143.これからは好きにしていいよ

このままじゃいけない。無理だ。壊れてしまう。あの日、三代目火影に暗部入隊を命じられてから今まで。長い事、暗部で生きてきた。逸れる道がなかった訳じゃない。カカシ先輩や弟が何度もその道を用意して呼んでくれた。だけど俺だけ。人が作ってくれた「逃げ道」に足を向ける事なんか出来なかった。己の身や心が折れる覚悟を、していた筈だ。でも、関わった何人もの人の道を削って、壊して。その上に、立ってしまって居る。それが俺の思い込みの過剰だと周りの言う事を素直に信じられたなら、俺は今までの過程を振り返る事などしなかった。
自分のしてきた事は、誰よりも自分が分かっている。解っている。勝手に自己機嫌になって勝手に落ち込んで。そんな事、絶対思わないようにしていた。思わせないようにしていた。それが、ボロボロと剥がれてしまって。考えたくない事を考えて、怖くなる。甘えていい歳じゃない。でも、どうしたらいいのか分からない。なにをしていたら正解だったのか。なにをするのが正解なのか。ざわざわざわざわ気持ち悪い。様々な後悔が脳裏を高速で過ぎ去る中で、尚自分の中にじっと鎮座するそれが、全てな気がした。

俺は、人の不幸の上に生きている。

弱い俺は。ずっとずっとずっと。歴代火影の顔岩の上で見下ろす木の葉の里はいつもと変わらず穏やかで。ぼうっと眺めていたら中枢から追い出されるようにして木の葉地区が遠目に見えた。この里は俺が生まれ育った場所。あいつが…イタチが懸命に繋いだ、自分の命より重いと言った場所。今もどこかで生きているイタチは、今も俺の事を信じてくれているのだろうか。

「…、…」

俺は…イタチすら傷付けた。簡単に忘れたどころか、俺だけは絶対に向けてはいけない敵意を向けてしまった。理解したかった筈なのに。なにも出来なくて。なにも…してやれなくて。あの時の言葉は全部覚えてる。

__俺が重荷になる日は、少なからず来ると思っていた。俺もお前も昔のままではいられない。お前が蛇を見て驚いたり、馬鹿な事をして笑ったり、泣いたりしてくれたお陰で。

__お前が…そこにいてくれたお陰で、俺は俺を見失わずに済んだ。ずっと礼を言いそびれていた

__…ありがとう、シモク

「ありがとうじゃ…ない」

どうしてお前ばかりがそんな目にあうのか。どうして里はあいつにそんな任務を言い渡したの?なんで、俺は…あいつを助けてやらなかったんだろう。

「…俺とお前が逆だったら良かったのに…」

イタチは、里に必要な忍だよ。俺なんか一人残ってたって、おまえには到底叶わない。俺は強い人間なんかじゃない。だから…

「…、帰って…きてくれ…イタチ」

俺と一緒に、また、…

「シモク!!!!ここにいたか!!!」
「ッ!!?」

ダンッと、決して脆くはないが火影の顔岩に物凄い音を立てて、更には腹の底から出しましたと言わんばかりの声量で着地したのは戦友のオクラだった。白い歯が全部見えるようにニッカと笑った。

「オクラ…脅かすなよ…」
「俺の気配くらい感知出来ない程、なに考え込んでたよ。」
「べつに何も。」
「いいよ。ほら立て。行くぞ」
「行くってどこに…」
「まあまあ!」
「気持ち悪…」

ぐいぐい押されて強制的に思考ストップさせられ促されるままにオクラに続いた。隣を歩くオクラは笑っているものの、どこか…なにかを決意したかのように、清々しそうだった。



シモクが心配だ、悪いけど頼めるか。…最初は誰だこの人って思ったが、そういえばシモクがボロクソで帰ってきた時に病室にいたのを思い出した。確かあいつの上司だ。暗部ってもっと冷え切った関係なのかと思ってたけど案外そうじゃない事を意外にも知った。自分はこれから任務に就くが、どうもシモクが引っかかるらしい。恐らく自分より観察眼に長けた暗部の人間が言うのだから間違いないだろう。カカシさんも弟も里にいない。新でさえあんな状態だ。
常時誰かに支えて貰わないといけない男ではないのだが…それこそ思い込みであったなら。

「…、…」

なにかを必死に押し殺すように身を屈める背中を見つけた時は、手を伸ばしかけて躊躇した。今…ここでオクラの気配すら気づかないシモクは、それだけ自分に集中しているという事。昔から…そうだった。

「…、帰って…きてくれ…イタチ」

うちはイタチ。シモクの中にもうずっと長らく居座る存在。奴のなにがそこまで友人の中に根を張るのだろうか。俺達がいても、シモクはうちはイタチを追いかける。その差はなに。問うた所で答える事はないのだ絶対に。拷問にかけられたって身一つで耐え切るような男に、なに言ったって仕方ないだろう?
オクラは静かに、細く深呼吸した。情報という、剣より勝る武器を取り扱う部署に在籍するオクラ。独自に調べた「武器」はきっと今のシモクに必要だ。里の長、火影から箝口令を敷かれていたとしても。それによって木の葉で何か不都合が起きようと。友を助ける、ほんの少しの力にでもなれるのなら。頼られないのは、本当に悲しい。悲しいが、当然だ。俺は、何もしてやれなかったから。

「シモク!!ここにいたか!!」

誰が何を言おうと、お前はうちはイタチを信じている。それは呪縛なんかじゃない。俺がお前や新を思うのと同じで、どうにしたって取り戻したいモンなんだろう。

「これからお前に奴の情報を渡す。それを知っても尚、うじうじ悩みやがるか。自分に出来ることが何かを、考えろ」

火影の命令違反。上等。俺は「掟」や「縛り」を守ったばかりに本当に大事なものを亡くした。もう…後悔なんかしてやるものか。

俺の忍道は「正直に強く生き通す」。

これに尽きる。だから、自分の命令に従う。今がその時なんだ。必要な時なんだ。人の業を見てきたシモクに形の良い親切な言葉は届かない。元から人とは、率直な言葉しか心に届かないものだ。腫れ物に触るようにしていては、絶対に届く筈がなかったのだ。離れていた時間が長かったばかりに、俺はまた見失っていた。面喰らったようなシモクの顔を見下ろして笑う。未熟が過ぎる俺だって、お前達の事を見て、守ってみせる。




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