141.泣いてばかりでは意味がない

病院に入れられて少し経った。少し経って…新は1人、自分の足であの崖淵に座り込んでいた。記憶の端に追いやったものが溢れたその時に。同時に思い出したものが沢山あるのだ。

「俺は何一つとして勝てなかったな」

あんなに双子に優劣が出るとは。両親もさぞ驚愕した事だろう。

「あ。喧嘩はいつも俺の勝ちだった。でもそれは元々そういうの好きじゃないお前がいつも引くから。」

いつだって、お前が大人だったから。

「お前が生きてたら。きっと、シモクともオクラとも。仲良くなれたな」

そして、きっとネジを心底大事にした事だろう。日向の天才同士、分かることも沢山あった筈。それを奪ったのは他でもない俺自身だ。許されない身分にいながら、縋って泣きついて。でも、そうしなきゃ…とても俺は俺でいられない。ずくりと脈打つこの両眼が自分の心臓と同じリズムだ。昔は違う音を刻んでたはずなのに。…いつからだろう。お前を羨ましがるようになったのは。いつからだろう。お前を妬むようになったのは。

「戻れるのなら…俺は、なんだってするよ。」

シモクは言った。弟を殺めた事は未来永劫変わる事はない。その命を糧に存在する俺は生きなければいけない。数多の屍の上に立つシモクは、言葉通り変わる事なくそこに立ち続けていて。絶対に倒れる事なく。じっと耐えている。…あいつが耐えてるのに。俺が出来なくてどうする。

「ヒザシ様…貴方に会いたい。だけどきっと俺は貴方の元にいけないんだろう」

馬鹿な事をした俺は。きっと、兄弟を守った貴方の元には行けない。この地獄という名の現実で、今を、生きていく。それが俺にとっての罰である。全て忘れるのは許されない。背負って生きるのが、償いなのだと。優しい光が照らす木の葉には、いつも通りの風が吹き抜けていた。

…この時はまだ。



「気を落とすな。な?」
「…ありがとう…」

オクラは可哀想なほど大きく前に傾いた背中をぽんと叩いた。暗部の任務は機密だが、今回は木の葉の上忍の捜索だった。諜報機関に属するオクラは卸された情報を既に処理していた。誰が、何の為に、何をしたのかを。

「草間の件は、…どうしようもない。私情を挟み、木の葉の里を危険に晒した。奴の自業自得だ。」
「…皆んな、そう言ってくれた…だけど本当にそうだったか?俺が…発端なんだろ?」
「そんな事…言ったらきりが無いだろう」
「……防げた事かもしれない…俺がいのの時みたいに…」
「あのな、よく聞けよ?」

目の前に両膝をついて顔を覗き込む。まるで幼子を諭すように。

「人の責任まで背負うな。お前は悪くない。きちんと、草間を連れて帰ってきたじゃないか。仲間皆んな、無事だったじゃないか」

…求められるのは。結果だ。シモクはきちんと草間の生け捕り任務を遂行し、仲間全員無傷で帰ってきた。聞くところ、シモクの受け持つ任務のレベルは周りの比ではない。今でも戦争の名残は残り各国各里の小競り合いは留まりを知らない。里の守護を主に担う暗部にとって、戦闘は本気の戦闘なのだ。敗れれば、木の葉隠れの里に危害が及ぶ。己達で是が非でも食い止めろ。その為の命だ。…暗部組織が創設されてから、ずっと。体に血に。染み込んでくる言葉だ。

「お前を許さないのは、お前だけだ」
「俺はお前が思うより案外酷い人間だよ。それは暗部だからって理由じゃ済まされない。」
「…、」
「…なんて、言ったらお前も弟も怒りそうだな」
「よく知ってるな。喉まで出かかったぞ」
「あはは」
「…俺もお前も、大人になっちまったな」
「…お互いなんでも言い合える立場では無くなったのは確かだな」

暗部構成員のシモクと諜報部隊に属するオクラ。互いの所属が互いに線引きをする事で手助けはすれど公に協力関係になったとは言えない。同じ火影直轄機関だとしても漏洩できない情報・行為・発言。どれも共有するにはあまりにも危険であるからだ。暗部は特に自立した諜報班を有している為、オクラの属する機関とは縁がない。扱う情報も違う為に、益々相入れない。

「草間は罪を犯すし、新は病院入れられたっていうし。…俺たちの世代は、本当に参るな」
「…屈折した時代だったからな…どこも人手不足で、子どもも大人も求められるものは対して変わらなかった。」
「…俺らはそんな戦争後の爪跡が残ったすぐ後の世代。生き残ってる奴等はそれこそ有能だが、どうも捻じ曲がってやがる」
「…お前は、昔からまっすぐだよ。オクラ」
「なんだよ急に。気持ち悪い。」
「俺たちが3人でいられたのはお前のお陰だと思ってる。凄いやつだよお前って」

そう語るシモクの片目が昔みたいに弓なりに描くから。当たり前だと笑って返してやる事が一番な気がして。オクラは一度瞬きをした後、同じように口角を持ち上げた。いつ、誰がどうなるか分からない今を。伝え損じが無いように。未練がないように。そう思う2人の若者はどこまでも忍としての自分を受け入れ、その若さに似合わぬ荷を身体中に纏わり付かせていた。本当の意味で分かり合える事などない。同じ場所にいても同じ空気を吸っていても。はっきりと引かれる線引きはどこまで走ったって、途絶える事なく続く。昔のように、なんて戻れるわけがないとオクラだって承知している。

「変わらないさ。これからもだ」

歯を見せて笑うオクラに、シモクもそっと笑んだ。…全てを言えたならどれ程楽だろう。オクラだけじゃない。カカシや新。家族。…シカマル。この気持ちをどこに消化していいのか分からない。分からないから消えずにそのまま、ずっと居座り続けるのだ。寝たら忘れると言う者もいるがシモクにはそれが怖くて出来ない。意識すればする程ドツボに嵌る。優しい性根がそれを許さない限り苦悩は消えないのかもしれない。寝ても覚めても消えない傷ならば、どうしてやればいいのだろう。時間が解決してくれることも無く、むしろ逆に首を締めていく。草間にしてもそう。イタチにしてもそう。恩師であるナグラにしてもそう。根底にあるのは…後悔だ。なにを言って取り繕ったって、誰がどんなに側にいたところで自分が自分を許さないのなら意味はない。逃げ場がないじゃないか。それでなくても暗部部隊に属し、一部を除いて崇高な存在に召し上がられたシモクはその立場を崩すことなど簡単には叶わない。その足元には、無数の犠牲が存在しているからだ。そんなシモクを想像するだけで、同情してしまう。しかし自分の意思ではない暗殺部隊に強制され、最前線の現実に直面し、師を亡くし、犠牲の上に立ち続けて倒れない。その強さが、完璧に彼を"可哀想"と言わせないのかもしれない。

「今度こそ…俺は繋ぐぞ。お前も新も。ひっ掴んで離してやるもんか」
「なんの話だ?」
「俺の独り言だ!」
「はあ。」

シモクが暗部を去るとき。それはその命が費えた時だと、確信している。




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