156.棒っきれで変わる未来

「おい。」
「…なんか、色々と急にくるよねシモクって。後ね、ドアは静かにゆっくりノックしてよね…」

早朝。といっても地下空間は太陽が登らない為よく分からないが時計は早朝を指している。気がする。びっくりしたと顔を覗かせたニシの面紐はクタクタだ。急いで付けて出てきたのだろう。

「どうしたの?こんなに朝早く」
「じっくり機会を見ていたけど、状況が変わった。時間がない。手を貸せ」
「…利害関係の一致が前提だけど、僕にも勿論時期を早めるメリットがあるんだよね?」
「どの道お前達のアレだってそろそろなんだろ?サジが言っていた。」
「同門同士の殺し合いね。趣味が悪いと思わない?…本当に」
「悪い。忍なら、死ぬなら戦場で死にたい。俺だってそう思うよ。」
「ははっ。だよね。うん、だからアカイには生きて欲しいんだ。…だって僕が勝つ。そうなってる。」
「そうなってる?」
「アカイは僕を勝たせようとしてくる。そんなの見ればわかる。そういう甘い奴を振るいにかけるのがこの試験の最大の目的なんだ。」
「…」
「本当の兄弟のように一緒にいさせて。」
「…早くても2日以内。それまでにお前はダンゾウ様に趣味の悪い、例の試験を早急に始めさせるんだ。」
「試験が始まったら逃げ場がない。誘導できた所でどうするつもりなの」
「全力で、アカイを受け流してくれ。俺はその間、自分の使命を果たす。そうしたら直ぐにお前達を解放するよ」
「…つまり?」

「俺が全部持っていくよ。必ず、根の暗部は俺を追う事になる。全て俺に向く筈だ。その隙にお前達は外へ出て行け。身分証、名前等の偽装が必要なら諜報機関部署の土中オクラって男を頼れ。」

淡々と紡いだ。あまりにも無鉄砲で大雑把な説明にニシは黙り込んだ。つまりは、なに。囮作戦ではないか?確かにシモクは帰還屋の肩書きを名乗るに相応しい程に逃げ足も早い。敵を撒くのには長けている。ダンゾウも眼を奪われた事を口外する事は絶対にない。しかし木の葉にいられなくなるのでは?自分達は出て行く気であったからいい。でもシモクは違う。家族がいる、友人がいる。そして生まれ育った故郷だ。そんな大切なものを全て置いて行こうとしているかのような。そんな説明だ。

「なら、僕たちが試験をしている間じゃなくても」
「いや、そのタイミングの方が都合がいい。お前言ってただろ?試験はダンゾウ様も観に来る。周りも他の暗部が見てるんだって。」
「言ったけど…」
「大勢いればいるほど、俺には都合がいいんだ」
「…シモクに負担があり過ぎる。お互い利用しようって話だった。」
「利用してるさ。お前を使って状況を作りたい。俺が一目散に逃げたら、俺を追う振りをして逃げろ。二度とダンゾウの元に戻るな。」
「でも!」
「俺は俺の成す事をする。お前達は、お前達の自由に従え」

冗談一切なく告げられた言葉達に、ニシは項垂れる。シモクが成す事を、知っている。

「どうやって…どうやって奪うっていうの?」
「俺も賭けだから確信はない。あまり多くを語る必要もない、互いに。」

そう、今この時だけの協力者だ。だけど、何故か。リスクの半分以上を持っていくシモクの事がよく分からない。誰だって命懸けならば少しでも危険を避けたい。

「…もしシモクの目的が叶ったとして、シモクはどこへ行くの?同じ木の葉にいれば絶対に報復に遭う。」
「行く場所はもう決まっている。」
「…奈良の頭脳を、信じていいの?」
「信じていいよ」

