166.心の淵

_なら、暗部を居場所にすればいいよ。

カカシ先輩はあの頃。一人勝手に抱いていた孤独と劣等感と僻みの鎖に雁字搦めになっていた俺にそう告げた。幼過ぎた俺は暗部にスカウトされた当初もうまく順応する事ができず奈良家の表看板を気にしていた。山中、油女一族にはその術の特異性からか暗部推薦枠が存在した。だけど奈良家はその枠が無い。スカウトで暗部を出したのも俺が初めてだった筈だ。だから。だから気にしていた。俺は図らずともこの家の長兄で。跡継ぎとしてピアスを譲られなかったとしてもそれは変わらないから。俺が何かしでかす訳にはいかなかった。模範でいなければ奈良の…父と、時期跡継ぎの顔に泥を塗る。暗部に推薦された時、上層部とその中に父の意思も含まれたと聞いたときは奇妙な感情を抱いたものだ。良くも悪くも何も教えて貰えなかった。父は行動で示すような人で背中で語る人。俺はそれを汲み取れる程うまくなかった。だから唯一分かりやすく起こした父の「行動」が俺を暗部に推薦した事ならば。それは一種の期待だと馬鹿みたいに思ってしまった夜だってあった。でもいざ俺に宛てがわれた世界は、どこまでも押し迫る暗闇で。足は泥濘に取られるようで、がむしゃらに振るう手は何も掴めない程に空を切って。これが俺に与えられた未来?これが父に、俺に。なにを齎すんだ?命がけの一瞬一瞬を過ごす度に。心臓が何度も壊れそうになる度に。いつしか俺は任務とプライベートの区別すら付かなくなってしまった。思えば当然だ。あの頃俺はまだ中忍試験を受けるような年頃だったのだから。そうしてバキバキと音を立てて「家族」との溝を自ら作っていった。それを知ってか知らずか。カカシ先輩はふいにこう言ってくれたんだ。

_そういう奴もよく居るから。別に変な事じゃ無い。

カカシ先輩は自分にも他人にも厳しくて強くて、里の中でさえ異彩を放つ存在だった。片目に埋め込まれた写輪眼も要因だったのかもしれないけれどなによりもその言葉が証明したんだ。カカシ先輩も俺も、暗部という居場所が全てだったという事。先輩には家族と呼べる人達がもういなかった。里全体が先輩の父を殺したようなものだったという事。それでも里の為に命を削って働く先輩が同情とかそういうものを取っ払ってただ格好良かった。面を半分取ってほんの少しだけ笑った顔が。そうして暗部を離れて、弟子達に囲まれる。新しい道を歩き出した先輩は忘れてしまったかもしれないけれど。俺はそのお陰で。その言葉があったからここまで来れた。先輩が間違ったと後悔した言葉で俺はここに居れた。最後まで先輩に面倒をかけてしまった。イタチを連れ戻せなくて、間に合わなくて。その時だって迎えに来てくれたのは先輩だ。

「結局貰ってばっかで、何にも返せていない。」
「俺だってそうだよ。この人から貰ったもんとかデカ過ぎて堪らない」
「…嗚呼。なにせ里の誉。俺達は継いでいかなければならない」
「できると思うか?俺たちなんかに」
「馬鹿言え。やるんだよ。やれなくても、やるんだよ」

俺達は守る側の人間なんだから。昔から変わらないじゃないか。オクラはそう言った。うちはと同じように戦闘一族の土中家はさぞ、にがい思いをしてきたのだろう。千手一族の遠い血筋にあたる土中は代々土遁の使い手を輩出してきた。里の危機があれば子どもだろうと立ち向かった。戦争激化時代に取り残されたような厳しい掟に基づき、物心ついた時から厳しい戦闘訓練が待ち受けていたそうだ。新だって厳格なる日向家分家の若衆だ。同じ一族内でさえ鉄壁の序列と優先されるべき守る者が数多居る。ヒアシさん、ハナビさん、ヒナタさん…宗家の人間ではこの3人だろうか。そうして新には唯一の砦と言っても過言ではないネジがいる。2人とも、自分には後ろ盾がないのにも関わらず一族を必死に守っている。俺は?

