158.今度はいつお話しできる?

いつもならば居間にヨシノとシカクが揃っていれば縁側にいる鹿達は戯れに寄ってくるのだが今は遠くからじっと二人を見つめているだけ。真っ黒の大きな瞳は知性を秘め、まるで会話を理解しているかのようにパチリと瞬きをした。

「まずは…シモクが火影直属暗部構成員の一人として入隊してから9年と半分。10年が経とうとしている。あいつの経歴と肩書きを最初に全て説明する」

暗部の情報は家族とて知り得るものではない。綱手がシカクに下ろした情報に任務の概要を知らせるものは何もない。過去9年間に渡る各任務に当たった回数とランク。役職や現在の忍ランク。その程度である。紙媒体で寄越す事ができないというその情報をシカクは全て覚えて帰ってきていた。当然だ。暗部の情報を外に持ち出す事は法度である。

「アカデミー卒業後、下忍昇格。中忍試験を辞退後は火影直属暗部構成員へのスカウトに応じて入隊。火影が受け持つ隊でも好成績を収めるナグラ班へ配属。その数年後木の葉崩しにより班は全壊。テンゾウ班へ隊長代理を受け再編入する。その間に新米構成員の指導教官を兼任。」

綱手はその間に起きたツルネのクーデターの一件は抹消した。箝口令が敷かれる事態にまで発展したがイズルは更生し、今でもシモクにとって大切な同僚である。それがシカク、勿論ヨシノの耳に入る事は無いだろう。

「暗部構成員教育機関根への短期カリキュラムを終え、火ノ国圏内忍寺にて大名子息護衛任務に就くが任務失敗により隊長解任。以後は亥班へ編入。現在ランクは暗部比率でほぼAランククラス。主な理由は任務の成功率と圧倒的な帰還率だそうだ。肩書きは、木ノ葉の帰還屋。片目の修羅」

一度口を閉じた。目の前の相手がどんな顔をしているのか、細く息を吸い込んでから手元に向けていた目を上に上げる。ヨシノは、じっと静かにシカクを見詰めていた。

「部下もいるし後輩も持ってる。」
「…そっか」
「暗部の間では、もう一人の優秀な忍と並んで二本柱らしい」
「…っ、そっ、かぁ…何も言わないから、分からなかったよ…そっか…頑張ってんだね。頑張り過ぎちゃったんだね」

居間のテーブルには、二人の息子がいつでも摘んでいけるようにせんべいが菓子箱に入って置いてある。昔は、ご飯前につまむから。それだけしょっちゅう怒られていたか。シモクの影分身がシカクの前に現れてから数日間。その間も家に一度も帰っていない倅がこれを見たら申し訳なさそうに笑う事だろう。シカマルもバタバタと慌ただしく、買った途端に無くなる冷蔵庫のソーセージだってまだ端っこに並んでる。

「馬鹿だねあたし。そっとしておいた方がいいかな、なんて。似合わない事してた…もういい歳した大人でも、いつまでもあたしの子なのにさ…!」

吊り上がった目を更に吊り上げて必死こいて堪えているのだろうが耐え切れずにぽたぽたとエプロンに染みを作っていく。

「ははっ…帰還屋、か。どこの誰がつけたのか知らないけど、嬉しい名前じゃないか」
「…な。里に、お前の所に。ちゃんと帰ってくる。立派な肩書きだ」

くしゃりと笑った顔は、やはり自分の惚れた笑顔だ。




「いい加減にしろよ。シモク」

病院に担ぎ込まれてから二時間と経たない内に意識を戻したシモクは飛び起きた。ジクジクと痛む身体を叱咤し、その足で木の葉の裏関門を通過しようとしていた。それを加減無しの…訓練時代と同じように土埃が舞う程の勢いで組み伏せたのはカカシだ。背中に一気にのし掛かり両手を片手で拘束する。関節外しなどする隙すら与えない、素早い動きは流石である。カカシは綱手経由で事を知ったが病室はもぬけの殻。急いで忍犬を口寄せし、匂いを追わせたらこれ。冗談はよせと。身勝手な自分のエゴだとは分かっているが、何故自分の言葉に素直に従ってくれないのかとも思った。成人を越えている男にしては頼りないくらいに細い腕だ。ぎっと力を込めれば痛みでか身を硬くした。

「急に消えて、帰ってきたと思ったら、またいなくなる。」
「時間がなくて」
「そんな事聞いてない」

そんな事、聞いてない。このままでは、絶対にまた失くす。失う。たくさんの選択を間違えた。もう間違える訳にはいかない。何が何でも、自分の手で掴んでおかなければならなかった。テンゾウが言った通り。この手を離したから、いつだって、この手が。俺が、離したから、

「…先輩は、なんで俺にここまで世話…。もし、…もしそれが俺に対しての罪滅ぼしって考えてるなら。もう、そんな事考えないで」
「…、え?」
「先輩が俺と話す時、いつも申し訳なそうで。気になってました。優しい先輩の事だから」

横髪をかき上げている方の顔がこちらを振り返った。…俺は今、どんな顔してる?

