142.この淀んだ空気に犯されませう

草間を収容している施設に立ち寄ったのは命令があったからだ。どうやら彼女の発言の奇天烈さに呆れを通り越した尋問部隊は手っ取り早くシモクを置き尋問するという姿勢をとった。捕縛の際にシモクの前ではペラペラと喋り倒した事。その事実が白羽の矢となった。対面ガラスにべったりと両手をつけ恍惚とした表情の草間の前で微動だにしないまま。尚且つ面まで付けてフル装備の状態で尋問に望んだ。

「聞きたいことがある。本当の事を教えてくれ。」
「憎い…あなたの腕の中にいる人たちが。当たり前とでも言うようにあなたに接する人たちが」
「暁について問う。俺以外になんの情報を齎した」

……先輩の言う通りだな。全く話が通じない。自惚れではない、草間は最早シモクを奉っている。捕縛の時に完全に突き放したと言うのに、本人が目の前にいてもこれだ。聞くところによると家族にでさえこのような状態らしい。シモクでも駄目なら拷問部隊に引き渡す他ない。あの時の自分のように。口を割るまで続く拷問に耐えられる者など早々いない。時間の無駄かと席を立とうとした時、草間が口を開いた。

「…木の葉の里は、もうすぐなくなるのよ」
「…どういう…意味?」
「世界に痛みと優しさが齎されるんですって…」
「それは……誰の言葉?」

「…神さま、かな」

なにか起こる。直感で思った。椅子に座り直して暫く粘った。今の自分が草間と対話をし続ける事が決して良いとは思わなかった。何故なら健全だった筈の草間の、ただただ純粋であった筈の想いを。こんなに歪ませたのは紛れもなく自分であるからだ。それは誰がなんと言おうと事実であり、罪意識ばかりを背負うのが立派な男はまた一つ罰を求める。支離滅裂な草間と話をして数刻。これ以上なにも出てこないと判断し、ゆっくり立ち上がった。

「私ね………あなたが好き、愛してる。…それだけは……お願いだから……覚えててね…」

背中に投げかけられた言葉に、ぐっと胸を押さえた。

「あなたは……何も悪くないの」

そのどこまでも優しい声色に、久し振りに泣きそうになったのは草間に同情しただけ。それだけだ。そんな、言の葉一つで許される事はしてないのだから。足早に部屋を出て地上への階段を上がれば生暖かい風が両脇をすり抜ける。

…人の思いは、とても重い。なにも応えてなんてやれないのに。"彼女達"は想いを口にする。その度に第三の目線から見る自分はいつだって酷い男であり、表情を取ってつけたかのようにちぐはぐで。それでいて相手の顔すらまともに見れない。今だって、あの時だって。

あなたは何も悪くない。

…それでも、誰が何を言っても、結局は。今更ずくずく痛む心臓を押さえ込んで顔を上げた。こういう時、こんな気持ちになれば嫌でも他の事も思い出してしまう。なにも、思い出すな。起きた事は巻き戻せない。時は戻らない。戻らないんだ。何度後悔したって、何度謝ったところで。俺にはなにもできやしない。

「!シモク、任務から帰って来ていたのか」
「テンゾウさん」
「カカシ先輩に聞いたよ。上忍捜索任務に着いたって。」
「えぇ。任務は成功。対象は尋問部隊に引き渡されました。今はまだ聴取の最中です。」
「…そうか」
「はい」
「成功、にしては酷い顔色だな。」

視線が合わない。最近こればかりだ。楽しい任務なんて存在しない事は承知しているが…忍とて人間。精神的外傷が大きい程。任務の成功率を大きく下げる可能性がある。鋼の精神を持つ奈良シモク。この短期間でそれが多過ぎやしないか。大名子息の護衛任務で失態を犯したシモクの謹慎はすぐに解かれた。暗部のテンゾウがナルトの修行の為に正規部隊に転化し、二本柱のうちの一本を失った暗部の要はシモクに偏る事となった。確かに暗部組織は優れた忍が集まる場ではあるのだが、なにせ危険な任務を負う為、殉職者の数は正規部隊より深刻だ。その功績は明かされない為表面化していないものの、人員不足である。ベテランの大半を数年前の木の葉崩しで失ってしまった事。経験が少ない成り立てを派遣する訳にもいかず、そうなれば残るベテランが気張る他ないのだ。勿論そのベテラン勢の中にはシモクも含まれる。加えて暁の動きが活発化した今、休む暇など与えたくても与えられない状況。

