165. 別れの言葉は貴方の十八番

「…か、」

言葉が出ないのは2人同じであった。風にさらさらと揺れる銀の髪が、柄にもなく放置だったから。肩にカツユ様がいて、自分がそうであるように五代目の医療忍術が行使される筈なのだ。なのに、何故まるで死んだように虚なのか。まさか。そんな筈がない。いつものチャクラ切れだ。だってはたけカカシだぞ。千の術をコピーしたコピー忍者カカシ。里の誉。最も火影に近い男。…色んな肩書を持つ、木の葉の柱ではないか。辺りは瓦礫の山で、妙に静かで。鳥肌が止まらなかった。やめてくれ。どうか、そんな事。

「カカシ…さん?」

恐る恐る伸ばした手。首筋から伝わる筈の命の脈打ちはどんなに指先を食い込ませても聞こえない。これは、虚だ。空っぽなのだ。、カカシさんは………逝ってしまったのだ。

「そんな…そんな馬鹿な…」
「…こんな、ところで…」

やっぱり。ほら。嫌な予感程よく当たると。2人で立ち竦んだまま無言の時がどれほど流れたか。灰色の雲が木の葉を覆い、それはまるでこれから先の未来の暗雲を兆しているかのようだ。

「おい、あれ、」
「………あれは…人…?」


神羅 天征





…木の葉の里は、もうすぐなくなるのよ

…どういう…意味?

世界に痛みと優しさが齎されるんですって…

それは……誰の言葉?

…神さま、かな


…………

…。

辛うじて、五体満足に繋がっていた。ぐわんぐわん揺れる頭。思わず嘔吐した。物凄い衝撃だった。家の瓦礫と電柱に挟まれても尚こうして生きている自分が漸く不気味に思えてくる。上空に居たあれは暁のひとりだ。まるで大地ごとぶっ飛ばしたかのようだった。最初に見た木の葉の被害など比にならないくらいに、里は……半分以上を消失していた。地面は深く抉れて、何も無い。…そう、戦火に巻き込まれては消える小国の里と同じだ。そっくりだ。しっぺ返しがきたと、思わずそう考えてしまった。忍五大国。我が火の国、木の葉隠れの里も多大なる犠牲を払い血を飲んでいる。だけどそれを知っていても、それがあの人達と同等の「痛み」と言えるかは…分からない。自分達は忍で、向こうはチャクラもない一般人。その時点で大きな差だろう。よく、よく見てきた。自分達に向けられる、無言の責を。

「……、」

隙間から膝をついて這い出て、暗雲を見上げた。このまま追うか?さっきの暁。いやこの状態で挑んでも負けは確実。気味の悪いことに、里が静まり返っている。報告にあった口寄せの生き物の姿もない。仲間がどでかい一撃を放つと聞いて一斉に退いたか。しかし何故そんな事をした。狙いは九尾だろう。この威力、下手すれば人柱力までぶっ飛ばしてしまうかもしれないというのに。……暴れるだけ暴れて、何がしたかった?…違う。この退きよう…。

「探し物が見つからなかったか…」

ナルトが見つからなかった?いや逆か?何通りのパターンが考えられるが木の葉をほぼ全壊させた事は確かで、動ける自分にできる事をしようとまだ痛み続ける頭をそのままにズルズルと地を這った。近くに運良く生き残った表の忍が近寄ってくるのが視界の端で気付いた。

「あんた…無事か…?それで…い、生きてるのか…?」
「あ……?」

意識が朦朧としているのか、その忍が何を言っているのか全く分からなかった。耳が遠い。まるで水の中にいるようだ。

「…あ…もしかしてシカクさんの…?」

…こいつ、あの爆風を受けて何故平気なんだ。その肩に乗っているナメクジはなんだ。顔を地面に向けたまま視線だけ上げてナメクジを見つめていたら忍は気付いたようにそれをぐいぐい押し付けてきた。

「カツユ様!こいつの治癒を…!」

なにか言ってるがよく聞こえない。そういえばご飯を食べていなかった。なにか腹にいれてくれば良かった。このナメクジを振り払う腕に力が入らない。

「この方は五代目様の口寄せ、カツユ様だ!」

のしのしと背中を闊歩されたかと思えばじんわりと暖かい心地がした。これは、医療忍術だ。

「こんなに深手を負っているなんて…こちらで少しでも回復を」
「……別に、俺は…そんな事。」

…会う人会う人に言われて、漸く自分が今どうしようもなく死に損なっている事を知った。母に啖呵を切ってきたというのになんて無様な。口々に言われた、俺の今の状態。割れた硝子に映る自分はなんて非力に見えたことか。それでも自分の限界すらわからなくなっていた俺自身はなんて事はないのだと叫んでいた。

「さっきの…さっきの一撃で…被害は…どれ程。何人生き残っている…」
「動ける忍は各々情報の収集に回るだろう、あんたは医療班の地下壕へ…」
「八つ橋さん」

口寄せで呼んだ八つ橋さんはこちらを見上げ、口角を下げに下げた。その瞳は彼らしくもなく途方に暮れているようで。

「八つ橋さん?どうしたんです…」
「…、」 
「…八つ橋さん?」
「契約者のカカシが……死んだ」

悪い冗談を言うようになったものだ。引き立ったように笑いが込み上げた。こんな時に。なんて事。どんなに笑い話にしようとしても八つ橋さんは自分のスカーフに描かれたへのへのもへじを見つめてぺたりと耳を折って縮こまってしまうので、俺もその様子から漸く本当なのだと。もう、もう、もう…