「俺は、先輩がこの手を離したとしても。絶対に帰ってきます。俺は木の葉の帰還屋だから」


_信じてやったらどうですか。

_手綱を緩めたから、こんな事になったんじゃないんですか。


2人の後輩の言葉が交互に飛び交う。どんな怪我を負ったのかは知らないが右半身を中心に包帯が巻かれフラフラな状態で里外へ行かせる事は仲間として出来ない。シモクがそれでも遂げたい事は一つしかない。

「……頼むから、イタチの事は忘れてくれ」

リン、先生、オビト、父さん。俺はもう二度と。二度と間違えたくなくて。慎重に慎重に大事に大事にしてきた。サスケだって、そうだった。だけど全てを受け止めるには俺の手はまだまだ小さ過ぎたみたい。だから落っことしてしまったんだ。怒りなのか、悲しみなのか、よく分からない感情を乗せて絞り出した声は自分でも驚く程震えていた。なにが木の葉の誉だ。蓋を取れば俺は生徒一人、後輩一人、守れない。

「頼む…から」

その言葉に背くように少し力を入れて起き上がろうとした。更に拘束の力を強くする。そんなカカシに苦笑った。

「……俺が根でなにをして来たか、先輩にだけ教えます。」

真正面を向いてきちんと。と言うものだからゆっくり背中から降りた。片腕はぎゅっと掴んだまま。今のカカシの頭にある後悔は思うより深い。地面に尻をついた状態で互いに顔を突き合わせた。

「俺は親友の力になりたくて、だけど何もできなくて。次に会った時そんなの嫌だから、変わろうと思いました。」

包帯を取り外した途端叫び出しそうだった。酷いケロイドだ。無傷な反対側と合わせて美醜を伴った不思議な人相。忍にはよくある怪我の種類だがとても激しい火遁を間近に食らったのだろう。腕から足にかけての包帯も全て火傷という事はすぐにピンと来て、そしてその潰れた片目に埋まるのは、他人の眼球。更にカカシの顔を強張らせた。その"色"に見覚えがあり過ぎて。寝ても覚めても自分の側にぴったりとある親友の形見にそっくりで。深い焦げ茶色の瞳の隣に似つかわしくない。無意識に手が伸びた。ぐっ、と肩を掴む。嘘だ。何故そんな事を。言葉が流暢に出てこない。うちはの人間以外が持つことの苦労を誰より知っているカカシは少し前のオクラとの会話を思い出した。

「お前が、なんで、それを…それ…写輪眼、だよ…」

それが、どれほど危険で厄介なものか。第一、そんな代物どこで。根?根と言ったか?情報過多だ。なにをどう飲み込めばいい。

「…サジが、後日いのいちさんに精神干渉を受ける予定です。サジの記憶を引き出せばすべて明るみに出る筈。舌禍根絶の印により殆どの忍が口を割れませんが先輩の信用に少しでも足るのならば全身麻痺しても構わない。痛いのは慣れてます」

すうっと息を吐いて口を開くとすぐさま印が発動したのだろう、ビキッと顔中の血管が浮き出す。まるで日向家の白眼使用時の時のように。神経を極限集中させる白眼と印が抑制として痛みを与えているという点では全く違うが。

「…ッ!…ダン…ウ…、う、…、ううう、」
「しなくていい!喋るな!」
「っ、はあ、はあ…!お、俺のこれは、一度きり…死んだ者から奪ったものは、力の持続ができない…」
「……シモク」
「チャクラ量が元から少ないのは俺にだってわかってる…!写輪眼を扱う資格がないのも…っ!、はぁ、不釣り合いなのも!ッでもこれで一度でもイタチを助ける事ができると思ったら…!」
「写輪眼がイタチを助ける?馬鹿を言うな。お前がそれを手に入れて、イタチが喜ぶか!」
「先輩がそれを言うの!!?」

力強い瞳で睨まれて思わず下を向く。そう、自分が強く言えた立場では。オビトの顔が蘇ってきた。記憶の中であいつは今でも腕を組んで得意げに笑っている。貰って欲しいと最期に告げた友の片目を受け継いだ自分が。状況は違えどオビトは自身の写輪眼をカカシに託す事を喜んだに違いない。親友に、戦友に。自分の火の意志を。

