139.私は歪な貴方の枷

「草間の件で心当たりが?」
「え?」
「さっき。そういう顔してましたよ。」
「イヅルは鋭いね」
「殺す気で貴方を観察していた時期がありましたから。これくらい。」
「あーそうだね」

バックパックに必要最低限の物資を詰め込みながらイヅルはさらっと口を開く。あの頃は殺す気で見ていた。些細な隙さえ見逃したくなくて。盲目的に、シモクの片側だけをじっと。しかし蓋を取ってみればなんて脆い人。

「もし草間が木の葉の情報を漏らしていたとしたら打ち首じゃ済まされませんよ」
「そうと決まったわけじゃない。レンカはそんな大それた事はできない人だ」
「あんた、本当にそう思ってる?」
「なにが」
「女って生き物は、顔を二つ持ってるんですよ。」
「…?」
「おとなしい女こそ、暴走したら面倒なんです。勝手な憶測ですが草間はそのカテゴリーだ。特に、今回の件は謹慎の身である筈の先輩が任務についた。わざわざ。この意味分かりますか」
「…俺に女のどうこうを聞かないでくれ」
「貴方も。存外酷い人ですよね」
「そうだね」

心当たりありそうな顔して。それを教えてくれないんだから。本当にこの人には呆れる。暁の活動がこれ以上表面化し、犠牲が出ようものならたまったもんじゃない。火の国木の葉隠れからはS級犯罪者うちはイタチが。暁の核たるメンバーだ。これ以上忍界において裏切り者を出すわけにはいかない。里の信用に関わるのだ。

「イヅル。」
「はい」
「最悪の結果になったら…頼むから俺を全力で叱咤してくれ。」
「……ええ。」

…ほら。同期の人間を、確実に殺せる度胸がないのに。その役は自分でやりたがる。それが、一番であると分かっている。本当に、この人は酷い。

「行く前に、弟に会ってくる」
「了解です。裏門でお待ちしてます」



シカマルも同じだった。隊長のアスマが殉職したとはいえ、任務は続いてる。アスマの形見を使いこなす為に脳を回し、漸く扱えるようになった。アスマの死は、俺たちの死。アスマ班の半死だ。

「シカマル」
「急に後ろに立つな」
「暁絡みの任務に就く。その前にお前が接触した敵の情報を教えてくれ」
「報告は五代目に提出済みだ。暁絡みの任務に就くんなら、資料がいってるはずだろ。」
「お前自身はどう思った」
「…あの時俺は、なにも」
「…俺はもうお前の道を邪魔しない。お前のことだから、もう立ち上がってるんだな。そこは、本当に父さんに似てる。」
「許す気はさらさらない。」
「あぁ。」
「ぜってーに」
「…そうだね。」

俺だって…そうだよ。ナグラさん達を滅多刺しにした砂の連中が憎いよ。だけど砂は木の葉の同盟国で、木の葉崩しの首謀者は同じ里の大蛇丸で。…俺はどこに怒りをぶつければ正解だったのか。今でもわからない。俺は復讐できなかった。弔いをしてやれなかった。シカマルみたいに、回りくどくなくストレートに行動する事ができるのなら。今すぐに復讐したい奴は沢山いる。だけどそうしないのはやはり国と立場があるから。それを捨てる…裏切る度胸がないからだ。

「暗部も暁の情報収集に全力をあげている。必ず有益な情報を持ち帰るよ。」

多くを語ることのないシカマルの背中はまた一回り大きくなった気がした。…息子2人家を空けるのは久々だ。忍という仕事に就きながら、母に顔すら見せないで死地へ向かう。これが最良なんだと信じてる。

「最悪、命捨てる覚悟は出来てんだ。だけど、俺は昔っからめんどくさがりだからよ。俺になにかあったら、母ちゃんやチョウジ、いの達を頼むぜ。」
「…嫌だね。お前からのバトンだけは受け取らない。死んだって受け取るもんか。お前は"託す側"じゃない。"受け取る側"だよ。」

