140.僕の声は君に届いているだろうか

「草間は成り立ての上忍だったらしい。両親は健在。暁と直接的に関わる任務には今までついていない。」
「五代目の感が外れる事を祈りたいな」
「そろそろ目的地だ。俺たちよりお前の方が容姿分かってるだろう。頼むぞ」
「はい。」

もし、本当にレンカが情報を流していたとしたら。…なぜ。何のために。シモクは面の下で唇を結んだ。本当に心当たりがない。アカデミーの頃は、そんなに話した記憶もない。ただ、内気な少女という印象。暗部になった事はかなり前に会った時話したが、それっきり。

「事実、草間は行方不明…。今回の件、どう見る?」
「草間にとってのメリットはなんだ?五代目はシモク絡みだと睨んでるらしいが、里を敵に回してまでとは…捨て身過ぎじゃないか?そこまでするか?」
「女の心境は複雑怪奇だっていうだろ?」
「おいお前達。決まったわけじゃない。シモクに変なプレッシャーかけんな。」
「!!対象発見。確認を」

先輩暗部に呼ばれ、遠目からじっと気配を殺して確認する。…草間だ。間違いない。こんな所でなにを。

「……勘弁してくれ。」
「……決まりだな」

シモクの顔から色が失せた。草間が接触したのはシカマルの師を殺した。そして自分とも戦闘した、不死の角都と飛段だ。暗具を握る手に力が篭る。表情から見て、強要されている様子はない。

「…先輩、行きますか?」
「まだだ。俺たちの任務はあくまで草間の回収。それにあいつらは報告に上がった暁の角都と飛段だ。相当な戦闘能力差である事は、…猿飛アスマの件で判明している。」
「…暁が草間から離れたら一気に囲め。」

イヅルの面がこちらを向く。シモクは無言のまま頷いた。草間が素直に言う事を聞かなくても、圧を掛けてでも木の葉に連れて帰る。だけどそれすら不可能だった場合。暗部の精鋭部隊が5人もいて、それはないと思いたいが。暗部は殺す事に関してのエキスパートだ。どれくらいで人は倒れるのかを熟知している。

「あと30秒待て。暁の気配が完全に消えたら仕掛ける」

レンカが、何を思ってこんな事をしたのか。それは身柄を拘束してから割らせればいい。ゆっくり体勢を前屈みに伸ばす。

「…お前は最後に出ろ。」
「御意」

合図と共に、他の暗部が音を立てず一斉に下る。最後にシモクが地面に降りた時には、レンカは目を見開いて腰を抜かしていた。そこまで驚く事はないだろうと思ったが、それだけ先輩達の動きが素早く滑らかで、恐怖を感じる程に…速かったのだろう。

「木の葉隠れのくノ一、草間レンカだな。火影より暗部に捜索指示が出た。念のため貴様を一時拘束する。」
「そんな…待って、早過ぎる。だって、私まだなにもできてない!あの人の為に、なんにも出来てないの!」
「あの人?」
「あなた達は、木の葉の暗部でしょう。私は…暗部が大嫌いよ…私の大切な、大切な人を壊して…跡形もない姿に変えて。」

先輩暗部の顔がシモクの方を向く。どうやらシモクの事…で、ある程度間違いではないらしい。そして、草間は目の前にいる暗部がその人である事に全く気づいていない。

「わ、私はっ!彼を助けたいの!!…暗部は帰り道をなくした人達の集まり…そんな中にいさせたくない!」
「…一連の行動は見させてもらった。暁に、なんの情報を渡していた」
「なにって。決まってるでしょ?……シモク君の事よ」
「先輩の情報を売ることで、貴女になんのメリットがあるんです。」
「私に?なにもないわ…ただね、角都って人がシモク君を探し回っているって知って、そこで思いついたの。…シモク君を解放するには、もう」

