161. 赦せないのは自分自身

悪い夢だと言って。そうでなければ嘘だと言って笑いかけて。ぽっかり空いた二つの穴から見開いた眼球が見上げてくる。沢山の沢山の沢山の死体が埋め尽くす。どうかお前もそのひとつにならないでと。例え望んだ事だとしても。俺は、諦めたくなんて。一度は離したその手をもう一度…今度はしっかり繋いでいようと誓った。寂しかっただろ。怖かったでしょ。辛かったでしょ。お前、痩せ我慢だから。自分に言い聞かせて閉じ込めて口角を上げるのが、とても上手い。分かるよ当たり前だろ。お前は更に器量も良くて優しいから。だから…全部持っていったんだ。俺は…例え同じ事をしたとしても、全部持っていけるような腕はない。

…イタチ…俺…ただ、もう一度お前と…



目を覚ましたら、イタチの亡骸もサスケも居なくなっていた。俺が里を出発した後にサスケ捜索部隊が編成され、ナルトを筆頭にサスケの後を追ってきた彼らに俺は発見された。八つ橋さんを肩に乗せて、カカシ先輩が眉を八の字に顰めて覗き込んでいた。そしてぐっと右目を押し開かれたのは、それを使って死んだのではないと確認したかったんだと思う。何も言うことができない。言いたくない。話す気も起きない。誰とも言葉を交わすのが億劫で。なにも考えることができない。

「…イタチの事は仮面の男から聞いた」
「…」
「…お前が無事で良かったよ。あの黒い炎は写輪眼の瞳術天照だ。」

…ボロボロの体で、ボロボロの心で隣を自分の足で歩くシモクの横顔はあの日の自分と寸分違わず同じだ。今は、何を言っても薬にはならない。自分の中で折り合いをつけるまでは近づかない方がいいかもしれない。カカシはそっと歩く速度を落としてシモクの背後に回った。こんなに傷だらけになろうと歩き続けるのは彼を引っ張る無数の命がそうさせるのか。忍道として掲げるのは「立ち上がり歩き続ける」こと。それがシモクの信条だ。彼の大切な恩師達から受け継いだそれ。失い続ける日々の中でそれだけは離さず抱えている。そして肝心の大爆弾も使わずして生きていてくれたのはひとまず、安心した。

「… シモク。俺と話し、してくれってばよ」
「ナルト、あのね…」
「カカシ先生。俺ら友達になったんだ」
「…、」

ナルトも自来也先生を亡くした。ごく最近だ。わかり合えることもあるかもしれない。なによりも誰よりも寄り添えるだろう。

「………エロ仙人が死んだ。俺の師匠だ」
「……」
「…なあ、俺達忍は耐え忍ぶ者。だから忍なんだろ。でもさ。それでも耐えられねえって時は。声上げて、泣き喚いてもいいんじゃねえの」
「………したくない…そうしたら…認めたことになるでしょ…?ごめんね…俺は直ぐに前は向けない。けど、そう。決して止まりはしないから。今は放っておいてくれ」
「…わかったってばよ。でも俺たちそばにいるぞ」

相槌は打てど、話は聞いてるものの。心ここにあらずでただ歩いている。サクラに結び直された筈の包帯は本人が痛みか痒さで掻き毟った為か、弛んで血が滲んでいた。…間に合わなかった、事を。一生引き摺っていく。カカシにはその辛さが痛みがよく分かる。そして思い知る。シモクにとってイタチという人間はそれ程までに大切だったという事を。なにが諦めてくれ、だ。自分がもしオビトや、リンを。先生を父を。諦めろなんて他人から言われたらその口が二度と効けない位にしてやった事だろう。お前になにが分かるのだと、ありがた迷惑とはこういうことを言うのではないか?あの日自分が一番嫌がった事を。まさに今シモクに向けてしまった。そんな自分が嫌で堪らなくなる。同じ痛みを知るのなら、その痛みが癒えないことなんて分かっている筈だ。一生消えない後悔を背負う入り口に立たされたシモクの道は更なる荊棘に閉ざされた。

「そういやシモク、サスケを…」
「言うな」
「え、」
「口に出すな。」 
「… シモクさん?」
「お前にとっては今でもずっと友達なんだろうけど、そうなんだろうけど俺にとってイタチは…イタチは友達だった…お前達と同じように!憎くて憎くて堪らない!!!」