「一枚岩でやってかなきゃ、木の葉も国もあったもんじゃない。変えてかなきゃ…なにも守れない」
「…どうする。俺たちになにができる?俺たちに出来ることってなんだよ」
「……難しい事聞くなよ…」
「……難しくないよ…俺たちに残されてる道はひとつだろ…暁を捕獲する。捕獲が無理なら殺す。殺すのが無理ならせめて傷跡のひとつつけないと割に合わない。」

打ちひしがれるな。俺達は、俺は止まる訳にはいかない。イタチが死に、アスマさんが死に、カカシ先輩まで居なくなった。暁を消さなければならない。悲しむ隙さえない。尊ぶ人達が一人二人と増えていく。生きている間はずっとこれだ。カカシ先輩の亡き顔を見ていたら、初陣の日の事を思い出した。命があって、そこにはたくさんの命があって。気付いたら潰えていて。自分が助かる代わりに犠牲となった命がある。守ろうとして守られた命がある。先輩の気持ち、漸くわかったよ。

「ナルト君がひとりでペインと闘っています」
「!カツユ様!」
「ナルト!?何故だ!ペインは九尾を狙ってきているんだぞ!自ら危険に近づくなど!」
「だからだ。うずまきナルトはそういう奴なんだろ。」
「しかし!」

いま、俺がすべきこと。

「…二人とも感知タイプだよな」
「…い、いかにも!」
「今すべき事をする。力を貸してくれ」
「ん?!ああ!!病み上がりでも俺はやるぞ!」
「幸い統率の取れた俺たちが3人揃ってる。漏れなく感知タイプだ。俺にも八つ橋さんがいる。」
「感知タイプに拘ってどうするんだ?」
「暗号部はペインのなにかを調べていたんだろ?調べるなら感知タイプが絶対に必要になる筈だ。まずは情報を集める根こそぎ」

「おーーい!!!」

遠くから手をぶんぶん振りながら走ってくる。久しぶりだ。

「チョウジ。チョウザさん。ご無事で」
「これは驚いた、シモクか!」
「カカシ先輩が殉職しました。俺たちはこれからスリーマンセルで暗号部に向かいます。」
「ううっ…カカシ先生…やっぱり…やっぱりそうなんだね…僕を逃す為に…うううっ…」
「俺は俺が出来る事をしてくる。先輩をよろしく頼むよ」
「…シモク…ごめんね」
「なにを謝るの。」
「だって…!、っ…あのね、暗号部にシカマルといのがいるんだ。もしかしたらなにか聞けるかもしれない」
「ありがとう。充分だよ」

瓦礫を蹴って走った。色んな感情もないまぜにしながら。たくさんの命と歴史と宝物が埋もれた故郷がダイレクトに視界に入っては憎しみだけが募る。俺は優しくなんかない。決して、そんな事はない。みんながそう言おうと、自分が善人だとはこれっぽっちも思わない。むしろ都合の悪い事は見ないフリをする、偽善者の方が似合っている。足が縺れる。息をするのも痛い。考えることなんて放棄したい。なんでもいいからなにか。なにかひとつだけに。寄り掛かりたい。

「お前大丈夫か」
「なにが」
「俺、お前が時々遠くみえるよ」
「そんなことないよ。なに言ってるんだお前のほうこそ。」

オクラが後方からそんなことを言ったから、シモクは思わず振り向いてその妙に真面目くさった顔を笑ってやった。





「くそ、やられた」

爆風で咄嗟に受け身をとったのはいいが、まんまと脚をやられるとは。シカマルは解析部にいた。いや、解析部があった場所。どちらにせよ瓦礫の上だ。ペインの放った一撃が里の致命傷になったこと。幸い近場には父のシカクや後に合流した山中家。どんな状況下であれ必ずこうしてどちらかの一族が集まる。猪鹿蝶は代々そうしてきたのだ。チョウジも一度はここにきた。今はカカシの側についているが、それでも何かしら役割を果たしているのだろう。

「ここまで吹っ飛ばされるなんてな」
「親父、母ちゃんは」
「既に下に避難させた。土遁使いの忍を何人か確認したから安心しろ。」

突如、静まりかえった残骸の中で轟音と土煙が舞った。あまりの地面の揺れにシカマルは再度地面に片手をついた。

「なんだ!?なにがどうなってる!誰か戦っているのか!?」
「ナルト君です」
「ナルトが…!?帰ってきたのか!」
「仙術を身につけて、今一人でペインと戦っています」

今すぐにでも加勢に行くべきだ。しかしシカマルは自身の足を見下ろして舌を打った。ナルトが一人で。仲間が一人で戦うなんて見過ごせない。シカマルがここずっと身に穿たれてきたことだ。どうしようもない時だって一人じゃなければ。なにかを失っても一人じゃなければ。アスマの時の記憶が色濃く焼き付く今、仲間が欠けるなんて耐えられない。ナルトがカツユを伝って預けられた口止めに血管が切れるかと思った。