その後に続く言葉にブチ切れたのは意外にもイヅルだった。拳を叩きつけた地面がべっこりとへこむ。

「…先輩の命は、あんたなんかに支配されないんだよ…なにも知らない癖に…出過ぎた真似しやがって…!」
「わっ、分かってないのはそっちでしょう!?シモク君は人一倍優しい人!!暗部に入ったのだって、自分からじゃない!一刻も早く辞めるべきなのに!…なのに貴方達がそうさせないから、だからシモク君はどこへも行けないの!!それなら、それならいっそ!…死んだ方が幸せなの!!」

「もう黙ってくれないか」

…唐突に聞こえた想い人の声にぴたりと口を閉ざした。暗部の人数は5人。自分を拘束することなく、ずっと成り行きを傍観していた一人の暗部の男が何者であるか…理解する。

「シモク君なの…?」
「耳が痛い。君の言葉は。」

冷えた声色に混じる怒気を感じた周りの先輩暗部もそっと体勢を整えた。…草間が、シモクに殺られるかもしれないと思ってだ。

「俺の情報が流したのは、お前か。だから角都は素顔の俺を見ても、俺だと判断できた。暁を利用して、俺を殺すつもりだったんだな」
「殺す、だなんて…そんな、私は…」
「それも今。五大国で最危険度レベルにまで跳ね上がっている組織…暁に木の葉の情報を簡単に渡した。」
「き、聞いて!あの、私はただっ!新君から聞いたの!新君が、もうだめだって!近づくなって!暗部のプログラムを受けたから、前のシモク君じゃないんだって!新君達の言葉すら届かないなら、もう誰も何も出来ない!でもね!誰にも出来ない事を、私は出来た!それはシモク君の為!その為ならなんだって出来た!たとえ里を敵に回しても!!」

言い切ったレンカは笑みを浮かべて顔を上げる。きっと、シモク君は笑っている。だって、シモク君の為にここまでやれる子って、他にいる?あの山中の娘さんだって、絶対ここまで出来っこない。里や家族を捨てても構わない。そう思える程、私は。

「…どうして…?なんで、そんな目をするの?」

鹿を模したぽっかり空いた目元。薄ら寒くなるような瞳が、ただレンカを見下ろしていた。その瞳から伝わるのは露骨な程に浮かぶ…失望。

「任務はお前の回収。話は木の葉に戻ってからゆっくり話しなよ。尋問部隊の前で。」
「ねえ…待って…。私、貴方の為に…!貴方の為を思って!!!」

「俺は好きな人にはね。悲しい事があったって辛い事があったって、それでも生きていて欲しいと願ってる。」

生きてさえいれば。またいつでも立ち上がれる。
生きてさえいれば。またその笑顔を見れる。
生きてさえいれば。また、隣に並べる。

「望まれない死ほど、辛いものはない」

誰かの幸せを願うことは誰かの死を望む事とイコールじゃない。残酷でも、無慈悲と言われようと。生きていて欲しいと思う。レンカは、逆を望んだ。それだけのこと。俺なんかの為に。俺みたいな、価値に値もしない人間の為に。

「俺のためになにかしたいと本気で思っているなら、もう関わらないでくれ」

関わらない事。それが彼女の一番の幸せ。突き放すのは、俺なんかの為に道を外れた彼女への唯一、

「もう二度と。」

唯一、俺にできることだと信じてる。



なんで。なんで。私はあなたの為に。あなたが、泣くから。子どものように泣いてしまうから。里の為に、家族のために、弟の為に。身を粉にして働くシモク君。…羨ましくて憎らしい彼の腕の中にある人達。無償で向けられた笑顔が。当たり前だとでも思っているの?シモク君のこれまでの任務歴を極秘ルートから探るのは難しくなかった。彼は暗部と言えども、暗部の重鎮。いい意味でも、そうでなくても。暗部の中で知らない者は誰一人としていなかった。精鋭部隊ナグラ班に所属。木の葉崩しで隊が全滅した過去を持ちながらその意思を継ぎ十字架を背負い、十数年に至るまで心も身体も軋むような任務を遂行している。死神に嫌われた男。臆病者。疫病神。逃げる事しか出来ない帰還屋。シモク君は、負の感情を背負わされ過ぎていた。多分、誰が見たってそう思う。同情するなという方が無理。しかし、ただ惨めと呼ぶには…彼は強かった。…強く、強くあろうとしているのだ。まるでもう二度と、昔の自分に戻りたくないみたいに。彼をここまで変えたのは、里の方針。シモク君のお父様だって、彼を暗部に見捨てた。油女一族のように必ず暗部への抜栓枠が存在する訳でもないのに。…弟のシカマル君が、明るく健やかな道を歩く裏側で。どんなに棘だらけの道を歩かされてきたの…?止まりたい、やめたいって。何度も何度も。何度も何度も何度も。思った筈なのに。

