155.方法はひとつだけ

人は自由だ。何かに縛られることなんてない。一族も里も国さえも誰も誰かを支配することなんて出来ない。けれど生まれた場所が違うだけで。育った環境が違うだけで。考えていることが違うだけで。誰かは誰かに敵意を向ける。それが人間だと言われればそれまでじゃないか。それが人間だと、決めつけてしまうじゃないか。

_暗部に行く。給金も高いし2人で何とかなる筈だ

そう言って笑った兄にはその道しか残されていなかったと。幼過ぎた僕は気づかなかった。この里のシステムも分からず、忍の掟も知らず。ただ生きる為に亡命した僕たちは火の国、木の葉隠れの里で駒になる道を選んで歩んでいく。そうするしかなかった。選択肢は元より用意などされていない。シンプルで簡潔でストレートで。毎日毎日ボロボロになって帰ってくる兄の姿をよく覚えている。忍五大国の一角を担う里の暗部はやはりスキルが高い。亡命というハンデを負い仲間に白い目で見られながらも兄はいつしか里の、火影の信頼を受ける一人の忍になった。ただ長く居たからじゃない。ひとつひとつを積み重ねて、何倍も努力して。暗部はもはや兄の得た「居場所」だった。


「…あの。何度来ても変わりませんけど」
「いやぁ、懐かしくてねぇ。俺も昔ここに所属してたものだから」

イヅルは仮面の下の顔をひくつかせた。暗部の大先輩。里の誉と名高い忍の一人である、はたけカカシ。やめてくれ、僕はこんな大物長時間騙せるだけの術は持ってない。カカシは何をどうしたら来れたのか、古巣を慣れたように歩いている。

「まあ…墓は増えたね。本当に。木の葉崩しから時間は経ってるけど、ここまで増えたか」
「…」
「でもテンゾウとシモクがいるからか、これだけに留まってるのかもしれないね」
「…表の上忍は暗部の殉職数まで把握するんですか」
「まさか。俺が別途なだけだよ。」

暗部の墓は今日も暖かな日差しを受けて安らかに眠っている。暮石には名前がない。暗部達の本当の名前なんて分からない。だけど確かにここに居たんだって。生きていたんだってみんなが知ってるんだ。

「…俺はね。昔シモクとツーマンセルを組んでた。その頃から一際目立つものとか持ち合わせていなかったものだから、生きる術を叩き込んだんだよね。」
「生きる術?」
「手っ取り早く、体術をね。あいつの蹴り受けたことある?」
「……」
「すごいでしょ。あれでサンダルに仕込み入れてるもんだから大抵の奴は喉蹴り破られて死んじゃうんだよね」

俺はそこまでえぐいこと教えてないんだけど。と朗らかに笑う。

「ねえイヅル。あいつ暗部でどうなの?」
「先輩ですか?」
「うん。お前から見て、どう?」
「…囚われ過ぎ。僕が言えた立場じゃないけど」

うちはイタチに、そして死んだ兄に拘り過ぎ。うちはに関してはなにがあったのかなんて知らない。にしても執着し過ぎ。兄は先輩を命と引き換えに救ったから返せない恩義があるのは当然で、だからこそ僕が新しい名で生かされた訳で。死者の思いを背負う背中は。あの日見た片目の修羅は。僕の考えなんて凌駕していく。

「そして命を投げ出しがち。」
「だよね。…でも聞いてくれないんだよね」

この人も片目でしか表情が分からない。落とした視線の先には兄の墓。片方しかない割れた鳥の面。

「あいつ、もう俺たちから離れちゃったのかな。」
「…」
「俺はあいつが奈良から暗部に移動した時に言ったんだよ。暗部を居場所にしてしまえって」
「…」
「だからシモクは暗部に拘って、真面目になんでもかんでも受け止めて。俺があんな言葉かけたから。本当に居場所を求めていたシモクに」

…勝手な憶測だと思った。

「…別に…貴方の言葉だけじゃないでしょう。先輩は、自分を認めてくれた人達の居る場所だったから。大切なものが出来たから。だから自分で決めて自分で選んだ。それは先輩の勝手。そこに誰の意志も介入しないんじゃないですか」

先輩を見てるようで見てない。あの人は案外我が儘だ。勝手に任務内容を変えるわすぐに進路を逸脱するわ。後に続く後輩達はてんてこ舞いだ。

「良いご身分ですよね勝手に、さも先輩の人生を狂わせたなんて被害妄想して。」

確かに、先輩が暗部の座を降りないのは後ろに続く喪ってきた命があるからだ。渡された使命があるからだ。だけど我が儘な先輩は本当はかなぐり捨てられる。嫌になったと里から逃げることだって出来るだろう。だけどそうしないのもまた先輩が先輩だから。それも含めての奈良シモクだから。

