157.息を止めて涙を飲んで

「……、っ、お前…フーだ…な…、…」
「…!」
「覚えてるか分からないけど…俺は奈良一族の、…ッゴホッ、……」
「…覚えてるに決まってる…奈良シモク、貴方の話は根でも盛んだ。」

痙攣する程の痛みに耐え、爛れた顔を向けられたフーは思わず目線だけ下に向けた。シモクの事は猪鹿蝶の会合でよく見かけていた。奈良一族の長子でありながらその耳にピアスは無い。一族が揃った席では今代の頭、シカクと次代を担うシカマルの後ろ。ヨシノの隣で静かに座っていた。直系でしかも長男でありながら家督を継ぐのは7つ下の次男。その座り位置でさえ屈辱的だった筈。山中の列からも同情の声が小さく聴こえていたものだ。そっくりと父親に似たシカマルとは逆に、シモクは母ヨシノ似で男らしさよりも中性的な顔立ちの印象だった。

「暗部に入隊したと聞いた時はびっくりしたが」
「……ッ、痛っ…」
「声を出すな阿保。死ぬぞ」
「フー…俺が、暗部で…得たように…おまえも…得るものがあって…根に…いて……、ごめんな…居場所を…荒らして…」
「おい。喋るな」
「すまない…悪かった…」

サジの腕から抜け、ずりずりと這うように起き上がった。その姿に畏怖を抱く、ぞわりと肌が粟立つ。あれだけの火遁を食らいながら自力で立っている。フー以外の根忍も無意識に一歩下がる程、怪我の具合を含めて理論的に異様なその姿は気味が悪かった。派手な火傷を負った片顔は醜く、しかし反対側の顔はやたらと白く何故か不思議な程に美しいと。

「だけど、…俺、後悔してないからな」

ずり、ずり。こんなに弱っていたならクナイ一本ででも仕留められそうなのに。誰も何も振るえなかった。その片目に射抜かれて、動けなかった。ダンゾウの命令は絶対。両手に握り込んだ「それ」を奪い返すのが使命なのだ。頭を振り、役目を思い出す。いくら暗部で名を轟かす帰還屋でもこれが最後だ。フーの暗具が放たれる、咄嗟にサジの身体が動くが他の根の忍が瞬時に阻んだ。

「奈良!!」

サジが叫んだのと同じ時、ばしっと暗具が払い落とされた。青い空、図上を覆う程の濃い影は蛇のように、または別の生き物のように枝分かれして広がりシモクの頭上を庇うように包んだ。これだけの面積の影を操れるのは、里の中で一人だけだ。

「っ…あ…、」

奮い立たせた脚が膝から崩れた。何故か涙さえ出てきた。この影に守られるのは、何年振りか。迷いなく此方へ歩みを進めてくる、影の隙間から見えたその足元で確信した。情けない泣きっ面を下へ、下へと向けた。ふーっとひと息。煙が吐かれた。

「俺も奈良だが?倅に何の用だ。根の忍」
「お…父さん…」

奈良一族筆頭15代目奈良シカク、その人だった。

「なんの用だって聞いてんだろ。」
「…火影相談役、奈良一族の奈良シカク…」
「何故ここに…いや、可能性がなかったわけじゃない。退くぞ」
「しかし」
「火影相談役が出張ってこられたら分が悪い。」

片眉を上げたシカクは咥えていた煙草を至極冷静に潰した。火影相談役の自分が来たら都合が悪い。土中の若いのに里中目を光らせて貰って良かった。お陰でこの死角を見つけることができた。しかし気になるのは自分の影に包ませている息子の状態だ。良くも悪くも身体が丈夫過ぎて無理が祟るタイプ。痩せ我慢している訳ではない。だからこそ余計に心配になる。それは無自覚な自傷に近いからだ。サジと呼ばれた青年が面の奥からシカクを見詰めている。

「出張る、ねぇ。」
「此度の一件…歴史に残る根の大失態ですよ」
「一つ。お前たちの頭に伝えておけ。あまりお天道さんの下に出るもんじゃねぇってよ」

瞬身の術で一斉に姿を消した。気配を読んだが本当に退いたらしい。即座に影を引っ込めてシモクに手を伸ばした。シモクの切れ長の目が片方大きく大きく見開かれ、ぼろぼろと大粒の涙を零していた。

「お、父さん…」

ぐっと眉間に皺を寄せて嗚咽を我慢しているのか肩がひくひくと跳ねた。何故ここにいるのか。色々と聞きたい事があるのだろう。泣いているシモクの姿を見るのは何十年振りだろうか。最近アスマを亡くしたシカマルも焚き付けて吐き出させてやれば大声を上げて泣きじゃくった。シカマルとは真逆に静かに我慢して泣くのは、本当にヨシノ似だと思う。それと相まってヨシノに似た顔の半分が焼け爛れているのが遣る瀬無かった。優秀な医療忍者にみせても一生跡は消えないだろう。

「…とう、さん……」
「おい、大丈夫か?!」

うわ言のように呟かれた言葉が落ちて、そのまま仰向けに倒れる寸前の肩と背中を引っ掴んで止めた。かくんと喉元を晒した首下も酷い火傷でよく喋っていたと思える程だ。

「…奈良、さん。そいつダンゾウ様の火遁を受けて…ました。早く…医療忍者の元へ…」
「心配するな。顛末は聞いた。状況もある程度予測していたさ。お前も火影管轄の病院に突っ込むつもりだが何か異論はあるか」
「…いえ…何も…。」
「倅が世話んなったな。すまねぇ感謝する」
「……感謝するのは…俺たちの方で…」
「シカクさん!!お待たせしました!怪我人は!」

医療忍者到着。腕に抱えた息子を見せれば医療忍者は青ざめた。ひとまず応急処置として患部に手を当てた彼らは一斉にチャクラを流し込み出した。緑の光が覆っていく。シモクの表情は変わらなかった。

「…ヨシノが見れば卒倒するな」

この右半身の火傷痕。傷は男の勲章と言うが、シモクの顔立ちに男らしい傷痕はいささか不似合いだ。またしくしくと静かに泣く嫁の姿を見ることになる。…ここに到着する少し前。ヨシノは流石にもう黙っていられなくなったらしい。シカクの前に立ち塞がった。キッとした目を更に釣り上げて。そこでシカクは帰ったら今の息子の状況と立場を詳しく話すことに決めたのだ。奈良の嫁として迎えられ、忍の前線を退いたヨシノは現在の忍構成を知らない。ましてや暗部の事など知る由も無い筈だ。…かなりショックを受けるだろう事も事前に伝えたが、ヨシノは臨むところよと語尾を強めた。

「ひとまずの処置は完了しました、すぐに木の葉病院に搬送します!」
「頼んだ」

医療は自分の分野ではなく、なにもする事ができない。担架に乗せられる息子の姿を見送った。一部上層部にはシモクと共に負傷し脱走してきた根の忍、サジから大まかな顛末が語られ情報が駆け回った。しかし根の忍には口を割ることが叶わない舌禍根絶の印が漏れなく全員に施されている。サジは核心的な言葉を伝えることができなかった。怪我の具合を加味し、後日山中いのいちの精神介入が行われる手筈になっている。

そして数時間後、その騒動に紛れて木の葉隠れから2名、抜け忍が出たそうだ。名前は、




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