153.打ちっぱなしの冷たい部屋

「ダンゾウ様は強いよ」
「それは知ってる」
「シモクだけじゃ多分失敗する。」
「だよな」
「プランがないなんて言わないよね?」
「行き当たりばったりだけど。」

向かい合わず同じ方向を見ながら話す2人の暗部は実に珍妙だ。それもこれも面越しとはいえニシの能力を知ってしまった手前、馬鹿正直に向かい合って話す気が全くない。協力関係を結んだがほんの数刻前だ。それも派閥の違う同業者である。信用に値しない。

「ダンゾウ様の予定ならリークできる。僕はかなり信頼されてるから」
「その眼があればな」
「問題はどうやって奪うかだね」
「俺より真剣になってどうする」
「シモクは真面目な人だ。真剣にやればその分返してくれるでしょ?」
「小首傾げるな」

こてん。と視界の端で少し大袈裟に揺れた頭。

「…それで。お前の本当の目的はなに?」
「え?」
「アカイを助けたいのは聞いたけど、お前こそ計画が無いわけじゃない筈。その算段が大筋ついてた折に俺が偶然ここに来たから話、持ちかけたんだろ」
「うん。奈良の一族は本当に頭が回るね。確かに算段はついてた。それはあの人に逆らわずこの立場を最大限に利用して安全にアカイを外に逃す手筈だった。」
「今は」

気配でニシが笑ったのが分かった。そして、こちらを振り返ったのも。

「最初はそれだけだった。弟同然のアカイだけを逃がそうと。だけど救いを求めているのは僕達だけじゃない。…僕はシモクに。根の、暗部の未来を求めてる」

…なんて言ったこいつ。思わずニシを凝視した。根の…暗部の未来?

「僕達殆どが里に拾われた命だ。それは里に尽くすための駒だって知ってるんだ。…だけど、だからこそ。その命を"無意味"に散らしてなどいけない。僕が生き残った意味を、ここまで歩いてきた道を。手放す気は全くない。」

膝を抱えた腕に力が入っている。ニシが根に入る前に何があったのか知らないし、知っても仕方ない気もする。しかしニシにとっての自分の道は、手放し難いものだった。

「心の臓まで焼き尽くすような地獄の中にいると、皆んな忘れてしまうけど僕は…死にたくない。里への恩義は確か。でも僕がしたいのは暗部で飼い殺されることじゃない、もっと違う方向でだって恩返し出来る筈だ。暗部でいる理由はない…。そんな考えがループして何百回何千回った所で…シモクが現れたんだ」

…ただ、ただ。驚いた。里の中でも忠誠高い根に。こんな忍が居ることに。死にたくない。そんなシンプルな言葉をストレートに言ってのける清々しさの中に確たる意志の強さを突きつけてくる。その異端さは、暗部のシモクと同義だった。命は尊いものだと誰しもが忘れ去ってしまうこの世で、プライドや秩序、立場。様々な障害に拘束されても。ニシは頑なに自分自身を投げ出そうとしなかったというのか。暗部を、根を否定し続けていたというのか。あの、絶対君主のダンゾウの元で。

「シモクはあの人のカリキュラムを受けても壊れなかった。畏敬の念を抱くよ。そして、絶対戻ってこないと思ってたのに…またこうして現れた。しかも僕にとって願ってもみない覚悟を決めて。これを奇跡と呼ばないで、なんて呼べばいいの?」
「…偶然が幾重にも重なったときに人は奇跡と呼ぶらしいよ。」
「じゃあやっぱり奇跡だ。僕は奇跡の化身ともいえるシモクに出会えたんだよ。」

…俺には集団を率いていく力量はない。今までだって、そうだったじゃないか。自分だけが生き残った部隊。行きは自分の足で地面を蹴っていたというのに帰りは俺の両手で持てる程になって、里に戻る。そんな事が、何回あった?物言う口を奪われた骸は俺を見上げて必ず言う。

なんで、お前がそこにいるんだ

自分の力で地面に立ち、見下ろしている俺へ必ず問いかける。声なき声は何度、何度、何度、何度。この耳を貫いたか。ニシが嬉しそうに足を揺らすたびに、その期待をぶつける度に。

「シモク?」

血の気が引いていく気がして額に手を当てた。なに、動揺してるんだ。こんなの、聞き流せばいいだけ。突き返してやればいい。そんな理想に付き合えないと、本人だってどうせ本気じゃないんだ。言ってやればいいのに。なのに、何百という虚空を映す目が、俺を見つめ続けている。…ナグラさんが死んでから、その視線を受け続けている。お前だけは逃げるなって。無数の命を括り付ける背中が、重い。それなのに、更に俺に生きてる者の命を背負えって言うのか?

