148.僕はどこにも逃げません

「お前には本当の名前は割れてるからそのまま伝える。俺は奈良シモク。木の葉隠れ猪鹿蝶の"鹿"を担う奈良一族長男だ。中忍試験を受ける前に三代目火影様より暗部への配属を仰せつかった。暗部に属して10年。今の今まで悪運だけで生き延びている。」

この男には既に身の上は筒抜けだ。別に隠すつもりはないのだ。サジは一呼吸置いてから口を開いた。

「俺はサジ。とうの昔に名は捨てている為今ある名で名乗る。第三次忍界大戦で一族諸共失い、ダンゾウ様の元へ下った。根に属して22年だ。主な隊務はダンゾウ様の側仕えと護衛。そして他班への任務の割り振りが大半だ。」
「…意外だな。俺に個人情報を与えるのか?」
「当たり障りない。」
「お前自身のセキュリティが心配だよ」
「これは純粋なる疑問だが、俺にはお前が立場を押してまで根に来た理由が分からない」
「…探し物をしている。」
「探し物」

サジは繰り返すように言葉を反復させる。机の上に組まれた大きな手はさながら神に祈りを捧げているように見えた。

「見つかりそうか」
「一人ではなかなか。難しい」
「そうか」

短い言葉を繋ぐことで、互いに腹を探る。サジの中でもアカイの言う通り俺は火影の犬なのだろう。リードがつけられていても急に噛み付き踵を返すかもしれない。その十二分な可能性。暗部じゃなくてもまず疑わしいだろう。根の中枢でここまで俺が自由に歩けるのはここの主であるダンゾウの権力のお陰だ。そのダンゾウの決定を不服とし、個人的に問いただしているという訳である。力ではなく言葉で。ダンゾウ部隊の主要人物にしては随分と穏便だ。

「探し物とやら。見つかるといいな」
「…あんたっていつもこうなのか?」
「こう…とは。」
「いや、俺を疑ってる?んだよな?」

そう言うと、サジの目元が細くなった。それはどういった感情から来る表情なのかは、目元だけでは推量れなかった。

「久々に外部から…面識のある者が来て興味があるのかもしれないな」
「へえ」
「お前は立ち直りの早い男だ。あれだけ憔悴したからには人としてすら使い物にならなくなったかと思った」
「俺はお前達と違う」

サジはまた、ゆっくり瞬きをした。

「最初は敵ながら同じ穴の狢。今や所属も同じ同僚だ。争う気はない。だが…お前を立て直したその存在が無くなった時、お前にも此処に属する者の定めが判るだろう。」

そんなこと…お前なんかに言われなくても。家族と言えどもシカマルも俺も。別の人間で、その命を晒す生業が忍だ。わかってる。唯一の砦である弟の存在が無くなった時。多分俺は変わらない。そう、やる事は変わらない。例え俺という感情が死に絶えても、やる事は変わらないんだ。俺にはナグラさん達から託された命の束が握られていて。この背中の後ろには忘れてはならない自分が奪ってきた命の塊が転がっている。ふと後ろを確かめては思う。俺は本当に彼らと道を違ったと。

「そうはならないよ。」

だが、こうも思うんだ。違った道でも再び交わる事があるのかな…って。それともそれこそ俺の妄想でこのままずっと自分は一人でこの道を死ぬまで歩き続けるのか。

「弟は、簡単に死ぬような男じゃなくてね。賢いんだ。本当に。なにより生きることに貪欲だ」
「似ているな」
「え?」
「お前も生きる事に貪欲だ」

どういう意味だと聞いてもサジはそれだけ言って話を任務内容に戻していった。




火影直轄暗部の寮とは違い、太陽の光の代わりに人工的な光が照らしつける殺風景なコンクリートの建物の中にいると時間さえも分からなくなる。風の音以外何も聞こえないし、誰とも会わない。向こうが「すれ違い」を望まないからだ。会うといったらこの男くらいだろうか。

「シモク。午後から俺と書庫の整理だ」
「わかった」
「そろそろ慣れたか」
「ここには俺とお前。それからあいつとこいつ位しかいないのかって思うくらい誰にも会わないな。そろそろ見飽きてる」
「固有名詞で呼べや!」
「あいつとこいつってどっちがどっち?」
「お前は気にする所が可笑しいんだよニシ!」
「僕達に見飽きてるの?」
「おいこら聞け!」

記憶には朧気にしか存在していないが、痛みを伴って体が覚えている。性格最悪なこの丸が三つ浮かんだ面を付けている男はアカイ。ひょろっと長細く、もやしのようなのが印象的なニシ。正直何を考えてるか分からない。この飄々とした感じは…カカシ先輩にどことなく似ている。

「お前達は第五棟の方担当だろ。」
「いーっつもアカイと組まされる僕が不憫だと思わない?」
「思わない。お前らはツーマンセルだろ」
「いーなーサジ。優しい相棒貰って」
「さっさと行け」

子どものように戯けるニシを悪態つきながら引きずっていくアカイの怒り肩を見送った。

「ああ見えて2人ともまだ二十歳そこそこだ。次は多分あいつらだろう」
「…根の事は大体教えてもらった。知らない事はまだ多いが」
「敢えて同門生同士でツーマンセルを組ませ、行動させる。それこそ"兄弟"のようにな。2人とも優秀な忍だ。…だからこそ、生え抜きとしてどちらかが残る。此処はそういう所だ」

…同門生同士の殺し合い。他里と似た事を、この木の葉で今も行っている。散々「甘い」と罵られる事の多い木の葉隠れも五大国の一つで、積み重ねてきた残酷な所業は大差ない。それが今も根付いている。ダンゾウが理想とするあくまで「里の為の」私設部隊に妥協も慈悲も存在しない。

「2人もそれを理解している。」
「…サジ。例えでも軽々しく兄弟なんて言葉を使うな。」
「嗚呼、悪かった」
「心にも無さそうな言葉」
「俺にはそう見えるからな」
「おちょくってるのか」
「そうムキになるな」

どうにも読めそうで、読め無さそうなサジ。そしてからかうような仕草は、どこかシモクという男の外観を壊そうとしているようにも見えた。




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