「そうですよね…八つ橋さんの契約者はカカシ先輩だ……カカシ、先輩」

ねえ、カカシ先輩。あなただけは。消えないと思っていた俺はどうしようもなく馬鹿ですよね。先輩だって人なのだから。神ではないのだから。どおん。遠くで砂埃が舞う。俺も八つ橋さんもとうとう動けなくて。里の誉を失った事も、ただ純粋に己の先輩が居なくなった事を咀嚼するだけの余裕は全く無い。思い出した事といえば、まだ新米暗部だった頃。それはそれは厳しい体術を叩き込まれた。俺の戦闘スタイルの一旦を担う体術はカカシ先輩が教えてくれた。何度も何度も固くて冷たいコンクリートに叩きつけられた。沢山雷遁の術を食らった。その度に何度も何度も怖い顔で立てと言い放った。正直怖かった。先輩は。

_じゃあ俺から一つ。そんなお前にこの言葉をやる。倒れなかった褒美。

_"忍の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。けどな。仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ"。

優しい人だったんだ。心底。じゃなきゃこんな。自分で言うのもなんだが小生意気に死に急ぐ新米相手に鍛錬なんてつけてくれないだろう。カカシ先輩は人気だったんだ暗部の中でも。一際厳しい人だったけどそんな人とツーマンセルを組めるなんて。俺は恵まれていたんだ。あなたと過ごした日々は、恵みそのものだ。項垂れる八つ橋さんを抱え上げて問う。

「…先輩の匂いはどっちに」

先輩の事だ。きっと。最後までかっこよかったんだろう。ぼろぼろ溢れた涙は身体の水分を奪っていくようだった。今まで側についてくれた忍にカツユ様を返して八つ橋さんと共に瓦礫の山を歩いた。建物の残骸だけで分かる。ここがなんだったのか。何処なのか。ぼろぼろの里を見るのが、こんなに辛いなんて。戦友の言葉を借りるならば、俺だって戦争は嫌いだ。大嫌いだ。鼻をスンスン。ずびずび鳴らして八つ橋さんの示す方へただ歩いた。嗚呼これが戦争か?これが、痛みか?イタチもカカシ先輩も。目の前から突然いなくなって。…いつもそうだ。27人の先輩達も。

「みんなどこに還ってしまったんでしょうね…俺もう、歩けないかもしれません」
「馬鹿言うな……それでも歩くんだ」

腕の籠手がしっとりしてきた。八つ橋さん。声色にこそ乗せないが辛いんだ。そうに決まってる。カカシ先輩は口寄せの忍犬達を大事に大事にしていた。注がれた愛情のぶんだけ。失った時が辛い。

「俺はな。シモク。お前の事を託されていたんだ。お前を手助けするように命じられていた。だから契約者はカカシのままだったんだ。」
「…」
「よく言っていた。カカシは。死んだ自分の戦友のようにしたくない。そんな事させやしないって」
「…、はい」
「カカシはお前と同じで自分と親しい命を何度も落としてきた。その度に打ちひしがれた。その度に立ち上がってきた男なんだ。だからシモク。お前はなんとしても生きなきゃならん。自分の死に場所を自分で用意してはならん」
「…はい、っ…」
「簡単に命を手放してはならん…」

俺たちは忍である。自然エネルギーを借りてチャクラを練り上げ時に人智を超える力を奮う。…でも神様なんかじゃない。魔法なんかじゃない。人を生き返らせる魔法なんて、そんな都合の良いもの。そんなのが出来たのは自身の人生と、命を代償に差し出した砂のチヨ様だけだ。俺が自分の残りの人生を懸けて蘇らせたいものは沢山ある。沢山たくさんあるんだ。…暫く歩いていると見知った姿に目を見張った。

「新…オクラ、」
「っ!!!あ…」

久しぶりに見た新は随分筋力を落としていた。病院着に無骨な忍のサンダルがアンバランス。オクラもなんて情けない顔だ。二方共に肩にカツユ様の姿。カツユ様に包まれるようにして両の目を硬く閉じるカカシ先輩。いざ遺体を目にすると一気に頭が冷めてしまう。

「…情けない顔をするな……2人とも…」
「シモク…お前、」
「ああ、俺も大概情けない顔なんだろうけど…立ち上がらなくちゃならない…受け入れて……進まなきゃ……カカシ先輩がそうしたように。…先輩。お疲れ様でした。」

致命的な外傷は無い。そうなるとすれば。自ずと死因はチャクラの枯渇だ。チャクラは自然エネルギーとともに生命エネルギーを多大に消費する。先輩はそれ程に強力な力に命を食わせた。それは…勿論写輪眼だ。先輩でも食われたそれを俺なんかに扱えるとは思えない。一瞬でお陀仏だろう。腹は決まってる。俺がこの一撃を放つ時は。

「本当に。お疲れ様でした」

どちらにせよ、同じ運命なのだ。友を助ける為だった筈の力は。どこで使うのか。その瞬間に立たされたら。漸くその答えが分かるのだろうな。先輩の身体は五体満足きちんと繋がっていて綺麗なものだ。身体だけでも残って良かった。先輩に体をくっつけて丸まる八つ橋さんを撫でながら深く深く頭を下げた。




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