163. 人間性欲求の欠如

ピリッとした気配を感じたのだ。新はベットから起き上がった。裸足で窓まで歩んでからその先の光景に一気に目を見開く。仕舞い込んでいたサンダルを引っ掴んで今の自分が持てる最大の速さで走った。なんで、どうして。

「っ、里が…!!」

各所から上がる土埃にも似た煙。見たこともない獣が呻いている。すぐさま白眼で辺りを縦横無尽に感知した。日向家の何十人という白眼が自分と同じように事態を少しでも把握しよう探知しているのがわかった。

「その白眼…お前、日向か!!」
「これは一体なんなんだ!何が起こった!」
「侵入者だ!待機中の忍は全員事の収拾にかかっている!!兎に角住人の避難を最優先しろ!!病み上がりでもそれくらいは出来るだろ!?」
「無論だ!」

侵入者?この木の葉に?里に対してなにか起きる度にざわつきやがる。だって、こういう時。必ず嫌な事ばかりだ、失う事ばかりなんだ!再び走り出した心臓は気持ちが悪いほどにドクリドクリと脈打った。




「緊急事態だ!捻班は住人の避難を!炉班は侵入者の解明に全力を上げろ!亥班は外の忍と合流しサポートに徹するんだ!!」
「捻班はこちらへ!住民を一人残さず地下壕へ避難させるんだ!土遁使いは先に四方へ散れ!」
「炉班!諜報機関と合流し敵の腹ん中まで解剖すんぞ!!情報ふんだくって来い!散!」
「亥班ついてこい!対象は得体が知れない!木の葉の結界場を正面堂々と破ってきた奴だ!ただの馬鹿か腕に覚えのある奴か、どちらにせよ俺たちがすることは一つ!木の葉を守れ!守って死ね!!!」

暗部待機場。この奇妙な異常事態はあの、あの忌々しい「木の葉崩し」以来だ。精鋭班が壊滅的被害を生んだ、暗部にとっても凄惨な事件だったのだ。もう二度と。死んでいった先駆者の命に誇りを持って。暗部達は面の紐を結び直す。殆どが名のない忍。この面が己を語る唯一のものだからだ。早馬で聞いた情報は極僅か。これがただの馬鹿であれば。しかしそうでなかったのなら。敵の情報を得るためにこの先、ここにある命はもしかしたら消えるのかも知れないと皆んなが理解しながらも迷うことがないのはたったひとつの大きな宝物。里という名の命を守る為だ。

「_奈良。右眼は"取ったのか"?」
「…ええ。義眼を入れる前だったので死角になりますが尽くします」

亥班の現隊長には右眼の件については周知済みである。眼帯の下を確認している暇はないと、彼は隣を走る部下から視線を外した。…本当は、取ってなどいない。これは自分が命を賭けて奪い取ったものだ。誰にも譲るものか。この眼の使い所がきっと。必ずあるはずなんだ。まずは、木の葉を守れ。木の葉に暮らす、家族を守るんだ。

「命令する。奈良シモク。直ちに隊から外れ捻班と合流しろ。そのスピードでは足手纏いだ」

たんっと軽く下がり止まる。亥班はそのまま侵入者のポイントまで速攻で駆けて行った。暗部の足の速さは規定がある。それに漏れた者は戦場でも役に立たない。ここからは捻班と合流し住民の避難が優先任務となる。それが負傷隊員である自分のできる最大だと判断されたからだ。地割れのような音が途切れを知らない。悲鳴と倒壊の音だけが耳に残る。…奈良の本家がある場所とは逆側だが母や鹿達が無事に避難できているかだけが怖かった。元くノ一の母でさえ退いてかなり経つ。せめて父がそばにいたら。未だに完治しない傷口が腕を振り上げる度に突っ張った。当然ろくに療養もせず走りっぱなしだ。大怪我を負い、片目に埋め込んだ大爆弾にチャクラを吸われ、友の死を前にし、シモクの神経は内も外もズタボロだ。それでも身体を動かせるのは…言ってしまえばもうおかしくなっていた。異常だった。意思疎通はできても、その目の焦点は些かズレた場所に向いている。それでも。里に問題が起これば最前線に赴くのが、暗部だ。

