149.海に沈んで貴方の声を聞くの

「よっ」
「どうも。聞きましたよまたチャクラ切れ」
「毎度世話になってるのはお前もでしょ」
「今回は俺じゃないですよ」
「ネジでしょ?わかってるよ。」

お前はネジの言うことしか聞かないからね。へらっと笑った、本日より同室の男。カカシを前に何も言わずに口元を引き上げた。シカマル擁する第十班とカカシがあん門から外に出たのは暇過ぎて感知をしていた新にとっては知れた事だった。その後すぐにナルトのでかいチャクラが後を追いかけていったのも。

「そうそう。お前に聞いてなかった。」
「なんです?」
「シモクの姿が見えないけど、何かあったか?昔のツテで暗部の連中を当たってみたがダメだったんだよね。いつも案件ばかり受ける奴だから周りが知らなくても仕方ないんだけど…ちょっとな。気になる」

晒された左右色違いの両目を前に言葉を探した。なぜ躊躇する?否。簡単に口走ってはいけない気がした。シモクがダンゾウの元へ一直線に向かって行ったなどと。ダンゾウは今も昔も火影の座を狙っている。初代火影、千手柱間の血を引く綱手とは三代目より更に険悪な仲だ。そんな相手方の方に綱手派閥の暗部が単身向かう理由などない。増してや自分を崩壊寸前にまで追い込んだ男の元へ誰が向かうというのか。…気のせいだ。シモクはなにも。どこにも行かない。歩幅は随分と離れてしまったけれど。まだ見える場所にいるのだと信じなきゃ…どうするんだ。

「カカシさん。このままじゃストーカー」
「嫌だけど。」

あー疲れた。カカシは背中からベッドに倒れ込んだ。見透かすような目から逃れて視線を落とす。短く息を吐いた瞬間カカシは口を開いた。

「それで。お前が里を広範囲で感知していた訳は?」

息が止まった。まさか感知している者の気配すら読み取っていたというのか。天才忍者の名は伊達ではないと痛感する。恐れ入った。確かに気配にかなり…かなり敏感な忍なら白眼の気配を一雫程感じるだろうが、その使い手すら把握するなど、

「いや…鈍ってしまわないようにと思って」
「確信なかったけどやっぱりお前だったの」
「…」
「ま。いいけどね。」

口を噤む新の顔を見ることなく天井の染みでも数えてるのかじっと上ばかり見る。つまり…カマをかけられたのだ。カカシとて術者の特定はできない。しかし僅かな気配を敏感に捉えたのだろう。それ以上なにも言わないカカシの頭の中はどうなっているのか。なにを目的とした短い返事だ。てっきり追撃してするのかと思ったがあっさりと引かれた。肩透かしを食らった気分だ。



のらりくらりと話題を避けるのは新には不向きだ。療養の最中、恐らく暇を持て余したのだろう事は簡単に予想できる。その白眼の気配は背中に触れるか触れないかの微妙な距離感を保っていた。白眼を使うのは日向一族だけ。その内の誰かではあるが、里内程度なら日向一族誰でも感知の眼を伸ばす事は可能である。確信はなかった。だからカマをかけてみた。素直で単純な新は見事にハマって墓穴を掘った。多分、日がな一日そうしているのだろう事。新が「なにかを見つけてしまった事」。他の暗部に聞いても首を横に振るばかり。期待して声を掛けた…あのイヅルは気味が悪い程にシモクを庇う言葉を吐いた。カカシは片腕で目を覆って細く溜息を零す。シカマル達の弔合戦に参加して身がボロボロなのは事実。チャクラ切れなのも…事実。なのにこうやって身体を引きづって里を這いずり回るのは……そう。大切な物が手から零れる…あの瞬間と感覚が似ていたから。シモクは自分達がなにかを成し得るのと同じように誰の目も憚らない場所で何かを成そうとする。それはなにも不思議な事じゃない。そうじゃない…のだけれど。それが正解かどうか。本人にしか分からないんじゃ、仕方がない。…父の最期の決断がそうであったように。知っていたなら。解ってあげられていたなら。子どもだったカカシにはなにも分からなかった。だけど今は違う。間違っていたなら他の道を共に模索する事ができる。それだけの力は蓄えた筈だ。…尊き犠牲の対価に。嗚呼そっか。なんでシモクの背中を見ると不安になるのか分かった。

