕陽のオレンジ色が目に入って眩しかった。部屋に気配はないので全員家から出払っているらしい。それはそれで余計な気を遣わなくて良いのだ。母とあまり会話する機会も減り、それでも夕飯はいつも必ず部屋の前に置いてあるのだ。自分は親不孝息子だ。がちゃりと冷蔵庫を開けて漁る。多分このヨーグルトはシカマルのだろう。魚肉ソーセージを咥えて、縁側へ寄って口をモグモグ動かしながら傾いていく夕陽を見つめていた。

「!!!!!!」

その時、シモクは弾かれたように後ろに飛び上がった。それは殺気。微弱だが確かに感じた攻撃のサインだ。一体どこから。庭の芝生に突き刺さったクナイを見やって全神経を逆立てる。奈良家になにか用なのか、はたまた例の試験妨害のならず者か。気配を探り当てるとすぐそこの林にいるようだ。おおかた木の影に隠れているのだろう。シモクは印を結んで片膝をついた。

「影縛りの術」

影が一気に林まで伸び、ビタンと誰かの影と繋がった。奈良一族。木ノ葉の里でも特殊な能力を持つ家のひとつで、自分の影を自在に操る事ができる。そして鹿との意志疎通も可能だ。

「っうわ」
「…?」

随分と間抜けた声だな。まるで子どもみたいな………。

「…なにしてんだシカマル」
「べ、別に…」
「俺に対して、殺気向けただろう。どういうつもりだ」

林から相手の影を引っ張ったら、意外なことに現れたのはシカマルだった。おまけにクナイまで投げつけて。影でシカマルを未だに拘束したまま刺さっていたクナイを抜く。起爆札なんてものつけてたらいくら弟でもやり返して、ぶっ飛ばすところだった。裸足のまま庭に降りたシモクはシカマルにクナイを投げ返した。

「俺に恨みがあるのはわかった。よーくわかった」
「ちがっ、そういうんじゃねーよ!話は最後まで聞けよ!!」

シカマルが珍しく声を張り上げる。

「…一ヶ月後、中忍試験最終試験の本選なんだよ」
「…」
「前々からずっとなんパターンか考えてた。修行方法。忍術は奈良一族特有のものだからアスマにも聞けねーし。親父には聞き尽くしたし」
「…つまり?…」
「……アンタ、本選までの間休暇取れたんだろ?」

何故知っている。いや、多分火影からカカシへ、カカシから新へ、それからシカマルに伝わったんだろう。まったく嫌な経路だ。

「…修行…付き合ってくんね?」

恥ずかしいのか、シカマルは目の前に立っているシモクから目を逸らして言った。

「…俺…でいいの?」
「………嫌ならいーって…」
「あ、違くて!嫌とかじゃねーけど…本当に俺でいいの?」

シモクはしゃがんで覗きこむように訪ねた。

「い、いい!!兄貴でいい!」

暫くの沈黙が辛くてシカマルはそろりとシモクを見た。その顔はいつかの能面ではなく、きらきらと子どものように輝く嬉しそうな笑顔だった。




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