146.未来が見えていたのなら

「…無謀だ」
「すみません。」
「お前の力じゃダンゾウに太刀打ちできん。」
「それでも俺は後には引かない」
「甘やかし過ぎたようだな。独断で勝手な事を…」
「そう。勝手な事をしたのは五代目も同じ、おあいこ…です」
「…違いないがな」

痛い所を突かれて綱手は押し黙った。カリキュラムを火影公認で続行させた件だ。親心からにせよ凄惨な事態を引き起こしてしまったのは事実である。ダンゾウが絡むと更にややこしくなる。シモクの話は舌に刻まれた呪印の為に核をすっ飛ばし、かなり誤解を招く説明になってしまったが大筋は間違っていない。

「なので本日中にダンゾウ様より正式な移転の文が届くと思います。迷わず署名を。」
「…ダンゾウの組織、根はあたしの管轄を離れてしまう…なにがあろうと口出しもできん」
「覚悟の上です。」
「…イヅルには伝えるか」
「はい。お許し頂けるのなら父にも」

意外そうに眉を上げる。シカクに一報告げることは今の今まで一度だってなかった筈だ。しかし…その判断は妥当でもある。いざとなれば火影の助言役を務める奈良シカク。父親という間柄を無しにしても有事の際に動けるだろう。それ程、シモクがやろうとしている事は危険極まりない、賭けである。

「父とイヅル、五代目様。…それからオクラだけ」
「わかった。私の方から…」
「いえ。俺が直接。今の俺もオリジナルではありませんが影分身を向かわせます。」
「…伝えられるのか?」
「最後の言葉になるかもしれません、きちんと。」

暗部の奈良シモク関係なく一人の友のために起こす、これが最後の「自分」の我儘だ。




「影分身か。どうした。」

後ろを振り返りもせず先に声をかけたのはシカクだった。それがなんだか無性に擽ったくて嬉しい。なにも言わない影分身を漸く視界に入れたシカクは急かす事はせず、ただ静かに待った。一人将棋を指していたのだろう。盤の上の駒はシカクの圧勝である。ああ、本当に将棋強いんだ。父さんは。それを見詰めて、オリジナルの代わりに口を開く。

「友の為に自分が成すことをしたいんだ…火影直属暗部から離脱し、ダンゾウ様直属暗部に編入する」
「……」
「ごめん…詳しくは言えないんだけど、今じゃなきゃ駄目なんだ。」
「……」
「父さん達には散々迷惑ばかりかけてきたけど、お願い。俺は、」
「漸く見つかったんだな。誰かに言われるんじゃねぇ、自分のするべき事が」
「…うん。見つけたよ」

なんとも言えない笑みを浮かべたシカクは「何も言うこたぁねぇよ。」と片手を上げた。

「謝るな。俺と母ちゃんは、お前が自分の足でちゃあんと玄関から入ってきて無事を知らせてくれたら、それでいいからよ。」
「…、…」

言おうとして、やめた。もしかしたら一生戻れなくなるかもしれない可能性を伝えようとした。だけどシカクから返された言葉は「絶対の帰還」を固く約束させるものだった。遠い未来を見ているんじゃない。当たり前の日常をシカクはシモクに求めているのだ。

「生きてさえいてくれたら、文句は言わねぇさ」
「…っ」

自分の「生」を願ってくれる者がいる。なにかの糸が切れるように。シモクの影分身は床にゆっくり膝をついて問いかける。

「…俺に、できると思う?」
「できるさ。俺の倅なんだから」

詳しい事は何一つ言っていないのに、迷いなく発せられた言葉と共に肩に大きく分厚い掌が乗せられる。

分からなかったんだ。父さん。俺は2人の愛を受け取るには不器用過ぎて。でも、一世一代の大勝負を前にして……俺ならできるって。勝てるって断言してくれたこと。奈良シモクを息子として認めてくれた事だけは…俺、死んだって忘れないから。

「いってきます父さん」

煙と共にかき消えた息子の残像は直ぐに無くなり、いつもの縁側。日が差し込む緑の庭だけがあるだけで。シカクは盤の上に堂々鎮座する銀将を見遣った。…何度だって危険な任務はあった筈なのに、わざわざこうして会いにきたという事。それこそが…別れの挨拶も兼ねてなのは容易に想像できる。だからこそ、それだけは言わせなかったのだ。眉を顰めて今すぐオリジナルに問い詰めたくなるのを抑えた。シカクはいのいちやチョウザの様に言葉が上手いわけでもない。修行スタイルだって猪鹿蝶の連携プレーの基本を叩き込んだら終いだ。シカクは基本しか教えない。あとは自分の力で磨いて尖らせろという方針だ。そんな不器用な自分に似た長男坊が、漸く自分に向き合うというなら。背中を押すしかない。どんな我儘にだって付き合ってやるのが…今までしているようでできなかった、父親面だと思うのだ。暗部に押し上げたのは紛れも無く自分の投じた一票のせいである。真っ直ぐであった道を捻じ曲げて這い上がり不可能な最下層に落とした。そこでしか生きられなくさせた自分こそ、息子を信じてやらなけりゃ。何処のどいつがあいつの背中を押すのだ。危険であると分かっていながら見据える息子を、信じて送り出す。ここで行くなと縛り上げたならまたシモクを失意に落とすことになる。一度ならず二度までも。
…なにか策があっての賭けだと思いたい。何故里で最も危険視されているダンゾウの元へなんか。友を助ける為。ダンゾウの元へ下ることが友の為になるとは思えないが、自分の知らない複雑な関係があるのだろう。それこそ、シモクは暗部の事しか知らない。正規部隊の繋がりなど同期の数名しかいない。だとすればその「友」は限られてくる。カカシら辺を探れば容易に出てくる。確実に。 倅を信じていない訳ではないが、今回はどうも危険過ぎる。多少嗅ぎ回るのだけは親として許してほしい。シモクは他人の為に一人で唐突にどこかへ駆けて行ってしまうような男だ。そしていつかそのまま帰ってこないかもしれない。超がつく程お人好しで器がでかい。しかしシモクがそうしてしまうのは…無自覚に自分の存在価値を見出しているのでないか?人に優しくすることで自分の存在を見出す。そう、幼い時から刷り込まれてしまったのではないか?




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