150.驚異の脚力で蹴り潰す

…随分と昔になってしまった事。あの日、シカクは一人の息子の人生を変えた。

三代目風影の失踪が勃発の種だった。第三次忍界大戦の影響下に例外なく晒された火の国木の葉隠れの里は多大なる犠牲を払いながら自里を護った。木の葉隠れを支えているのは忍の生業だ。戦争ばかりが火種を放っていた時代であれば否が応でも参戦を余儀なくされた。戦争が木の葉勝利という結末で終戦を迎えてから、各里が頭を悩ませたのが忍の人員確保。新参古参関係なく正規部隊も暗部も破壊的な欠員を出していたからだ。そこにはまだ若い上忍や中忍も含まれた。…当時の三代目火影の相談役、シカクが携わった事はまさに次代の人員確保であった。

「その頃は戦闘慣れした中忍も優秀な奴が多かったんで、なんとか正規部隊は持ち直す事が出来た。下忍も戦争を味わっちまえば直ぐに戦力になった。…だが問題は暗部の方の欠員だ。」



第三次忍界大戦終戦後。

「ミナト。カカシを暗部に引き入れたって話は本当か?」
「はい。」

神奈毘橋の戦いで形勢不利とまで言われた状態から勝利へ導いた波風ミナトとその弟子はたけカカシの功績は大きい。間も無くして三代目火影はその座を四代目火影ミナトへと譲り渡した。

「暗部は今も昔も変わりゃしねぇ。独特な掟を持ち孤独な者が多い。あんたが弟子をそんな所に放り込むのは何か理由があっての事か?」
「…正規部隊に所属していると、色々と自分を責めてしまう。忍である以上それは避けられません。カカシは既に立派な上忍です。俺が口を出すのはもう、お門違いかもしれませんが…見ていられなかったんです」
「まぁ…暗部は似たような境遇の奴らが多いとは聞く。欠員が深刻なのも暗部だ。ミナト。お前が正式な四代目火影を継ぐんだ。俺からは何も言わねぇよ」

優秀な忍が暗部に入れば失っていた戦力も大幅に取り戻せる。増してや、あの眼術最強の写輪眼を有しているカカシなら尚の事。

「…暗部はまだ人員が足りていません。もしかしたらシカクさんの息子さんが選出される可能性だって多いにあります。」
「いや、俺の倅はどっちかってーと…あんまり戦闘に向かねぇからな」
「え?」
「隠遁がな…。ヨシノの腹には二人目がいるし、長男坊は複雑だろ。どう接そうかと」
「木の葉一の策士であるシカクさんでも子育てに悩まれるんですね」
「俺だって父ちゃんやってまだ数年だからな。」
「……シカクさん。父親ってどんな感じですか?」
「なんだ藪から棒に。」
「いえ、参考までにと思って」

木の葉の若手であるミナトと任務以外の話をするのはこれが初めてだった。次期火影がなに聞いてやがると思ったは思ったが、こいつももういい歳だった。

「…照れくせぇぞ。」
「照れ…ですか?」
「端々に自分と嫁が見えてくる。」
「っ、ははは!なるほど!」
「…まあ、奴の成長は俺の楽しみの一つでもある。…最悪、長男坊は忍にならなくていいな。とりあえず転けてもいいから前向いてくれりゃあ。お前も倅が出来ればわかる。命掛けたくなんだよ。」
「でしょうね、きっと。」

効果音がつきそうなくらいににっかと笑ってみせたミナトと話したのは、これが最後だ。その後…程無くしてシカマルが産まれ、九尾事件が起こった。大戦の影響下にあった木の葉は九尾の突然の奇襲に、更に大勢の忍を失った。

「いいかシモク!母ちゃんとシカマル!頼んだからな!」

里で起きたことは、里内で片付ける。すぐにチョウザ、いのいちと共に三代目の元へ向かう最中。大戦後のアカデミー生として多少なりとも知識を学んでいたシモクを産後のヨシノの側に着かせた。シカマルは産まれてほんの一ヶ月しか経っていない。一族の殆ど全員が家を空ける。現地に赴くシカクを除いて家族を守れる男は、シモクだけだった。小さくとも自分の倅だ。肩を掴めば何か言いたそうに頷いた。

「…シモクを暗部に?本気ですか…」

…九尾事件の日。木の葉は里の損害だけではなく就任したばかりの四代目火影の命をも奪った。九尾の妖子を封印していたクシナ。女の人柱力は出産の時程チャクラが乱れると聞く。クシナも例外ではなかったのだ。四代目も三代目も、この事は秘密裏に扱われていたに違いない。もう少し早く知っていれば、策を張り巡らせたものを。そんな後悔も後の祭りで戦闘員を多く失った後、補填もままならない状態で騙し騙しやってきた矢先、2年後の事だ。

「山中、油女、うちは…既に何人もの優秀な暗部を輩出してくれた一族じゃ。抜栓枠がないにしろ、人手が深刻なのは確か」
「……まだ9歳です。見込むのは早過ぎる」
「勿論シモクの成績も知っておる。しかし暗部にとって最も必要な素質をこの歳で備えているのは稀じゃ」
「…それはどういったもので」
「私が貴方の御子息を推薦致しました。」

