154.大声をあげて意思表示

「新、調子はどう?」
「あーー、身体は元気なんですけどねえ。ネジの言いつけじゃあしょうがない。ここで缶詰ですよ。廃人になりそう」
「笑えないわよ、それ。」

紅は大きいお腹をさすりながら椅子に腰かけた。暇を持て余していると聞いた彼女は自身の通院がてらちょくちょく様子を見に来てくれている。…アスマの訃報を知った、あの日から。新はじっ、と大きくなったお腹を見詰めた。

「子ども。もうそろそろですか?」
「えぇ。」

…その子どもが生まれた後。この世界はどうなっているのだろうか。なにも変わらないだろうか。それとも。脳裏からざわざわと嫌なものを感じる。嗚呼、また、

「…俺昔から考えてたんです。俺がガキの頃、世界は戦争終盤で、下忍もすぐに外に連れ出された。俺達が戦ったのって…今思えばなんだったんですかね。」
「里の為よ。自身の故郷の為に戦った。みんなそう。」
「俺達、無意味じゃなかったですよね…?俺達が必死になって求めたのは、無意味じゃなかったですよね…?」
「落ち着きなさい。新。大丈夫。」
「俺があいつから返してもらったのはその為で、でも俺は結局あいつを突き飛ばして…」
「新」
「…時代のせい?そうやって俺はいつもいつもいつもいつもいつもいつも」
「新。聞いて。私の方を見なさい。」
「………俺何か言いました?」

「…いいえ、何も。」紅はそう答えた。いつものひょうきんな新に戻っている事を確かめると胸をなで下ろす。新の奇行に堪え兼ねたネジが前線から退かせて暫く立つ。…戦争中は、ごまんといたものだ。精神を可笑しくしてしまった忍が。紅の生まれた時代も戦争の最中。幼いながらに第三次忍界大戦を経験した。特にカカシなんかは酷いもので後の「神無毘橋の戦い」に於いて戦友…オビトを喪っている。本人はそれに関して自らの内を語ることはしなかったが、立て続けにもう一人の戦友、リンを。また恩師である四代目火影、波風ミナトを喪くした。時代が時代であれど、カカシにとっては唯一の存在がこぞって消えた事はなによりも悲劇的な事だった。今じゃナルト達の担当上忍なんてやっているが「アカデミー戻しのカカシ」なんて異名がついているくらいに。無理矢理連れ出しでもしなきゃまともに人と話さない程には荒んでいた頃もあった。

誰しもが、今を乗り越えてここにいる。だから、なんて言えたものじゃないけれど新にも、前を向いて歩いて欲しいと思う。アスマ程長い付き合いでないにしろ人懐っこい新は可愛い後輩であったし、同じ仲間としても純粋に心配だ。自身の身がもう一人分でなくなった今、大掛かりな事はしてやれないけれど、こうして一人でいては徐々に様々な事を思い出すのではないかと。新が何に怯えているのかは知らない。でも断片的に呟く言葉を繋げば、もう十分だ。

「もう休みなさい。」
「紅さんも、道中お気をつけて」

にこっと整った顔を崩した新は紅の背中を見送った後も、ずっと視線はそのまま扉へと向け続けた。そうして。まるで誰かが訪ねてきた時のように片手を上げて、またにこりと笑い掌を振った。




「シモク。ニシの特性を知っているか」

急に振られた話に一瞬息を飲んだ。内心ぎょっとしたが表情筋を張り付かせて耐えた。しかしサジがこちらを窺っている訳でもなく、ただぽっと出た世間話のようだった。

「急に、なんだ」
「お前とニシ。最近やたらと仲がいいから気になっただけだが。」
「……ここの奴らがすれ違いを望まないのがよく分かったよ」
「まあ、そういうことだ。あいつは怖い。特にここの連中ときたら内側を覗かれるのが大嫌いな奴等ばかりだ」
「…誰でも見られていい人生送ってないだろ」
「如何にも。だから避けるのさ。アカイ以外は」
「アカイとニシは同門なんだよな。」
「同郷でもある。でなければあれ程深い絆を持てない」
「同郷…てことはどこかの戦争孤児か?」
「いや、亡命だ。戦争後は忍不足で財政破綻した里も多かったしな。」
「…戦争は本当に何も生まないな」
「喜ぶのは一部だけってな。」

がっちゃん。当たり障りない事務仕事を終え、部屋を施錠する。そんな戸締りの音さえ奥の奥まで響き渡る程に此処は静寂が漂う。下手なお化け屋敷より怖いのではないだろうか。窓はなく、陽の光すら拝めない。太陽の役目を果たす人工太陽に当たっても決して気持ちよくはなかった。

