145.隣に立てるようになりたいから

「一人丸腰で。何をしに来た」

吹き抜けの天井から光が注いでいるというのにえらく冷えてて薄暗い此処は、ほんの少し前に「世話になった」場所である。十字に架けられた橋の向こうから目敏くやって来たのは志村ダンゾウ。カンカンとつく杖の音が反響して辺りに響き渡る。周りに根の者が静かにこちらを見ているのが同業者としてよく分かった。根と火影直属は呼び名は同じでも統治している者が異なる為、その色ははっきりしている。滅多な事がない限り互いの領域に土足で上がらない。物珍しさと警戒と。半々が見て取れる。

「…俺は、里を守る為ならどんな手でも使う貴方の思想は今でも憎らしい。その為に俺の友人が巻き込まれた。」

片膝を着いて頭を下げる。…なんでもないのだ。こうやって弱いから、頭を下げる。自分が弱い事なんて、とっくに理解している。恥もなにもない。矜持なんて、捨てている。

俺の目的はただ一つ。

「…しかし暁の動きが活発した今、弟の師を殺し里を危機に晒す…イタチのやっている事が、憎らしくなった。今度こそ…イタチと面と向かい合った時。"暗部と暁"でいられるように。…帰還屋のこの俺。奈良シモクを使って下さい。」


…なにかを企んでいる。それを察せない程ダンゾウは阿保ではない。しかし「今が大事な時」であり、この奈良シモクが本当に駒として動くのなら。願ったり叶ったりなのも事実。前回のカリキュラムが半端だった事はその後のシモクの様子を観察していた暗部…サジから報告を受けていた。鬱陶しい火影からの監視が厳しいこの状況下で目的の1つであるシモクが突然単身で此処に来たのだ。根の暗部が集うこの場所がなんなのか解らない訳ではないのに。もしこれが火影側からの刺客だとしても今投じる必要性はない。「こちら側の情報」が漏れていない限りではあるがよりにもよって何度も同じ兵を向ける必要は無い筈。

「お前には多々驚かされるばかりだな。この根の巣窟がどのような場所か知らぬ訳ではないだろう」
「忍とは時に選択を迫られる。どちらを選べば良かったのか後悔する時もある。その術を与える…そう仰られたのは貴方です。」

…企みを実行する前に今度こそ壊せば問題ない。既に仕込んだ舌禍根絶の印がある以上、なんら隠し立てするものはない。してやられる可能性など万が一にもない。奈良シモクは扱い易い。それこそイタチと同じ道に自ら立ったも同然。この男が愛情深い事など百も承知。その言葉は本心ではなかろう。しかしこれは好機。今度こそ根と紛う事なき忍にすればよい。

「サジ。」
「御意」

サジ。カリキュラムの過程でシモクの身辺を世話した男である。美丈夫もいいところで体格もがっしりしている。サジは顔を上げたシモクの目になにか強い意志があるのを面越しに汲み取った。短い期間であったが今まで見てきた中で、一番冷静で確固たる目的を持って此処にいる。それが何かは知らないが、その目の強さはこちらまで感化されてしまいそうでサジは直ぐさま視線を逸らした。…人の変化を敏感に悟るシモクは彼の仕草を見逃すことなく、じっと捉えていた。

「火影直属から根への鞍替えと受け取ってよいな」
「はい」

簡単に、ダンゾウが隙を作るはずがない。だけどこちらも時間がない。シカマルに劣れど、忘れてはいけない。シモクも頭脳派奈良一族である事を。サジを糸口に、成功させる方法はある。確実に。着いてこいとばかりに背を向けるダンゾウの後を追う。必ず…見つけてみせる。

ダンゾウの右腕の写輪眼を一つでも奪う方法を。



「入院しているって聞いていたけど、元気そうで良かったわ」
「紅さん……」

シモクのチャクラが地下に途絶えてすぐに扉がノックされた。顔を覗かせたのは久しく見ていなかった夕日紅。

「私も病院に用がね。ヒナタからあなたのこと聞いたから最初に寄ろうと思って」
「え?あれ。紅さん、お腹…」

無遠慮に人差し指を膨らんだ腹に向ける。分かっていたにはいた。アスマと紅の関係を。早く結婚しねーかなーとも。しかし久し振りでこれはインパクトがある。そっと顔に笑みを浮かべる紅に新は窓辺から飛び上がった。

「え…えー!俺知らなかった!知りませんっした!おめでとうございます!」
「ええ。ありがとう」
「なんだよアスマさんーー俺に何も言わないのかよ。ていうか紅さん一人でここまで歩かせるなよ!」
「……新、あなた…」
「紅さん!アスマさんどこに居ます?俺がアッパー食らわせてそれから、」
「そう…知らなかったのね…」
「…え?」

紅の口から告げられた訃報は新の大きな眼を更に見開かせ、ぼろぼろと溢れた涙は紅にもすぐに伝染し、しかし突然のこと過ぎて声が出せなかった。…アスマさんの死。…小さな頃から。アスマさんはずっと生意気だっただろう俺の相手をしてくれた。団子を、いつも奢ってくれた。人に食べ物与えるのが日課みたいに、いつだって、アスマさんは。

「ごめ…ん、ごめんなさい、ごめんなさい紅さん、俺…貴女に、辛い事を言わせた…っ」

顔を覆っても尚、話してくれた。アスマさんが殉職したのはつい最近の事。暁との対戦で、それで。俺の元にもその知らせが来ていた筈だ。だけど俺はあの時日向家の事で精一杯だった。だから。葬儀にも…。

「…その子…紅さんと、アスマさんの子どもですか?」
「…そうよ、ええ、そうよ」
「…アスマさん、言ってたんです。木の葉を将棋に例えたらって。勿体ぶるから…直接答え聞いたんです。そしたら、あの人カッコつけたよ」

アスマさん…

「ほんと、カッコつけるよなあ…!」

彼の、無骨で煙草臭くて、頼もしい笑顔が浮かんでは絶え間なく笑ってくれた。いつか死ぬのは、みんな同じだけれど、それでも。こんなに突然なんて誰が思う?妻子残して、アスマさん。紅さんと二人して床に崩れ落ちながら暫く腫れが引かないだろう程、泣いた。こんなことになるんだったら、もっと、もっと、話したい事あった。喧嘩腰ばっかりじゃなくて。俺は。俺は。


_俺の一族皆ネジを押してんだけど…まだ7歳だぞ7歳!!一桁!!
_わかったわかった!落ち着け!紅!なんとか言ってやってくれまたいつものだ

_信じてやれよ、ネジならきっとやってみせるって

_子どもってのは思ってるより早く成長するもんだ、あっという間に
_アスマさん子どもいないじゃん…あ、これからか。惚気?
_ば、馬鹿か!それは今関係ないだろ!

_…俺はシカマルに木の葉の玉はなにか、と尋ねた事がある。…新はなんだと思う

_玉はな、


「なんだよ…あんた、…俺、あんたに感謝しか出てこない…嫌味沢山言っても、ハイハイって流しててくれるの、あんただけだったから…!」

失う事は、なによりも辛い。だけど、紅さんに宿った命は、きっと、絶対にあんたと同じように。強いと思うんだ。アスマさんの玉は、確かに。確かに俺たちが。

それから、アスマの弔いを制したシカマル達が無事に帰ってくるまでの間、二人して必死になって濡れタオルを目に押し当て続けた。




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