面の奥で、シモクが笑った気がした。…この人は、やっぱりそうだ。この小さな世界を壊してくれる。

「…シモク」
「確実に試験日を早めさせろ。2日以内」
「、…必ず」

そうして、腹心の部下であるニシの進言は愉快なほどに快諾された。





息を吸って、吐いた。眼下に見えるは根の最大行事である試験。暗部の隊分け試験の時と似ているが、物々しい雰囲気なのは日頃顔を突き合わせない根の連中が揃っているからだろう。そして、この試験には「区切り」がない事。どちらかが事切れるまで終わらない。ニシは2日以内を守った。立場もさることながら口が上手いのだろう。配置を見ればダンゾウの傍らにはサジ。そして山中フー。こいつ…いつの間に根に移動してたんだ。面識といえば猪鹿蝶一族の集まりで何度か話をした程度。だけどこうしてスカウトに応じる忍もいない訳じゃないと痛感した。色んな考え方があるのは否定できない。

「ニシ」
「なに?アカイ」
「すげえ楽しかった、助かった、感謝してる」
「…僕もだよ」

しかし、俺はこれを認めない。なにが生え抜きだ。気味が悪い程に静寂が広がる対戦場で開始の合図が響いた。言った通りニシはアカイの攻撃をいなして時間を稼いでいる。ニシは俺が成すまでこの状況を作り続けるだろう。それにしても暗い場所だ。それを補うように照明が全体を照らし大勢の影が床に伸びていた。…本当に、都合がいい。俺が配置された場所はサジの隣。

「…」

地下が揺れるような振動。さすが根の忍。オープンでの戦闘は派手で容赦がない。ニシは心眼で雷遁使いだ。その特性は兄弟縁を結んだアカイだって心底分かっている。お互いがお互いを思う事。それは何も、血が繋がっているからだけじゃない。また、小さく息を吐いた。心臓がバクバクと忙しない。自信がある訳ではない。でもやらなきゃならない。ゆっくりと。俺は一つ一つ、印を結び始めた。壱、弍、参。

「シモク」
「なに」
「これを」
「……え?」

「手伝ってやる。やれ。奈良シモク」



あったー!と、居間の方から弾んだ声が聞こえて足を向けた。覗くとヨシノが押入れから引っ張ってきたであろう古びたそれを満足そうに抱えている。それがなんなのか一目で分かったのでひょこひょこ寄っては一緒になってページを開く。

「あらやだー。これシモクがご飯前に煎餅食べて見つかった所でしょ?」
「あの後お前ゲンコツな。」
「母ちゃんのご飯差し置いてお菓子に走ったからね」

シモクのアルバムだった。シカマルが産まれるまでの7年。第一子のシモクはそりゃ可愛かった。完璧にヨシノの方に似て笑った顔がそっくりだ。写真に収められた小さなシモクはぷっくりした小さな手を前に突き出すのが癖だったようで前半の写真殆どがそのポーズだ。

「…そういえば、シモクは痛いの苦手だったね」
「転ぶたびに大泣きだったな」
「受身取るのが下手で顔面から転ぶから」
「一人で起きれなかった」
「…そうだったね。一人じゃ起きれなくていつもシカクが…」

シモクは、そもそも痛いのが苦手だった。転ぶたびに大泣きしてぐずぐずと縮こまって、起こしてくれって、手を出してくる。両手を前に出して素直に助けてくれと言ってくれた。アルバムをめくる度に成長していって忍装を纏うようになってから赤子のシカマルが加わった。アカデミーで止まった写真。その先は暗部に入隊し親子関係がギクシャクした。今更だが、親子らしくまたこのページを増やせたらと思う。何十年か経った後に一緒に見返して、笑い話になれば一番幸せだ。

その時だ。

ドンッ…下から突き上げるような振動が木の葉全体に響いた。地震かとシカクはサンダルを引っ掛けて縁側へ出た。突然の揺れに鹿達は落ち着きなさそうにそわそわと歩き回りシカクの周りに集まる。

「驚いたか?なぁに。木の葉の地盤は昔から硬ぇ。心配いらねぇよ」

それにしても、いや…今のは本当に地震か?いつ何が起こるとも知れない状況だ。一応いのいちとチョウザに声を掛けて…

「……なんだ、あの煙は」

あの方向は暗部育成部門、通称根の管轄場だ。死んだように静かなあの場所が何を。

「シカクさん!!!」
「土中の…どうした、何があった」
「今すぐシモクの確保へ!!!なにかしやがったんですよあいつ!」

シモクの元チームメイト、土中オクラ。諜報機関に属すると聞いていた、大まかだが情報が早い。シモクが根に潜っている事を知っているのか。確か百を超える動物と契約しているとか。