「今日の任務は終了だ。部屋に戻っていい」
「分かった。」

ここ数日分かったこと。サジはあっさりし過ぎている。ここの指揮官的な役割を担っているくせにやけにあっさり。話せば話す程普通の男だ。特別シモクを警戒する訳もなく、初日は軽くだが身の上さえ口にした。見極められない。木製の扉を閉めれば寒々しいコンクリートの壁、床、天井。窓無し。囚人が入れられる独房の方がまだマシに思えた。しかしシモクの部屋だけでなく、全ての隊員がこの有様というのだからやはり根の忍達は精神構造から違っているらしい。こんな所に何十年もいたら廃人になる。一人になる時間なんて殆ど無い。気を張って疲れた。鷲鼻の面を備え付けられた机に置き、ゆっくり体をベッドに横たえた時だった。

「ッ!!!」

額に、何者かの掌がやんわり押し付けられた。やんわりだったそれは起き上がろうとすると途端に加減無しで押さえつけにかかる。隙間から見えた血のように赤い一つの光に本能的な恐怖を覚える。

「初めまして…という感じがしないな。奈良シモク」
「だ…誰…」

こんなに、俺が。竦むなんて。死の間際に感じるような、体の芯から底冷えするような…形容し難いなにか。単調な言葉しか口をついて出ない。得体の知れない人物に急所である頭を掴まれている。そもそも気配すらしなかった。ここを、どこだと思っている…?木の葉の、根の管轄施設だろ…?それになにより、木の葉の里全体を覆う結界場をどうやって潜り抜けてきた?

「写真で見るより華奢だな。」
「おま…え、何者」
「うちはマダラ。といえば分かるか?」

ぐるぐる巻きの、仮面。よくよく見れば暁の外套を纏っている。こいつが、うちは…マダラ…?

「マダラは…死んだはず…それも、大昔に、」
「そう伝わっているらしいな」
「…例え…そうだと、して…俺に、なんの、」

暁の外套。イタチと同じ組織。偶然…?にしては不気味過ぎる。イタチの側に、マダラと名乗る男がいる事に。そしてその眼が写輪眼そのものだという事にも。そう伝わっている?伝わってるもなにも。これは歴史だ。木の葉の創設者、千手柱間がその手でマダラを討った。そうして出来た終末の谷だろ。もしかして千手柱間はうちはマダラを逃して…?だとしたら…大問題だ。…でも、そんな大昔の事。今更確認なんてできやしない。そもそもこいつがうちはマダラの名を騙っている可能性の方が遥かに高い。ここで臆するな、隙を見てまず体勢を、

「イタチの真実を知る一人。この先、俺の計画の邪魔になると思ってな。さて、どこまで知っているのか」
「…計画、だ…?」
「なに。お前も必ず救われる事だ。内容によっては、だが。」
「……俺を排除したところで…何も変わらないぞ。」
「どうだか。お前は火影派閥の筈だ。奈良から根の選出は聞いたことがない。なんらかの調節があったにしろ根にいるのは大概可笑しな話だ。」
「っ…!」

ぎり、と力が込められて頭が軋む気さえする。確実に軋んでいるんだろうけど、ここでダンゾウから写輪眼を強奪するなんて口が裂けても言えない。何にしろ、こいつが写輪眼を持っているのは間違いない。片目だけなのが気になるけど、木の葉の内部事情までも知ってるのは流石に妙だ。木の葉創設時から奈良、秋道、山中は古参の一族。それは知られていても根の選出システムまで知ってるのは…。年齢がいくつになる?忍とて人間が生きていられる歳月じゃない。

「さて、何をしに地下に潜っているのかな」
「……、イタチを…友達を連れ戻すにはそれ相応の準備がいて…その途中なんだ、あんたの計画には関係のない事、」
「連れ戻す?…イタチの真実を知っている筈だ。奴の全てを台無しにするつもりか?」

そう、イタチを連れ戻すと言うことはイタチが望んだ事を台無しにする。弟に力を託す事も、里の暗黙を破ってしまう事も、なによりもあいつの本望を遂げさせる事ができなくなる。

「…そうだ。黙って行かせてしまった。イタチ一人に背負わせた後に続く幸せなんて、俺はもう、…もう願い下げだ」

知らないでいることと、知ってて知らないフリをするのは、違う。いつもいつもいつも燻っていた。自分の事ばかりにかまけて。…今更かもしれないけれど。俺はまたお前と共に居られる未来が見たい。

「…だから、俺は誰が何と言おうと、今更って言われても…イタチを連れ戻したい。…ずっと我慢して生きてる、あいつが幸せになる世界を作りたいんだ。」


"_もう一度"


「お前が、何者なのかなんてこの際どうでもいい。だけどイタチに関しては、絶対に邪魔させない。確かに俺はあの日を知ってる。知ってるからこそ、…ッ、もう俺しか残ってないんだ!三代目が亡くなって、上層部だって木の葉の"厄介ごと"が露見しないように沈黙を貫く!腰も重く頭が固い連中はてこでも動かない!じゃあ他の誰がイタチを助けるんだよ!」


"_君がいる"


「もう目を逸らすのはやめた!綺麗事だと笑えばいい!温いと、甘いと罵ればいい!だけど俺は俺の力で、イタチを救う!イタチがこの里を、俺達を守ってくれたように!!」


"_世界を造ろう"




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