「いえ。テンゾウさんこそ、これから任務ですか」
「あぁ、緊急だ。僕達第七班、カカシ先輩含む第十班の増援に向かう。君の弟のいる班な筈」
「成る程。引き留めて申し訳ありません。」
「心配じゃないのかい?」
「心配ですよ。それはもう。だけど…信じなきゃ、俺の身が持たない」
「そう…わかった。」
「でも、お願いします」

草臥れた顔に笑みを乗せたシモクはそのまま深く頭を下げてから走り去った。追いかけた方がいい。そうは思うも、優先すべきは彼の弟が本丸の暁討伐任務だ。無意味にシモクを追うよりもそちらを確実に仕留めた方が良いに決まっている。その暁のせいで評判を落っことす事になった、シモクが「逃げる」を選択した相手。カカシが付いているとはいえ、フォーマンセルだけではどうなるかわからない。…最後にシモクは頼むと言ったのだ。なら自分はそれを汲むしかない。一度考えをリセットするように目を閉じたら、迷いなんか消えている。そう、いつもなら。




『…?なにそれ?』
『え。あぁ、すまない。弟によくしていたものだから』
『弟にって…俺の方が歳は上だよ。あれ?上だよな?』
『どうだったかな』
『俺の方が上だって。三つ離れてた筈』
『関係ないな。』
『まぁうん気にしないんだけど…。その額突きはよく弟にやってるの?』
『あぁ。弟が駄々を捏ねた時にな』
『……。』
『だからすまないと言っているだろう』
『別に怒ってないよ。でもそうか、お前には俺が駄々捏ねているように見えたんだな。』
『なんだその奇妙な笑みは』

『いや、ごめん。あのさ俺、昔からよく言われてたんだ。"いい子"って。そりゃいい子でいたら角が立たない。小さい子にありがちな発想でしょ?昔っからそう。駄々捏ねてる、なんて思わせもしなかった。』

…いつの日だったか。定かじゃない。

『でもお前がそう感じたって事は、』

お前が俺に向けた笑顔は、

『全部見せてもいいやって。俺自身がお前を信頼してるって事だよね』

たとえ記憶が焼き千切れても、弟同様に忘れる事などないのだろう。

ぱちりと眼を開けた。薄い霧が周りを多い、ほんの少しの肌寒さも感じる程。もう時期真昼に差し掛かるのだろうか、太陽だけは高い位置に登ってい浅い眠りだったにも関わらず懐かしい夢を見た。…シモクに、会ってしまったから。時に兄、時に弟のような男。言葉で例えるなら…そう、情すら超えてしまった。己の全てを知って、保持して守ってくれるシモクに、

家族と同じくらいの、愛を持ってしまったから。

境遇は違えど、似たような道を歩んだ彼に。シモクの全てを信頼した。もし、今。任務の為に彼を殺せと言われたら。きっと俺は…躊躇する。だってシモクは周りが思うより、弱い。脆い。木の葉の帰還屋、暗部の重鎮なんて大層な肩書きを与えられても面の下はきっと、堪えようと必死でその重荷を噛み砕いているのだろう。シモクがなんの肩書きも背負っていなかった、あの頃。ただの任務でさえ消耗していた。…暗部は人の命を積極的に奪う。優しいシモクには、それが辛い。しかし嫌だと言えない。それが里の、奈良家15代目の父親の意思ともなればシモクの境遇から考えても言えるわけがない。その時代は戦争の爪痕が色濃く残る時代。誰もが身を粉にして任務に当たり、里の内部でも問題がせめぎ合っていた頃だ。忍の子どもには、なんの権利もない。どれだけあいつの外見が大人になっても。どれだけあいつの技が極まろうと。俺には、あの日と変わらない少年に見える。

「…げほっ、」

喉が焼けるように痛んだ。確実に自分を侵す病はついに意識せずとも目に留まる程に肥大化した。…自分の勝手なエゴの為に、大切な友人を巻き込んだ。その償いが出来るまで、死ぬ訳にはいかない。

…そうだ。俺はあいつに何か残してやる事は出来ないだろうか。思い出に縋って生きるしか出来ないお前に、俺は何か…残してやれないだろうか。失うものばかりが多過ぎるお前に、なにを。




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -