160. 世界に縛られたままの君は私を知らない

「どういう事だ」
「自爆式…他者に内側を見られるような事があれば自爆する術がかけられていました…畜生!根の暗部はどいつもこいつも…!!」
「それより彼は!」 

「脳が原型を留めてない程に破裂しています…即死でしょう…」



……俺はやっぱり…あいつみたいには…いかなかった。物語の端に過ぎない。物語…俺は、俺の物語は…?中途半端で、意志がなくて。粗末なものだった。幼い頃…第二次忍界大戦で小国の里はあっという間に戦禍に飲まれた。両親を亡くし、兄弟を亡くし、里をなくした。忍五大国、火の国木の葉隠れのダンゾウ様に拾われ"兄弟"として育った皆も、同門同士の試験で殺めた。任務が全てで、それが絶対で…そこから…そこからは…毎日を、淡々と生きていく事で。任務が軸として働く螺旋の中で。俺という物語は…笑ってしまう程につまらないものだっただろう。

嗚呼…惜しいな…やっと…俺は人として生きていける気がしたのに。全て手放して、今度こそ本当の物語が綴れる気がしたのに。いや…散々人任せにしてきたツケを払わされたんだろう…短い時間だったが…俺にしては良い最期か。心残りなのは、暗部の未来。ダンゾウの愚行を公にできなかった。せっかく…受け入れて、貰ったのに。あいつは嫌がるだろうが、暗部のこれからを決める鍵になるのはシモクだ。それだけの力がある。生まれ持った能力じゃない。もっと違うものだ。シモクという人間だからこそできる事がある。だから俺もリスクをかなぐり捨てて協力したんだ。…それも伝えたかった…。なんだ…こんな俺にも沢山未練があるじゃないか。

…最後に光を見せてくれたあの帰還屋が。せめてもうこれ以上俺達のようにならないようにと。俺は……そう……願っている。




「匂いが近いぞ」
「…はい!…ッ、」
「休むか」
「…大丈夫…急ぎましょう、移動してしまうかもしれない」

匂いを探し辿って3日。そしてまた3日。忍といえども重度の火傷を負った人間が6日も走り回っている。顔の火傷は瘡蓋が覆い重なり幾分かマシにはなったが問題は身体の方だ。止まらない血と膿が包帯を染め上げる。一生残る傷痕になる。小さな呻き声を漏らしながらでも、何度痛みで足を取られて転んだとしても。今じゃなければ、間に合わない。そんな気がした。長いこと八つ橋を口寄せしている事もありチャクラだってごりごりに削られている。きっとあの時みたいに、力ずくでとは思えないし到底敵わない。木の葉に連れて帰る事が前提とは言え、きっと今の自分は…会えただけで、声を聞いただけで満足してしまうだろう。それを叶えたくて走っている。

「ん?」
「どうしました?」
「違う奴の匂いだ。イタチの後を辿ってるぞ」
「暁の仲間かもしれません」
「…嗅いだ事のある匂いだ。」
「…一先ず、急ぎましょう」

高い木だ…こんな森中で、一体何を。

「……血の…匂い…」
「!!シモク!!あれを見ろ!」

その時、俺はこの現世に地獄がある事を知っていたはずだった。その黒炎は触れたものを灰と化すまで燃え続け、食らっていく業火だった。思わず足を止めた。…この炎は、一体なんだ…?嗅ぎ慣れた血の匂いが、地形を変える程に荒れた地面が先程まで此処で激戦があった事を裏付ける。あの炎に近づいたら駄目だ。本能が告げた。でも、八つ橋さんの鼻はずっと向こうだと進路を変えない。

「この炎は術だな。それも高度な…絶対に近づくな。お前では手に負えん」
「まるで山火事だ…でも匂いはここから…いくしか無い。」
「少しでも触れたらお陀仏だ。わかってんのか」
「…八つ橋さんはここでお待ち下さい。貴方を彼方へは連れて行けません。」
「俺はカカシからお前の目付け役を任されている。黒炎が収まるまで待て」
「自分の為に待っていたら大事なものを失ってしまう。俺はここでイタチを連れ帰る。…その時は、俺の話聞いて下さい」

足に噛み付いて止める事はできた。しかし八つ橋はそれをしなかった。カカシが手を離した時、自分の"本当の契約者"がシモクを行かせた。もう、目の前なのだ。器用に木を伝い、黒炎の中へ走り去っていく背中をとうとう見送った。

「イタチ…っ、!」

なにかの…建物跡。しかし全壊している。声をあげて走り回る。痛みでどうにかなりそうだ。どれくらい走り続けただろう。雨脚が叩きつける。勢いを増した滴は辺りをまるで霧のように包み込む。これだけの水を浴びて尚消える気配のない黒炎には恐れ慄く。視界も聴覚も奪われる中、地面になにか転がっているのに気づいた。それは視力の良いシモクには人である事が理解できた。この騒ぎに巻き込まれた一般人と思ったのは、単にイタチが倒れる柄ではないと思い込んでいたからで。

「………………………………………………え…?」

嘘、

「…イタ…チ?…」

震える足をなんとか動かしてにじり寄った。近寄る度に、それは鮮明に目に、脳に飛び込んでくるようだ。烏の濡羽色。整った綺麗な顔立ち。真一文字に引かれた木の葉の額当て。虚に開かれた眼球は触れても微動だにしない。ボロボロで血に塗れた手を取ってみても、肩を揺すってみても。声を、掛けても

「イ……あ、ぁ…」

その身は雨に濡れた事を差し引いても冷たくて、そっと胸に耳を当てても…鼓動は動くのをやめていた。

「あ…ああ…、」

_お前は優しい

_それに支えられ見守られていた俺は

_心底、幸せ者だな

「、…ッ、あ、………」


何をしていいか分からなくなった。二度目のさよならはシモクにとって、想像以上の衝撃を与えた。雨にすら打ち勝ってしまいそうな程の慟哭。その場に同じように倒れ伏していたサスケは意識も虚の中目を開けた。美醜を半分に分けた男が大声をあげて喚いている。身なりもボロボロで、何者なのか全く分からない。唯、自分には見向きもせずにひたすら…ひたすら漸く討ったイタチに縋り付いている。最後のイタチの言葉は疲弊と混乱で朧気で、しかし目にはしっかり焼き付いて。サスケは静かに顔を背けた。自分が呼んだ雨と、イタチが招んだ男の、悲痛な叫びを聞きながら。やがて意識は途切れて、ぷつりと止んだ。

「だから言っただろう。一足遅かったようだが。イタチは天命を全うしたんだ。友の望みが叶ったこと喜んでやったらどうだ」

ズッ。サンダルに仕込んだ刃が一閃となり、仮面の男の首元を抉った。それは幻のように貫通した。まるで当たった感覚がしない。しかし今のシモクにはそんな事、どうでも良かった。ただその口を閉ざせられるならなんでも。振り返ったシモクに仮面の奥の瞳が細められる。

「…右側が酷い火傷だな。」
「…黙れ」
「まさかこの状態で…普通の人間ならとっくに衰弱死だぞ」
「お前がイタチや俺を!知ったように語るな!!!」
「ここで俺とやりあっても仕方ない。イタチは死んでいるのだから」

他者に告げられ、一層現実味が襲ってきた。握った苦無がカランと軽い音を立てて落ちる。その瞬間押せば倒れそうな体に強烈な蹴りが見舞われ、シモクは一瞬で意識を飛ばした。倒れる寸前の肩を引き寄せ右の瞼を押し開く。…さて…これは誰のものだったのか。

「…イタチ。お前は友を巻き込んだ。分からない筈ないだろうに」

イタチの骸は何も語らずただ曇天を仰いでいた。男3人も重労働だなと。彼は大袈裟に溜息をついてみせた。
奈良シモクはどうするべきか。あの時根の施設で殺さなかった、殺せなかった。過去の自分がチラついて。そう…お前も間に合わなかった。最愛の人の元へ届かなかった。サスケを恨むか。真実を知ったサスケはシモクを恨むか。イタチ。お前のした事は新たな憎しみを生んだ。

かつての戦友と俺のように。
リンを救えなかった俺と戦友のように。




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