162. 連鎖は終わることを知らない
「暗部所属、奈良シモクも回収しました」
淡々と告げられるカカシの報告を聞き終わった綱手は安堵か、新たな火種の予兆か、どちらにせよ大きな溜息を吐いた。
「なんにせよ、うちはイタチは木の葉にとっても驚異だった暁の一人だ。これを喜ばぬ筈がない。」
「シモクを早急に立ち直らせます。待ってあげられる程、状況は芳しくない」
「無論だ。奴の戦力は欠かせない。右眼の報告も聞いている。シズネを向かわせ写輪眼を取り除く手筈だ。」
生きて、さえいれば。後ろに組んだ掌を握り込む。そうだ。生きていてくれただけで良かったのだ。大切な後輩であり部下であり仲間だ。今一度、情報を整理した上で仮面の男についての報告を行う旨を伝え、カカシは火影邸を出た。見知った気配と地面を踏み締める音に足を止めて視線だけ向ければなんとも不満そうな、憤りが滲んだような顔をしたもう一人の後輩がいた。
「…だから、うちはに関わらせるのはやめさせようと言ったんです。シモクは暗部機関において重大な欠陥がある。それはダンゾウ様のカリキュラムを持ってさえ取り除く事が出来なかった。先輩も、分かっていた筈です」
「…そうだね、そうだよ。」
「写輪眼が彼にとってどれ程の威力となって返るか、それだって先輩なら分かっていた」
「…うん」
「聞けば、シモクが里を出る前に居合わせていたそうですね」
面の顔と対して変わらない程くっきりとした目はこちらを射抜いて逸らさない。そう、あの時自分はシモクを信じたのだ。
「そんなにシモクに死んでほしいんですか」
「そんなわけないだろ」
「先輩のやってる事は博打と変わらない、優しさを笠にしているだけです」
言われて苛立つのは正論だからだ。命がかかったやり取りを前に相手の意見など尊重できない。できないが、信じた。
「…じゃあお前はどうした。お前が俺ならどうした。誰かの為に何かを為そうとする人を前に。お前にはなにが言える」
帰るから、と笑ってみせたシモクを。
「なにも言わないですよ。言えるわけがない。だからこそ僕達は暗部なんです。貴方も。」
掟の遵守。任務遂行の遵守。仲間の命より優先されるもの。誰かの為は里の為。そこに個人など含まれやしない。暗部は殆どが天涯孤独の集まりで守るものがない。だからこその暗部組織であり里の為を遵守する事が当たり前なのだ。シモクはそれと真反対を成す異端であり境目でもあった。同じ場所で同じ立場で同じ言葉を交わした。イタチとシモクは似過ぎた。だからって同じように死んでくれるなと、そう願ったんだ。
「シモクの我儘はもう終わりです。次に単独行動を知ったら、僕は五代目や先輩がなにを言おうと木遁で閉じ込めます。お願いも聞かない。」
「…そーね…それくらいして貰わないと。俺はあいつに甘いから」
今一度考えるべきだ。時間は一秒たりとも待ってはくれないのだから。時世はいつだって厳しくて、一人を尊ぶ事さえ赦してくれない。
頭を切り替えてくれ。もう一人の自分が叫んでいる。そうだよな。もう十分だ。あいつはよく頑張った。頑張ったとも。見たよ。お前の満ち足りた顔。願ってた事だ。弟の為に一族のために、里のために。
「……お前を偲ぶのは、今じゃない」
受け入れて、前を向かなきゃ…いや、受け入れられずともこの膝を折ることは赦されない。今までもこれからも。ずっとずっとずっと前に覚悟していたこと。
「…俺が、お前と同じ場所にいったとき…きっと、また一緒に話をしよう…」
だから、暫くの別れだ。瞼を開けた先にサンダルの爪先が見え口角を上げた。
「…シカマル」
シカマルは口を開けたり閉じたりを小さく繰り返していた。
「どうした?なにか言いたい事があるのか?」