「わかった。お前は先に行け。尻拭いの準備はして行く」
「シカクさん…、どうしよう、あいつ…ダンゾウに…」

屈強そうな青年の顔が泣きそうに滲んだ。

「死ななきゃ安いもんだ。行け!」

ぼんっとオクラの影分身は煙を出して散った。どちらにせよシモクの身柄が保護できればこっちのもんだ。後は大人の出る幕だ。同じ木の葉の土俵に立つ、忍として。猪鹿蝶、奈良一族の15代目として。振り向いたらヨシノがキッと吊り目を更に釣り上げてこちらを凝視していて。そろそろ話をしなければならないなと、逃げる事なく向き合った。




「ッは、う"、ッつ"ううっ…!!!」
「右半身だけで済んで良かったと思え…げほっ、」
「ううう…ッ」
「静かに…」

右半身がぐちゃぐちゃだ。盛大な火遁を食い、派手なケロイド。ガクガクと痙攣を起こし先程から人の言葉を発さない男はしかし、ぐっと両手を握り締めて胸に引き寄せた。…それが目的。これが代償。そんな男をここまで引っ張ってきたサジも片耳を無くした。

「全く忍術を使わないものだから忘れていたが…さすが奈良の隠遁だな。あの場にいた全員を操るなんて」
「ッ、う、…ううう、」
「……」

激昂したダンゾウはどうするだろう。根の施設は突かれた蜂の巣状態だ。なんとかここまで流れたはいいものの、外に知り合いがいる訳でもなし。こんな死にかけの人間連れて民家を横切る訳にはいかない。火影の元へ行くか?今代の火影は三忍の一人綱手様だ。医療忍術のトップクラス。それがいいか。何にせよ、急がなければ間に合わなくなる。

「火影のところへ行くぞ」

ここで死んだら意味がない。手を貸した意味もない。ジュクジュクに溶けた箇所には包帯すら巻けない。せめてもで上着を胴に巻きつけた。

「ううう、」
「あと一息…っ、!」

担ぎ上げた瞬間、周りに降りてきたのはフーを先頭としたダンゾウの側仕えだ。

「…道を開けろ、フー」
「自分達がなにをしたか分かっているのか?サジさん。」
「俺はいつでも冷静な判断を下す。お前の時もそうだった。退いてくれ。こいつ、大怪我をしている」
「それだけは聞けません。奈良シモクは大罪人。それにもう少しで事切れるでしょう。なにせダンゾウ様の火遁を受けたんだ」
「だから早く退いてくれ…!分かるだろ…こいつが、何か変えてくれるって」
「…変革の派閥がいるのは薄々気づいていた…まさか貴方まで」
「いや。全く興味がなかった。でもな、変わっていく事が、こんなにも…こんなにも嬉しい事だと思わなかったんだ。」
「…」
「ダンゾウ様には感謝している。全滅した一族の末端を拾ってくれた。だがもう潮時だ。ダンゾウ様はやり過ぎだ。」
「里を思っての事」
「俺もそうだ。この20年間ずっと考えていた。恩義のある里へ返せるものを。」

この里はタカ派とハト派で二分している。里の為を本気で思うのなら。危険要素は排除。里を火影の主権で統治する事。今の上層部は根を牛耳るダンゾウ様、火影の相談役に奈良の切れ者シカク。ご意見番のコハル様、ホムラ様等様々な人の手によって動いている。はっきり言うと、ばらっばらな方向向いてるような奴等ばかりだ。全員が同じ考えで頷く日は、来ないかもしれない。なにせ考えが違うんだ。当然だ。しかし、本当は同じものを見ているんだ。

「何もなかった。俺の身一つじゃ、なにも返せない。だから生きて、自分自身で変えていってみることにする。」
「……今更何を。揃いも揃って」
「馬鹿みたいだろ。でもこいつに賭けてみたんだ。賭けてみたくなった」

サジは面の下でニッと口角を上げる。賭けてみたくなる程の、地下に突然降りてきた強烈な光だった。暗所暮らしに慣れたせいで、きっと眩んでしまったのだろう。そうに違いない。




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