「…お前がやればいいよ、ニシ」

そんなの…怖くてできない。そう、怖い。怖いんだ。俺は俺で精一杯なんだよ。俺は、ただ。

「俺は友達助けにここに寄っただけなんだから」
「あ」
「分かっただろ。視えたよな。俺に集団を率いる器はないよ。」
「僕の目は未来を見ることはできないけど、シモクにしか出来ないと思う。命の重さも痛みも知ってるシモクにしか」
「忍はみんなそうだよ。」
「じゃあもし僕達にシモクが必要になったら、助けてくれる?」
「…」
「ほら、助けないって即答できない。優し過ぎるとつけ入れられる」

"お前は優し過ぎるんだ"

「…優しさって、なんだ…?」

イタチ…ただ…お前の辛い気持ちを分かったフリして、何もしなかった俺は…本当に"優しかった"のか?優しいって、何に対して言ってたんだ?俺はどうすれば良かった?なにが正解だった?頭の中のイタチは、ずっと苦々しい顔で笑う。




ぺらり。ぺらり。ざあざあ。それしか聞こえない。此処では一番高い塔の一室から街も曇天の空もよく見えた。窓辺に腰掛け、片足を乗せながら探すようにページを捲る。黒い外装が施された分厚い書物の持ち主は角都だった。今や取りに来る事もない。ずらりと並んだ顔写真のどれもが目から光を失い、死に場を求めていると言われても仕方がない程に死んでいた。当然である。それは所謂ビンゴブックだ。片目から写真をすらすらなぞり、ぴたりとその眼が一人に止まる。

「奈良シモク。」

イタチの真実を知る内の数少ない一人。"あの日"にイタチと交わした契約をこの男は知っているのだろうか。今の今まで視野に入れなかったのは大した脅威ではなかったからだ。口が軽いタイプではない。だからこそイタチは喋ったのだ。その通りにシモクは彼の弟、サスケ相手に口を滑らせなかった。秘密が守られるのならばイタチはそれでいいだろう。しかし己の"理想"の邪魔になるとするならば?それは今ではないか?この男は以前火ノ寺で角都と飛段から逃れている。暁のメンバーの中でも戦闘に慣れたコンビとの鉢合わせだったにも関わらず、逃げられたのだと。賞金首に逃げられた事を角都は暫く根に持っていた。シモクの特化した回避能力は正直…気持ち悪い。何が、というよりかは…その能力は忍をやる上でとても強いのだ。戦闘能力に特化した忍は派手で華やかだが、忍の本質は派手な戦闘ではない。たった一人生き残っただけで状況がひっくり返る。忍の世界はそういうものだ。ただの一人も逃しちゃならない場面で、シモクのような忍がいたら。確実に振り切りに成功し、身を以て得た情報全てを里に持ち帰るだろう。情報は、武器だ。あるのとないのとじゃ雲泥の差だ。シモクの場合それが並大抵ではない。帰還屋の名が付けられる程に他里にじわじわと広がっているくらいだ。…写輪眼のカカシと同じように。名を轟かす。

「暗部にしては早熟だな。…芽は先に摘んでおかなければ、大樹になりかねん」

さて…訪問場所が増えた。ざあざあ。雨は止みそうにない。人は言っていた、天から降り注ぐ雨は神の涙なのだと。ならばこの里はいつでも泣いている。嗚呼、そうさ。世界は悲しみに満ちている。誰も望んじゃいない現実に向き合わされ続けている。その現実が夢のように。何もかもが夢だったというならばどれだけ幸福な事だろうか。それこそ…死んだ人間すら生きている世界。"君のいる世界"。

「その為に…こんな現実は、終わった方がいい」

ぐるぐると渦を巻くような仮面の奥で、血のように赤い眼球がひたすらに降りしきる雨を、その先を見つめていた。




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