暗部の素質。それは組織によって様々。現存の忍だけでは数が足らず、卒業間近のアカデミー生には既に暗部スカウトの目も向けられていた。なにせ時間が無かったのだ。里をどこよりも広範囲での守護を全面的に担う組織は常時枯渇状態だ。三代目の言葉を引き継ぐかのように音もなく現れた暗部に視線を滑らせる。

「時期が時期ですので下忍の任務もランクは高。我々火影直轄暗部はこの数日間全班の任務を観察させて頂き、その結果を導き出しただけの事。今の木の葉は決して万全ではありません。1人でも多く守備の人員が欲しいのです」
「それが俺の倅って訳か。おい。面を取れ。それ相応の覚悟で物言ってるんだろうな」
「シカク、」
「俺の顔は貴方もよくご存知な筈だ。今は火影直轄暗部、ナグラと名乗っています」
「久し振りだな。なんだってシモクに目をつけやがった。」

ナグラ。ある大戦で木の葉が獲得した領土の一つである里の生き残り。亡命した子どもはその「兄弟」1組。幼い頃を知っている手前、随分でかくなったと思う。思うが今や三代目の信頼を得るこの元孤児が何故子どもに目をつけ、よりによって暗部に推薦したのか。戦争の一部になりかねない組織にわざわざ。

「奈良シモクは忍界でも珍しい程生命力に溢れた人間です。その長所は暗部でこそ活かすことが出来る。暗部の殉職数は正規部隊の比じゃありません、我が組織にはどんな状況下にあろうと"立ち続ける"忍が必要なのです」
「それを活かす前に死んじまったら意味ないだろうが。そこまで調べたならわかってる筈だ。総合的に見ての忍レベルが低い事くらい」
「暗部想定レベルまでは入隊後俺が引き上げます。その前に仕込みが必要となれば担当上忍を上手く使えば経験値は積めます。」
「わざと泳がせて経験を積ませ、時期が来たら収穫する。そういうことか」
「木の葉の爆弾は九尾だけではない、うちは一族もだ。内部に抱える問題が大きい程より多くの抑止がいる。その抑止は忍の存在だ。」

嫌味なくらい正論を打って返してくる。頭の回転だけは誰にも負けない自負はあるのにこの流れを変えれるだけの起爆剤は持ち合わせていない。シカクが知るのはシモクの成績のみ。その唯一の否定材料ですらすべてを持って育てるとナグラは宣うのだ。

「却下だ。自分の息子だからじゃねぇ。圧倒的経験不足だ。木の葉の将来を担う子どもをこの時分から潰していいとは思えない。人手が足らないのは各里共に同じ。だからこそしっかり育てるべきだ。昔と同じじゃないんだ」
「先程も申し上げた通り候補を選りすぐってのスカウトは始まっているのです。暗部構成員の不足は急を要する。時間がないのです」
「あいつにそこまでの力はない。見誤るな」
「里の役に立ってこそ忍。素質がないのなら初めからアカデミーの生徒にすらなれません。彼は将来里の守護を担う忍になる。俺が保証します」
「いらねぇよんな保証は。」

「三代目様…奈良シモクの暗部入隊はアカデミー入学時から決まっていたと聞きましたが?」

上層部は上層部の権限がある。火影、御意見番、そして最上位は国の長である大名だ。忍の長は火影である。長い付き合いだ。口は挟めても…その決定を覆せるだけの権利をシカクは有していない。自分が素知らぬ所でその話し合いが行われていれば。それは確実になる。三代目は固く口を閉ざしたままだ。肯定はしない、ただし否定もしない。木の葉のいくつかの一族には暗部抜栓枠が存在し必ず一人が正規部隊から外れる。中には根に移動した者も少なくないがその決定は絶対だった。

「奈良の評価に直接値する長男はいずれ耐え難い負荷を負うことになる。次男がいれば尚の事。貴方もそれを解っている。一族の歴史が高貴であればあるほどに周りの評価はシビアだ。」

一番の気掛かりだった。そう、長男。長男としての立場が息子を追い詰める。ただでさえシカマルが生まれてから親たる自分たちにも一枚隔てて反応してくるようになってしまったのに。正規部隊に属する事を内心勧めたくなかったのは確か。

「現に貴方はシモクにピアスを譲らなかった。」
「…、」
「俺なら距離を置きます。自分を不要だと口には出さずとも体現する一族から。」

ナグラが机上に広げたのは暗部入隊の具体的な日付。そして奈良一族当主であるシカクの署名を求める手続き書類だった。

「この件はコハル様、ホムラ様にもご相談済みです。後は貴方の署名一つ。」

…シカクはその場で署名をせず、話だけ持ち帰った。どうすれば正解なのか。シモクの気持ちはどうなのか。中忍試験が刻々と近づく折にシカクは此処一番の選択肢を突き付けられたのだ。それは里を守る忍の一人として、

「俺が育てます。シモクを。」

父親としての選択だった。




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