「仙術を身につけたということはレベルが違う。今は足手纏いにならないことがチームワークだ」

シカクの言葉がなければその辺の棒きれを支えにしてナルトの元へ向かっただろう。

「俺達も動くぞ。先程のいのいちの話だ。ペインの本体、そいつは木の葉からそう遠くない場所にいる。最低でもツーマンセルで行動した方がいい。敵の本体を見つけてもうかつに手は出すな。なるべく感知タイプを捜索に加えてくれ。その方が早い」

ナルトがペインの相手をしている間にやれることは情報収集の末に見つけた手掛かりを確かなものにすること。ペイン本体の在り処。これ以上里に危害を加えられる訳にはいかない。シカクが腰を上げたと同時に近くを駆け抜ける影が視界に入る。

「そこの忍待て!」
「シカクさん!」
「まじかシカクさん!いのちゃんにシカマルまでいるじゃないか!」

シカマルは座り込んでいた足に力を入れて立ち上がり、駆け寄る3人の忍に近づいた。その駆ける忍は自分の兄と兄の仲間達だった。シカクに母の無事は聞けても兄の無事は聞けなかった。痛々しい半身はナルト達が連れて帰ってきた時のまま。いや、ペインの襲撃を受けて外にいたのだろうかあちこち血だらけだ。兄は返り血はつけて帰ってきても自身の傷で服を汚す事はしていなかった。兄はどこかぼうっとした目をしていて酷い火傷を負ったままの腕はびくびくと痙攣していた。シカマルが足を引き摺って近寄るより前にシカクが大股で兄に向かい、右眼の眼帯を毟り取った。

「ッんの…馬鹿息子が!!!!!!!」

ばちん。でかい音だった。受け身さえ満足にとれない兄の見るからに軽そうな体が瓦礫に埋れた。いのがヒュッと息を呑んだ。兄の火傷についてもそうだがシカクに打たれた事。そしてなによりその右眼にあるものを見て。

「シズネを向かわせた筈だ!!お前の体が写輪眼に耐え切れる訳がない!」

写輪眼…?写輪眼といったのか、いま。ゆっくり起き上がった兄の片目にはその言葉が嘘ではない事を物語る、真っ赤な眼球が埋まっていた。急激に冷えていく頭。この、たった数日。あの時、会った時でさえ既に写輪眼という大爆弾を片目に埋め込んで呑気に笑っていたということか。なんで、あんたは。

「これ取られるわけにはいかないんだ。たとえ父さん達でさえ。いつか役立てる。心配は無用だよ」
「…聞き分けがない」

ぐわっと大口をあけたシカクの影がシモクを押しつぶした。確実にいまここでその眼を抜かなければならない。それは息子の寿命を限りなく延ばすからだ。シモクの感性は暗部に長年漬けられていたせいで独特だ。それは自分達大人がそうさせたといっても過言ではない。自分にできると思うか。そう聞いてきた倅に肯定はしたが、話が別過ぎる。シモクは里の抜け忍であるうちはイタチを追いかける為に写輪眼を自らの手でもぎ取ったというのは想像に難くない。しかしイタチの死亡が確認された今、その武器は必要ない筈だ。

「できると言ってくれただろ…なんでいつも寸前で俺の邪魔をするんだ、なんで分かってくれないんだ」
「お前こそどうしちまった!…いや、…わかる。わかるんだ……今のお前は昔の俺達とおんなじだ。」

シカクの若き時代も戦争の真っ只中だ。顔の古傷だって今では勲章にしてきた。シカクには支えが沢山あった。死戦を駆ける同志達。一族、ヨシノ。それらが変わらずそこに在ってくれたからシカクは今でもここに居る。しかしいくら支えがあれど仲間が物言わぬ骸になる事も自身が死と隣り合わせなのも、その当時の自分には相当堪えた。奈良の一族として統率を任される事が多く、自分の判断ひとつ間違えれば戦況なんて簡単に覆される。そんな緊迫とした机上を、前線を、どれだけ体験してきたか。自暴自棄にならなかったのが救いだ。ヨシノがいなかったら、猪鹿蝶が一人でも欠けていたら。この歳まで生きていない。当時は現暗部のような任務も沢山受けた。口にするのも嘆かわしい事も沢山あった。

「しかし全てはわかってやれない。俺達とお前達では時代が違う、置かれている状況だって違う。だが、…それだけはやめてくれ。写輪眼だけは。それだけはどうか」
「……なんでだよ。きちんと里を守るために使うよ。これはいざという時の切り札なんだ。少し前、俺には守りたいものがいくつもあった。でも随分落としてしまったみたいで。俺に残っているのは」

目が合った。

「もうひとつしかない」




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