『シモク、あいつはそうさな…可哀想な奴だよ。今まで生きてるのだって奇跡だ。なにかに縋って、依存する。そうしなきゃ生きていけねぇ男に成り下がってんだよ。まぁその縋るもんがでけぇから、あいつは一見、他所様には普通に見えるんだろうな。』

…縋るもの。それはシカマル君の事だ。シカマル君は奈良の猪鹿蝶の次期頭としてこれからも真っ当に堂々と忍の道を歩くのだ。その輝かんばかりのシカマル君を眺めて、見守ってる。壊されないように。傷つかないように。そういえば昔からそうだった。彼は弟が大好きだった。…でも、待って。シカマル君がもし居なくなったらどうするの?シカマル君だって忍。いくら由緒ある良い血筋の子孫でも、戦闘になれば命を落とす事もある。そんな危ない氷の上に2人で並んで立ってたって。もしシカマル君が居なくなったら。彼はすんなりと。後を追いかけてしまうのだろうか。それとも、その死をまた引きずってボロボロになるまで生きていくのだろうか。そうまでして、彼が傷つく必要はない。だから私は。彼の幸せな死を。穏やかな死を望んだの。だって、彼ばかり不公平だもの。誰かがやらなきゃいけなかった。それが私。彼の棘だらけの道を直ぐにでも平らに踏みならして、光の道へ。



「…草間の聴取は殆どが支離滅裂。わかったのは暗部の何名かと繋がり、奈良の任務歴並びに暗部登録書を不正に入手した事だ。」
「それだけでも重罪なのに、やるな。あの女」
「火影直轄暗部の情報なんて早々に流せるもんじゃないからな。でも良かったよ。盗られたのが奈良だけで。あいつは家柄も割れてるから特に痛手ではない。」

待機場では、草間の身柄の捕獲した亥班が任務完了の旨が伝えられるまで座して待っていた。シモクの姿も勿論ある。隣にどかりと粗めに腰掛けたのはイヅルだ。

「胸糞悪い任務でしたね」
「…あぁ」
「草間は里の信用を失墜させた。家族共々、とんだ親不孝者だ」
「…あぁ」
「……別に先輩のせいじゃないんじゃないですか」
「それは…どうかな…」

柄にもなく気を遣っているようだ。かつてシモクを憎みクーデターまで起こしたイヅルだからこそ、草間がやらかした事の重大さが分かる。イヅルの場合は被害者たるシモク自身がその身をかけて事件を捻じ曲げた為、今もこうして温情の上で生きながらえているが本来なら…折檻どころの話じゃないのだ。

「草間は俺のせいでああなった。全面的に非があるのは俺だ。詫びても…詫び足りないだろう。」
「トリ頭の先輩に教えてあげますよ。」

イヅルの声は、酷く落ち着いてた。

「きっかけがどうであれ…行動したのは自分なんです。一時の感情に流され続けたのも自分で、思い留まる事をしなかったのも、最終的には全部自分なんです。誰になにも言い訳なんて出来る筈がない。」

兄を奪われたと、あながち間違ってはいないそれは解釈の違いで爆発した。

「人の罪まで、奪わないでくださいよ」

面を外したイヅルが、自嘲した顔で浅く笑う。その顔につられるようにシモクも薄く笑った。また一段と背が曲がったなと思いながら。それでもまだ笑える気力があるのなら。つられて笑う男の為に。イヅルは口角を上げるのをやめなかった。




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