なんだか、お前がいなくなるのは…想像ができないんだ。

「もし。別の世界があって、俺がいない世界があったとする。それでもお前は変わらないんだろうな。」

俺が存在しない世界。そこでもきっと多分。シカマルはシカマルのまま。雲を眺めて寝転がるのが大好きな、ものぐさな男。

「…意味わかんねぇ。」
「お前いつも俺に言うだろ。…帰っておいでよ、シカマル。」

生き残る為に必要な頭脳すら持ち合わせてるお前が、倒れる所なんて考えもつかない。心配がない訳じゃない。シカマルが仇を撃ちに行く相手は俺も忍寺で対峙した不死身の2人だ。アスマさんを、殺した敵だ。勝算はあるのか、策はあるのか。…どうでもいい。

「俺も、絶対帰るから」

今はただ、仇を撃つ事だけ見据える弟の背中を見守ろう。復讐は何も生まないなんて綺麗事だ。残った人間にとっては、身を裂かれる思いが死ぬまで続くんだ。…ずっとずっと、永遠にだ。シカマルのそれが、復讐を自らの手で成す事で晴れるなら。俺はそれを見送るのだ。その痛みを知るからこそ、同調するのだ。なにもできなかった。ただ墓前の前で喚くことしかできなかった、あの日の自分を重ねて。



「なんですって!?」
「声がでかいよ。テンゾウ」
「先輩が猿飛さん亡き後の班への加勢は了解しました。ですがシモクが暁の件に関わるのは…!」
「お前でしょ。暁の任務から引くように命令したの」
「ええ。その為に、」
「正しいと思うよ。だけど命令一つで容易に断ち切れる程、シモクとイタチの関係は浅くない。」

テンゾウ、もといヤマトは片手を額にあてた。自分の言うことを聞かないのはシモクが身勝手だからではない。今回は直接火影からの命令が下ったのだ。だけれど、シモクがイタチの件に関わるのはやはり良しとしない。まるで呪縛。木の葉を抜けた犯罪者に未だにこだわり続けるのはナルトと同じだった。ナルトが純粋にサスケを救おうとしているのは強く、強く伝わってくる。…だがシモクとイタチに関しては、そんな単純な理由ではないだろう。切れない鎖のように互いが互いを縛り合うような。なにがあったのかは知らないが、それはどうやっても苦しむだけだ。

「でも、まぁ。今回は草間レンカの回収だって言うし、直接暁とやり合うって訳じゃないでしょーよ。どちらかといえば、シカマル班が本丸。あいつらはアスマの仇を討つんだからね。」
「…」
「不機嫌そうだな。テンゾウ。シモクだっていい歳の大人なんだから、そんなに過保護にならなくて大丈夫でしょ」
「…そうやって、自由にさせたから。彼は平気で自分が傷付く道を選ぶんじゃないですか」

カカシの片眉がピクリと跳ねる。

「シモクの手を離すということは、そういう事ですよね。事実、僕もツルネの件で彼の手綱を弱めてしまいました。それが、結果的にあんな…。」

下手をすれば、自分ごと拷問で抹消してしまうような。忍に対して、増してや暗部に対して幻術でのみの拷問で済ませるイビキではない。あの時の拷問は全て肉体への現実的なダメージが主だった。気が狂うのも覚悟の上。その覚悟は、如何程のものだったのだろう。カカシが何度も、何度も何度も片膝をつき、シモクに訴えた言葉すら届かなかったのだ。一度でも目の届かない場所で、自分の意思を固められてしまえば最後。シモクは、誰の言葉も一切聞き入れない。頑なに、そしてやんわりと。笑みさえ浮かべてしまえるのだ。

「前回の繰り返しは御免ですよ…カカシ先輩」
「…言うねぇ…」

後輩思いな、後輩を持てて俺は嬉しいよ。茶化したそんな言葉をかけたけれど、ヤマトは口角すら上げなかった。




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