「僕より先輩を知ってるって顔するなら、少しは先輩を信じる素振りくらい見せたらいかがですか」

…なんて、昔の自分に言えたらいいのに。




「…俺を殺さないのか」
「興が削がれた」

ふいっと起き上がった仮面の男はそのまま古い椅子に腰かけた。優雅に組まれる脚が実に余裕そうで苛々する。皮肉にも里でのエリート集団一、二を争う暗部養成所でこの態度。未だに侵入を感知されていない。シモクは警戒を続けながらゆっくり後退した。狭い部屋では容易に距離など取れないが。

「暁は尾獣を集めていると聞いた。何を企んでいる…また新たな厄災でも起こすつもりか」
「お前の小さな頭では推し量ることは出来まい。」
「いや…そんな事出来るはずがない。お前達を見つめているのはイタチだ。イタチが暁にいる限り下手な事出来ないだろう」
「確かにうちはイタチは厄介な男だ。至る所に策を巡らせる秀才だ。しかしあいつの道は変わらない。終着はいずれも決まっている」

「分からないか?サスケが里を抜けたんだぞ。復讐心に駆られ己を見失い、真実を知らずに。…何をすると思う。」

答えは1つ。うちは一族の殲滅は彼の弟のサスケに大きな傷を残した。そうイタチが仕組んだからだ。何も知らずにその命を刈り取られる事こそ、本人がそれを望んでいる。それが一番の策ではない事くらい誰だって分かる。どこまでもどこまでも優しいイタチの、その痛々しい程の願いを。聞き入れてやるのが花向けだと思っていた。でもそんなの間違っている。片方だけに赤い光を灯す眼を見返してやる。

「イタチは殺させない。」
「それはどこからくる自信だ?」
「自信じゃない、覚悟だ。」

奈良の一族は計算高く、勝率を見極める頭脳を持つ天才達の集まりだ。そんな集団の中に「馬鹿」が居るとは思わなかった。ただの馬鹿じゃない。生粋の馬鹿だ。

「ならばなぜこんな場所で燻っている。」
「言った筈だ。準備がいるんだ」
「悠長な事を言っていると、案外タイムリミットは近いかもしれないぞ」
「え?」

「木の葉の耳にも入っている筈。大蛇丸が死んだ」
「…!!!」
「暗部には伝えられないか。まぁ、正規部隊ではないからな」
「…サスケがやったっていうのか…?」
「無論だ。」

だから言っているだろう。悠長に構えている暇はないと。

「サスケの大願成就も近いかもな」

空間が捻れて渦を巻いた。気付けば面の男は消えていた。気配も、もう完全にない。コンクリートの壁、鉄骨やパイプが剥き出しの室内だ。

「っ、う、」

力を抜けばガクッと膝が折れた。一人で呆然と尻餅ついているのは異様だ。歴戦の暗部の膝が笑う程に威圧感が、半端ではなかった。カタカタ震えるのは本能だろう。冷や汗すら出てきた。何者だったんだあの男。名乗ってみれば大昔の人間の名前。木の葉の暗部システムが出来上がったのは二代目以降だ。気持ちの悪い感覚。何もかもが謎。分かっているのは暁に属し、木の葉の結界を嘲笑う位に余裕で突破してきた事。写輪眼を持っている事。うちはの生き残りは、サスケだけではなかったのか…?そうならイタチが知らないはずがない。だけど、イタチはなにも。

「…うちはシスイ…?いや、シスイの死体は殲滅前に川辺から回収されてる…」

検視チームに居たのはいのいちさんだ。死体は本物。それにイタチが言っていた。シスイも木の葉とうちはの両方の平和を望んだ忍。じゃあ…誰だ?誰だっていうんだ。あの兄弟以外のうちは?それとも他所から奪ってきた…?…悩んでも答えはでない。情報が足りないのだから。それよりも早く、なんとかしなきゃ…。聞いていれば時間がない。

「…早くても2日以内。それまでにニシを利用して」

写輪眼。それを持てば、少しでも力になれる筈だ。うちはのことを、理解できる筈だ。あんな強大な力を持つパンドラだ。リスクが無いなんて思っちゃいない。だけどこの身で必ず救うと決意した。大丈夫。必ず、俺は成功する。…父さんの背中が言ってた。俺は大丈夫。

「…例え自分の何かを失う羽目になっても。生きてさえいれば安いもんだ」




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