「亥班の奈良だな。捻班は非戦闘員である住民避難を任務としている。表忍達と協力し一秒でも早く民を救え」
「はっ!」

あんなに。あんなに怖がっていた部隊。幼い頃に見た、夜中に屋根伝いに走り抜ける姿。動物を模した不気味なお面。

「君、家族は?」

「もう大丈夫、避難しよう」

「我々は火影直属暗部です。皆さんを地下壕まで誘導します」

火影直属暗部は比較的心根が良い者ばかりだ。命令なのは重々承知だが目の前の命を純粋に救いたいだけ。だけれど、昔の自分みたいに。暗部は酷く不吉の象徴だ。

「あ、暗部…!?」
「いつもの忍達はいねえのか?」
「お母さん、あのお面怖い」
「暗部といえば最前線任務が役目だろ!とっとと片付けてこいよ腑抜け共!!!」

向けられるものはそれなりに重い。暗部はエリート集団。火影に指名された階級問わず、絶対のヒエラルキーにより成り立つ厳しい環境下の中で、暗部の功績や活動内容は一切語られる事はない。住民が知っていることと言えば、木の葉崩しの時のように最前線で体を張り、死にながら情報を集めることだけだった。想像に難しくない黒い噂が蔓延しているのは事実だし、腹の中を躊躇なく見せられる程潔白ではない。深緑のベストに木の葉マークの額当て。それを羨まない暗部は一握りだ。ここで生きていく事が恩返しだという者もいるしここでしか生きていけない者もいる。大きな器となってくれたのは暗部組織だ。そこに属する事に恥はない。だけど「外からの認識」はそうそう変わる訳ではあるまい。

「俺たちに命じられたのは避難誘導です。非戦闘員は速やかに地下壕への避難が勧告されている。あなた方の誘導が済めば私達は言われずとも前線へ赴きます」

隊長の静かな声が轟音よりも重々しく聞こえたのは間違いではない。そう、これが済めば戦いにいく。命を懸けて戦いに向かう。ここで隊の士気を落とされては堪らない。

「木の葉隠れの里は必ず護ります」

その言葉に気圧されるように。もう誰も何も言わなくなった。命を懸けるのはこちら側で。背負うのもこちら側。本当にアンバランスだと、皆んなが思ったに違いない。そうして半刻もしない内に、避難は完了した。

「奈良はここに残りなさい。暗部付き医療忍者を2名派遣する。もしもの時は彼らを守ってください」
「…御意」

医療忍術を得意としない俺には地下壕一帯を守るのが務めとなった。俺以外にも数名負傷兵の暗部がいる。負傷しているものの、守りの盾くらいにはなれるだろう。幸いここには土遁使いが多いようだ。…上の状況はどうなっている。火影様は。里の被害は。家族は。

「…あの」
「はい」
「さっきの化け物は…あれも忍術なんでしょうか」
「…遠目ではっきりとは分かりませんが、口寄せであることに間違いはないかと。」

一般人…で間違いなさそうだ。親子だ。木の葉隠れの里に住む身として、こうなることは覚悟の上。しかしまさか今とは。木の葉の歴代の戦歴は誇らしいものばかり。忍五大国の一国を担う火の国木の葉隠れの里は四代目火影波風ミナト様や自来也様を筆頭に数多くの優秀な忍を輩出してきた。優秀故にその逆も然り。でもここまで大規模な外敵の侵入は砂忍襲来以来だ。忌々しい、木の葉崩し。

「あんたこっち側随分火傷しているじゃないか」
「負傷してはいますが、持ち場を守るだけの力はあるのでご安心を」
「そんな身体で…!」
「俺は忍なので」

得体の知れない敵。ただの馬鹿か、腕に覚えのあるものか。どちらにせよ木の葉から即刻排除だ。

「今し方情報が入った。敵の正体は暁。今のところ里内部に6名確認されている」
「暁だって?」
「報告にあった通りだ。各地で尾獣を集め回ってるってよ」
「守護忍十二士猿飛アスマさえ凌駕した、あの暁か」
「違いないだろうあの紅雲の羽織り」
「…ついに来たって事だろう。四代目が命をかけて封じた九尾を狩に」
「うずまきナルトは今どこに。」
「行方知らずだが、火影様のあの落ち着きよう。安全地帯にいるのは確かだ」
「では為すべきことはひとつだな。私も満足に動けたら前線に…」

暁。…どこまでも、邪魔をしてくれる。気を、落ち着けるんだ。今は、冷静に。状況を分析するんだ。

「…提案があります。先程医療忍者を2名を派遣すると。可能ならば治癒し、戦闘に赴きたいのは全員同じ。しかしここを手薄にする訳にも参りません。」
「つまり、数名でも班と合流し敵の殲滅にかかると」
「負傷兵とて軽傷な者を……、あなたは論外です奈良」
「暁は仇なんです。ここで喉元喰い千切らなければ死んでも死ねない。」
「この中で一番の深手は貴方です。なにをしたらそんな大火傷を。」
「そうだ。今も包帯に血が滲んでいるのが証拠。お前は安静にするべきだ。」

…安静?俺が?いま?この瞬間に??馬鹿を言うな。何の為の暗部だ。何の為の俺だ。何の為に俺がいる。里の中央を吹っ飛ばした敵がいる。暁がいる。今戦っている仲間がいる。戦況は不明。この時にいなくて、大切な時にいなくて、あの日…俺が何故生き残って在れたのか。そして何故今この時ですら生き残って、右眼に、友を救う筈だった写輪眼を残しているのか。使い所を見失なった遺物が、イタチが死んだあの夜からずっと問いかけるんだ。

お前を救えなかった意味。俺が生き残った意味。




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