151. その手をこの首に添えてください

「父さん、急に何?」
「久々に将棋に付き合え。囲碁でもいいぞ」
「将棋でいいけどさ…」

なんのつもりだ。そんな顔で見つめたシモクは父の意図が読めず素直に対局に座った。アカデミー生から任務が与えられる下忍に変わり忍装束も変化した。ほぼ毎日泥だらけにして帰ってくるものでヨシノが頭を抱えている。シモクが宛てられた第4班フォーマンセル。通称シナガ班は奈良家と日向家、土中家の男子3人が選出された。土中家は歴代でも暗部の排出がない。日向家も同様に木の葉の宝と謳われた白眼は正規部隊に優先され暗部に配属されることは無かった。奈良家は同じ猪鹿蝶の山中家のように抜栓枠が存在しなかった為今の今まで声がかからなかったに過ぎない。奈良家の頭脳は優秀で殆どの者がシカクのように相談役に登るか各部隊で策略家として活動している。この若さで奈良家から暗部を出すのは初めての事だ。それについて奈良一族の各家族には伝達する用意がある。奈良の中枢であるシカクの長男が暗部入隊と聞けば抜栓枠が出来たのかと混乱になるのを防ぐためだ。そして周りへの抑止として猪鹿蝶である秋道家、山中家にも協力を仰いだ。

「班はどうだ?やっていけそうか?」
「そうだな…オクラと新は面白いしシナガ先生は俺に必要な事を教えてくれる。喧嘩ばかりな時も沢山あるし漬物石は重いけど…初めて、やっていけそうって思ってる。人に恵まれた。」

…相性が良くて当然。その人選は細かく計算されたものだ。シモクのポテンシャルを測る為の人員が固められた班。勿論新やオクラを蔑ろにしている訳ではない。要はシモクがスカウトで抜けたとしてもカバーが効くように実力があると見込まれた2人をわざわざ同じ班にくっつけたのだ。後に控える中忍試験もこの2人なら必ず突破する。誰が疑うだろうか。それほどナグラ班の成績は優秀だったし背負う家柄もそれを大きく主張した。
…1人の暗部獲得のためになんて大掛かりな、と思うかもしれないがその1人を獲得するのが果てしなく難しいのだ。暗部の基準は様々で数えきれないが暗部へのスカウトに歳や階級関係ない。全ては「火影の目に止まる程に優秀」である事だけ。散々後ろ指を指されてきたであろうシモクにとって、どれだけ光栄なことだろうか。…それが暗部組織での評価でなければ。しかし暗部とて人員枯渇は目に見えて分かる程だ。天才はたけカカシ、うちはイタチを入れても尚手が足りない。

「あと半年もしたら中忍試験だから、早く先生に認めてもらえるように頑張らないとさ。俺なんて2人の足引っ張りたくないから必死こいてやらなきゃ」
「…そうか」
「あいつらとなら頑張れる気がする。」

ほぼ既に暗部入隊は確定だ。その事実を今ここで話しても良かった。中忍試験に気を回させるより自分の道は決まったのだと受け入れさせた方が良かったのだ。しかしシカクはそれをしなかった。出来なかった。照れ臭そうに仲間の事を話す表情があまりにも嬉しそうだったから。……縁側にシモクを誘ったのは紛れもない入隊の話をする為だった。父親として、火影の相談役として。堂々と正面から話して本人の確認を取る。裏でこそこそと罠に嵌るような真似をするのは本当に心地が悪かったから。しかし、シモクのその表情一つでシカクは判断を鈍らせた。相槌しか出てこない。久々に話した息子は随分と穏やかに変わっていた。シカマルの話をするのと同じくらい柔らかいのだ。感情の起伏が常に一定で恐ろしい程だったシモクの変化を目の前で垣間見て、どうしてそれを切り裂くような事が言えようか。どうして、そんな残酷な「決定」を突きつけられようか。




「三代目はどうしてあいつを見込んだんです?」

…中忍試験、半月前。シカクは三代目火影猿飛ヒルゼンの前にいた。「約束」の時が押し迫ったのだ。何度目かの催促を受け、漸くシカクは覚悟を決めた。心情を置き去りにして、横暴とすら言わせない程の権力を持って…暗部へ召し上げる。

「…シモクは優しい忍じゃ。そしてなによりも強靭。暗部に引き入れる事はひょっとしたら諸刃の剣かもしれん。しかしシモクならば、それに"忍び耐える"。」

その頑なな瞳を信じた。これが正しいと。能力の劣りをコンプレックスに持つ息子を本当に救える筈だと。シカクは、信じた。正規部隊に属し、公式な評価が蔓延して指差される事がないように。三代目の評価を…信じた。
しかしシカクの思いの行動はシモクにとって、一生消えることの無い傷を遺す。シカクには大きな贖罪がある。それは…「真正面から話さなかった」事だ。