「似てるからだ」

自分が傷付く事を厭わず最良の選択を。自分の判断を信じた、父の背中に。…父は「間違い」を幾重にも背負わせられて「懺悔」した。強かった、優しい忍だった。もし父が周りの事など気にも留ぬ性格であったなら、きっと今も目の前にいた筈だ。優しい忍は、何倍も傷付きやすい。そうして脱落していった者達の末路は悲惨だ。シモクは勿論後者の部類だ。ただ、父と違うのは…

「あー…カカシさん…えーっと…そのー…シモクって、火影様と喧嘩でもした…んですかねー…」
「へー。なんで?」
「いや!なんでも!ただ最近、まぁ確かに見かけないなー!!心配だなー!なんて!」

新達が側にいる事だろうか。




「ねえ」

ダンゾウの元に来てから幾日。そろそろ太陽の光が恋しくなってきたと吹きっ晒しの廊下を歩いていた時だ。頭にスッと前触れなく声が入ってきた。ぴたりと歩くのをやめて下げていた目線を上げればそろそろ見飽きた顔の内一人が立っていた。顔というか面。しかしツーマンセルを組んだサジでも、暇なのか自分を見掛けたらすっ飛んで悪態吐きまくるアカイでもない。

「ねえ、シモク。少しいい?」
「俺になにか用か?ニシ」

ニシ。ダンゾウの側仕え三号機。一番腹が読めない。色素の抜け切った髪は蛍光灯の光で更に実態なさ気で、影になっている半身と相まってかなり不気味だ。体ごと向き合ってやればニシは嬉しそうに左右に揺れた。

「僕の部屋においでよ」
「わかった」

こっちだよーと。話してみるとひょろ長い図体に似合わず子どものようだ。だが一番読めない奴だからこそ警戒を怠らなかった。ニシがどういう人間なのかも短い時間では理解できない。いや、ダンゾウに付き従う者を理解するつもりはないが。ニシは部屋に着いた途端短く息を吐いた。

「根にはプライベートまで覗く暇人はいないからね…改めて、付いてきてくれてありがとう。」
「いや。用はなんだ?」

ニシはじっとシモクの片目を見つめる。相手が話し出すまでシモクも口を開かなかった。すると唐突にニシは面の紐を解いた。その行動には流石に驚いた。完全に顔を晒したニシの顔は笑っても怒ってもいなかった。

「僕のこの行動に免じて、話を聞いてほしいんだ」
「…疑惑のある人間に顔を晒す馬鹿がどこにいる。早く着け直しな」
「奈良シモク。頼みます」

なんなんだ。面越しではない。直に目線を合わせようとするニシの目はどこまでも真っ直ぐだ。頑なな様子に妙な緊張感を持ちながら、なに?と問うた。

「…あなたは潜入なんでしょう。なにか目的があってここに来た。」
「そう思われても仕方ないな。」
「僕はやっと来たと思った」
「?」
「根を壊してくれる人間が、来たと思った。」

次はあいつら。サジの言葉が瞬時に蘇った。ニシは、あのダンゾウ率いる根にいながらかなり異端だ。…いや、これが普通なんだろうが此処では異端だ。根の部隊は生え抜きの人員で構成されている。同門同士の…精神すら冒される潰し合いの中で「絶対的命令」に忠実に従う者だけを寄せ集める。ニシとアカイは振るいにかけられる一歩手前。それを理解しながらニシは拒んでいるのだ。

「そんなことないと思う。」
「ある。このタイミングで、あなたが来た。」
「俺は俺の目的があって此処にいる。お前達の人助けの為じゃない。」
「わかってる。だから…お互い手を結ぼう」

僕はあなたの目的の為に協力する。だから僕の目的の為に、あなたの力を貸して欲しい。



「…お前が来るとはな…」

綱手は隣で狼狽えるシズネを視界に入れたまま訪ねてきた男を見上げた。この男が来たからには流石に騙くらかせる自信がない。なんたってこの男は三代目から続く火影の相談役でもある。頭の切れる一族筆頭15代目。

「シカク」

渋い顔だ、お互いがそう思う程。先延ばし避けてきた…要はかなりデリケートな話をしに来たシカク。奈良一族の頭として、父親として。綱手は里の火影、上司として話をしなければならなかった。シカクが直々に火影の元に足を向けたのは「根」に鞍替えする忍は火影直轄から離れる際に「色々な手続き」がいる事を知っていたからだ。そうでなければ暗部の重鎮と呼ばれる息子が居なくなって捜索しない訳がない。なにより一番回りくどくなくストレートな方法は火影に直接問う事。それでシラを切られたら隠密任務だと信じるしかないが…シカクに「会いにきた」という事。隠そうとするなら会いに来る必要はない。

「さあ…お互いどこから話すか。」




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