なんでも聞いてやる。俺は、俺にはもう。
「お前らしくない顔して」
お前しか手元に残っていない。守るものが多過ぎる中で、俺はお前になにをしてあげられるだろう。そうだ…まず話を。話を聞いてあげなきゃ。いつも通りの俺でいなきゃ。そうでなきゃ、俺は、
「…それはアンタの方だろ」
「ん?」
「なんでそんな平気な顔してんだ…なんで、いつもいつも、俺が側にいない時に限ってアンタは!!」
…弟を笑わせる事すら出来ないのは今に始まった事じゃなかった。
「当たり前だろ。これ以上弟に無様な姿晒してたまるものか」
「なんでそんな事思ってんだよ、っ」
「俺はお前の兄だからだ」
助けられたよ、お前にはたくさん。今だって俺がこの世にしがみつく目的になってくれている。守る、守るよ今度こそ。俺も友のように強く、最期まで守り抜けるように。
「お前より先に生まれた兄だからだ。お前が赤ん坊だった頃からずっとそうだ。俺はお前の兄である限り誰がなに言おうがお前を必ず守る。これは俺の意志だ。」
守るものが多いと、この両手から取りこぼしてしまう。必ずの優先順位をつけるとするならば。やはり俺は愛する里より愛する弟を選ぶだろう。お前と同じように。
「…俺は…俺だって」
「もう行け。父さん達が心配する」
「兄貴、」
「行け」
シカマルはシカマルで、成す事があるはずだ。もうアカデミーの子どもじゃない。形は違えども若くして同じ位置にのし上がってきたのだ。
「俺はこの通り、大丈夫だ」
とん、と自分の胸に手を当てて笑顔で見送る。お前の記憶の中の俺はきっといつだって笑っていたに違いないだろう?シカマルを帰したと同時にシズネさんが顔を出した。
「シモクさん準備が出来たのでこちらに来て下さい」
「シズネさん申し訳ない」
「え?」
ギンッ!片目に意識を集中させ、チャクラを集めた。一時的なまやかしでもいい。これを取られる訳にはいかないんだ。ゆっくり倒れたシズネさんをさも寝過ごしてしまったかのように椅子に座らせた。
「取られてたまるものか。命懸けで奪ったのに」
これをすべて使う時。それが俺の最期だ。
「お前の眼はイタチの事を何一つ見抜けていなかった。イタチの作り出した幻術を何一つ見抜けなかった。イタチは、友を殺し上司を殺し恋人を殺し父を殺し母を殺した。だが殺せなかった、弟だけは」
何もかもがでたらめだ、そう思いたいのと逆にこの男が語る話に嘘の色が微塵も感じられない。
「血の涙を流しながら感情の一切を殺して里のために同胞を殺しまくった男が、どうしてもお前を殺せなかった。その意味がお前に分かるか?」
それじゃあ…俺がしてきたことは?
「あいつにとってお前の命は、
里よりも重かったのだ」
思い返せば、兄はいつもそうだった。額を小突いて困ったように笑う人だった。自分がなにも知らぬ子どもだったせいで、兄弟だというのに重い重い宿命を一人に背負わせて。
「…あの男…」
ふと、自身の意識が途絶える前。一人の男を見た。外套から木の葉の忍だということは分かった。右半分がズタズタで、骸の前で泣き続ける姿はしっかりと目に焼き付いていた。
「奈良シモクだ。暗部イタチの同僚であり……"三代目と同様の真実を知る者"だ」
「…知る者…?三代目と同じくだと…?」
「イタチが最後に信用した、あの老いぼれ達の中でもお前に接触する機会など幾らでもあったんだがな。」
…真実を、話してさえくれていれば。イタチの意志を汲んだ?尊重した?そんなの、そんなのに意味なんかない。うちは一族でもない部外者ごときが、なんの権利があって俺を、俺たちを…
「我らは蛇を脱した。これより我ら小隊は名を鷹と改め行動する。鷹の目的はただ一つ。我々は、
木の葉を潰す」
俺たちを語る権利なんてカケラもないだろうが。