そうして……シモクは無理矢理敷いたレールの上に立つことになり理解した上でゆっくりと…その足を動かした。



「隠遁の能力や総合的な忍レベルを見たんじゃない。三代目が評価したのは…あいつの絶対に折れない心の強さだ。」
「強靭な肉体、強靭な精神力…それを有する忍は確かに希少。その時期は木の葉でも忍不作の年だったというのは記録に残る程だ。」
「だからこそ倅に白羽の矢が立った。」
「…優秀だよ、シモクは。あたしの中でも。」

どんな状況でも必ず情報を集めて帰還する。それがどれだけ貢献に値するか。暗部の功績は公に公表されない決まりだ。だから、何をしているか分からない後ろ暗い集団だと呼ばれる。確かにその内容は正規部隊とは違う。正規部隊が「戦闘」に特化した部隊なら暗部は「暗殺」に特化した集団だ。故に彼らは奇襲や秘密裏の工作が得意だ。太陽の下では堂々と戦えない。だからこそ…あの日、木の葉崩しの日。ナグラの小隊は全滅を喫した。あの部隊は殆どが暗殺に特化した精鋭のみの構成。真正面からの対峙には…弱かったのだ。

「俺が最後、暗部編入を容認したからこそ…倅との距離は遠ざかっちまいまして。責めてもきませんでした。ただ無言で言い渡された任務に従事してきた筈だ。」
「あぁ。その通りだ。」
「…だからこそ、気になりまして。あいつは"挨拶"をしにきた。この9年間一度だってそんな事は無かった。…あいつの選んだ選択をバックアップする。その為にも、情報開示を願います」

…今更父親面、それは自分が一番わかっている。だけど、ここで何も知らなかったら。今度こそ二度と話せない気がした。息子の事は信じてる。だけどその一言で全てがうまくいくわけじゃない。弱味を見せない息子が、影分身を通して聞いたのだ。…それは不安だったから。失敗する確率の方が高かったから。だから、肯定を欲しがった。他の誰でもない、シカクに。

「……"探し物"をしているそうだ。」
「それは…"命を懸ける程の探し物"らしいですね。友人の為の。」
「…奴の最後のわがままとやらを、遂げさせる事にした。三代目以降散々な目に遭わせてきた負目もある。これは奴の上司として、火影としての承諾だ」

忍ならば…里のために。家族であろうと忍になったからには命を捧げる覚悟で。それは四代目火影…波風ミナトが最後、自分達に強く残してくれた事だ。実際、里の為に九尾を我が子に封印。その封印ですら命を落としても守り抜いた。感情すらかなぐり捨てて。

_シカクさん。父親ってどんな感じですか?

「五代目。奴は奈良一族。俺はシモクの親父です。もう親父がとやかく言う時分はとうに過ぎたでしょう。ですが、恥ずかしながらあいつの幼少期に色々と教え損じていまして。」

ミナト。親父って不器用になっちまうものなのかもしれねえ。だけどお前に言った言葉も変わりゃしねえ。

「俺に代わって周りの奴等があいつを育ててくれた。一人前の忍にしてくれた事でしょう。あいつの献身はそれに対しての感謝だと分かっています。それが今のシモクを作り上げた全てなのも。」

土中オクラ、日向新、河川シナガ。その三人を同班にしたのは上が仕組んだ事だったとしても。暗部に引き入れる為に、自分が育てると豪語したナグラ達にしても。シモクにとってその巡り合わせは尊いものに違いない。その上に立って生きるシモクは、だからこそ。そこから動く事はない。親の手を離れた瞬間から、暗部入隊の日から。命の襷を渡された側だからだ。

「今更しゃしゃるのは情けないが、今回ばかりは俺も退く訳にはいきませんぜ。五代目。木の葉の同じ仲間として、俺を動かしてくだせぇ。」
「…助かる。シカク。お前が動いてくれるなら」

シモクの気持ちは痛い程分かる。綱手とて木の葉のいち忍だったのだから。当時は戦争の真っ只中。屈辱的な事、理不尽な事は数えきれない程あった。その自分達とシモクが被るから、理不尽を言いつける側に回ってしまった自分がせめてもで「わがまま」に許可を出した。情に突き動かされてしまうのはまだまだ未熟だと感じながら。

「その探し物はダンゾウ管轄"根"にあるそうだ。ダンゾウから何かを奪い返す為に、シモクは一時的に根に潜入している。期間は未定。奴がこちらに返った段階で強制再移動を掛ける。その何かはあたしもよく分からなかった。」

あの男に挑むからには無傷では済まないだろう。「自分にできると思うか」と問うた息子の影分身を思い出してシカクはゆっくりと瞬きをした。

子どものためなら命を賭けたくなる。それだけは何も変わらない。信じると本人に言ったなら、それを突き通してバックアップを。それが自分にできる唯一の事だった。




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