「もう二度と、間違えたくない。失いたくない。"仲間を大切にしないクズ"になりたくない。お願いだから、…先へ行かせて」

…俺は、この手を、




「お前からの呼び出しは不気味だな。…カカシ」
「シカクさん…申し訳ありません」

深々と頭を下げた銀色はサクモを思い出させる。日は暮れて橙色と紺色が境目を作る綺麗な空だ。シカクは溜息を吐くように煙草の煙を吐き出した。

「俺は、…俺は昔父の行動を軽蔑した。掟を破った忍はああなるって。俺はそんな忍にはなりたくないって。だけど色んなものを通じて分かったんです。任務ばかりが、掟ばかりが全てじゃない。忍も人だと」
「…それで?」

「…貴方の大切な息子さんを行かせてしまいました」

ごめんなさい、申し訳ありません。矢継ぎ早に口を開くカカシは頭を上げる気はないらしい。ついに空は紺色一色だけ。日が落ちた街は街灯がチカチカと明かりを灯し始める。

「友を…助けに行くそうです。その為に根に潜入して写輪眼を…」
「写輪眼…?」

探し物。綱手からの情報にあった、異彩を放つキーワード。まさか探し物がうちは一族の写輪眼だったとは。僅かに目を見開いた。

「…はい、写輪眼です」
「…お前、あれがどんなモンが誰より分かってる筈だよな……おい。」
「…はい」
「言いたかねぇが倅はチャクラ量がない。シカマルよりも。隠遁を扱うのでさえ難しい。…それは知ってるよな」
「勿論です…」
「……殺す気か?」

淡々と詰められた言葉にカカシは拳を握った。やはり間違っていたか?自分自身がブレたまま行かせた訳ではない。シモクがやると言ったから…信じたのだ。根本はそこで、だけどシモクの周りはそんな事関係ないのだ。縛ってでも閉じ込めて置かなければ死にに行くと分かってる。勿論カカシも分かってる。シカクの圧に身を重くさせながら再び口を開く。

「…上手く信じる事が出来なかった。あいつはナルトのような子じゃない。何か突出してる訳でもない、ただ…優し過ぎる子だった。暗部に向かない、そう思いました。しかし今はどうでしょう。テンゾウ…ヤマトと並び暗部の二本柱、重鎮とまで呼ばれるようになった。それはシカクさんも予想外だったんじゃないでしょうか」
「…」
「三代目と上役が前々から目を掛け、下忍時代は"そうなる班"に編成した事は当時の担当上忍により存じてます。戦争末期とは言え、失った損失を一刻も早く回復させたかった。一番の打撃を受けたのが火影直属暗部機関だったから。」

自由に飛び回っていた鳥を捕まえて無理やり閉じ込めた。優しいシモクはそれを受け入れる事で前に進んでいった。止まる方法など何処にもなかった。

「シモクの元担当上忍…シナガさんに聞きました。何故暗部編入を止めてやらなかったのかと。…止められる訳なかったんです。全て決まっていた事だから」
「…最終決定は俺だ。シナガを責めてやんな。三代目も同義だ。俺が、てめぇの倅を暗部に推したのは事実だからな。」
「…シカクさんだって、シモクを信じた。」
「…」
「暗部として生きていくシモクのことを、"見守っていく"覚悟をした筈です」

…誰が嬉しくて、自分の子どもを危険な場所へやるものか。ジッ、と煙草の灰が落ちる。あの日、あの時。暗部へ召し上げる道が作られた瞬間から覚悟したのだ。一族の事、家族の事、里の事。全てを天秤に掛けた。片っ端から掛けて、掛けて、掛けまくって、

「…シモクがやりたいように、やりゃあいい…信念貫いて、その場所へ飛んでいけばいい。今ではそう言ってやれる。それが、俺が親父面出来る切り札だ。あいつの背中を守ってやる事だけが、今のところ俺の出せる最大の一手だ」

親父が出しゃばるのは事情によるがな、と付け加えたシカクは軽く笑った後に視線を鋭く戻した。

「だが写輪眼と来りゃあ話が別だ。あれはチャクラを食い潰す。特性はお前の方が良く知っているだろうが目に見えてわかる。倅にあれは扱えない。呑まれて終わりだ」
「…はい。」
「その前に回収したい。」
「…シモクは写輪眼を使う気です。仕組みは不明ですが一度だけうちはの瞳術が使用できるようでした」
「代償に一滴残らずチャクラを吸うぞ。生命エネルギーに回してるありとあらゆるもの全てだ」
「…しかし、それでイタチを救えるとも言っていた」
「尊重できるものには限りがある。そうだろ」

奈良一族筆頭、奈良シカク。くぐり抜けてきた修羅場の年季はカカシでさえ敵わない。身震いがする程。

「…今更なんだがな、親父面。馬鹿な親父と息子で世話ねぇ」

肩を竦めて笑った顔は、忍としてじゃない。父親の顔だった。




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