ナルトの大きな目が見開いた。それを見るのは「二度目」だ。赤い目で。表情で。復讐を誓った男に酷似した姿。復讐が遂げられた今。そいつはどうしている。今こうして新たな憎しみが生まれて、その矛先がサスケに向けられた。

人をここまで酷く憎んだ事は二回。ひとつは、父。困惑と動揺の中で俺は確かに父を憎んでいた。何故俺を弾き出したの?何故俺が猪鹿蝶じゃないの?何故、俺はこんな事をしているの?口にも行動にも出す事なく静かに燻ったそれは自力で消した。そして痕跡も消してもらった。俺が暗部で出会った、たくさんの恩師達に。
そして、ふたつ。うちはサスケ。イタチの弟。イタチはこうなる事を望んでいたしそれを俺も知っていた。知っていて、止めようと思えば力の差が開く前に彼が下忍の頃に止められた筈だ。下忍といえどもまだまだ未熟。その命を奪ってでも。だけどイタチの意思を、イタチが命を懸けて守ると誓ったものを、想いを粗雑に扱う事なんて絶対に出来なかった。俺の勝手な、行き場のない怒りと後悔がサスケに向いている。分かってるんだ。俺は子どもじゃない。そんな事を言う権利も、思う事すら。だけど、立場も何もかもかなぐり捨てて言えるなら。奈良シモクという一人の人間として言うなら。

「なんで殺した!兄弟だろ!兄弟なんだろ!」

どうしても、兄弟で起こったこの惨事を。他人事とも思えないで。

「信じ合ってたんだろ!最後の家族なんだろ!」

イタチのやり方が正しいなんて思わない。

「どうして…!!!」

それを、鵜呑みにしたサスケが可哀想とも思わない。

「それを教えてやらなかった俺も!!」

全てを知っていて黙った俺が…俺がいちばん、悪い。

「… シモク、難しいと思うが今は休め。」
「…頭を冷やしたいです。やはり一人に…一人にさせて頂けませんか」

今…ここで一人にしたら。復讐に囚われたら。

「でないと酷い言葉を吐き続けてしまう」

サスケのように、このまま里抜けしてしまわないだろうか。里抜けは忍にとって重罪で、一発でビンゴブック入りだ。テンゾウが暗部を離れている今、暗部の支柱の一人であるシモクを失うのは大損失である。個人としてではなく、里目線で考えたら何が何でも里に連れ帰る必要があった。本人の意思は関係なく間違いなく帰還させる。それは彼の父、シカクとの無言の約束事である。里を離れられない立場であるシカクだ。今でさえ気を揉んでいる事だろう。頭を整理させたいのは大いにわかる。しかし目を離し、衝動的に去られてしまえば。

「ごめん。今はお前の願いを聞いてやる訳にはいかない。…帰ってから、弔ってやろう」

一人の忍として、里の為の選択をする。伝えればシモクは静かに息を吐き頭を二、三度小さく縦に振った。サスケを許さないと。人を恨んでいると口にした事がない男が人前でそれをこぼした。失い続きでイタチの死に直面し、得た物が復讐心なのならばナルトと正反対にぶつかる事になる。弟子であるナルトはあの日からずっとずっとサスケを里に連れ戻したいのだ。仲間であり友であり、血は繋がらなくてもやっとできた繋がりであるからと。シモクもイタチを連れ帰りたかった。理由は決して言わないからシモクが何故そこまでイタチに拘るのかは見当がつかない、だけれど二人がツーマンセルを組み活躍していた姿を見ている。こちらも仲間であり、友であった筈だ。その二つを見ているからこそ、なんとも言えない位置に突っ立っているカカシはどちらが正解で間違いなのかすらわからない。イタチを迎えに行くためにここまで身を落として大爆弾を右眼に埋め込んだ意味がなくなった。一生消えない傷を身体にも心にも負った。何度も何度も思う。それは昔の自分の姿そのものだ。息を吸うのも苦しくなる程に過ぎる日々を過ごして毎日同じ場所へ出向く。忘れたくないのに忘れたい。矛盾ばかりの自分を持て余し任務に没頭した。

「…また届かなかった」

その言葉に反応したサクラがそっと近寄って傷だらけの肩に手を回した。悲痛そうに歪められた大きな瞳にはどうかサスケを憎まないで、という気持ちがありありと浮かんでいた。それを察せないシモクではない。ゆっくりまた歩き出した背中に浮かぶのはきっぱりとした無言の「拒絶」であった。




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