138.あなたのそばにいれるのなら

「草間レンカ…確かに彼女と面識はあります。同じアカデミーの同期でした」

新が入院の荷造りを進める中、火影邸に召集されたのは暗部きっての帰還率を誇るシモクと、亥班だ。亥班は火影直轄の中でも炉班の次に火影への忠誠心が高く任務に於いては成功率80%を誇る少数部隊だ。テンゾウがヤマトとして暗部から一時的にいなくなった事。そして先の大名護衛任務で不幸中の幸いだったものの、大名子息に怪我を負わせたとして隊長の権利を一時停止し、シモクはこの亥班での活動に従事する事となった。

「資料は手元に渡っているな?木の葉の上忍、草間レンカの行方がつかない。感知部隊であるお前達亥班で捜索を開始しろ。」
「俺が出てもよろしいんですか?カカシ先輩から聞いてると思いますが俺はうちはを追っています」
「草間はお前と関係があると調査上で浮上している。」
「え?まあ、少し話したりお裾分けは貰ってましたが…」
「なんだ。てっきり恋人なのかと思ったぞ」
「火影様。こいつは奥手中の奥手ですぜ」

一人の暗部が肩を竦めた。亥班の面々も火影直轄。幼くして暗部入隊を決め、それから9年も所属しているシモクは彼らにとって特に目をかけた弟である。綱手はやれやれと…大層呆れた。シモクには驚かされるばかりである。丁度いい色恋の歳だというのに浮ついた話一つないとは。禁欲もここまでくると無欲だ。人間の三大欲求が欠落している。

「話を戻すぞ。草間は岩隠れ付近で連絡が途絶えている。里抜けも疑え。見つけ次第すぐに連れ帰ろ」
「抵抗した場合は如何致します?」
「草間の忍レベルは上忍クラスだが成り立て。お前達が警戒を怠らなければ即捕縛できる程の能力差だ」
「…では、なんだって俺たちを起用したんです。上忍と籍を置くならば捜索は同じ上忍共の仕事な筈。暗部に回す程のランクとは、はっきり言って思えません。」
「なにかあってからでは遅い。」
「仮に里抜けだった場合に於いても、やはり暗部である必要はないかと。」

綱手の違和感に顔を上げる。確かにその通りだ。なぜレンカにこだわるんだ?特に珍しい忍術を使うとも聞いていない。…シモクは、妙なところで割り切れる男だ。脳がすぐに判断を煽る。里抜けであった場合。初めは諭し、それを聞き入れたのならそれはそれで草間の回収。任務完了だ。…だが拒否した場合。…最悪、処理すれば済む話だ。周りが思うより。レンカが思うより。シモクの中に彼女はいない。

「火影様。草間になにかあったんですか?俺、彼女とはダンゾウ様のカリキュラム以降顔を合わせてなくてその後の事は知りません。」
「…。」
「…俺を引っ張るって事は、なにか大事になってるんじゃないですか。」
「亥班。これは…極秘任務だ。」
「極秘?これがですか?」

綱手の溜息は最もだった。色んな事が動き、色んなところで厄介ごとが舞い込む。大名の護衛任務も、不幸中の幸いだが、総合的に見れば…失敗と成功の狭間である。木の葉の里は今日も穏やかだが、核はそうではない。

「草間は暁に情報を渡している可能性がある。」
「…は?」
「特にシモク。お前、なにか心当たりはないか?」



『今日はついているな。片目の修羅……木の葉の帰還屋か。思っていたより若いな』
『なんだそりゃ?』
『木の葉の暗部にして成功帰還率100%の忍。二万五千両の賞金首だ』
『はあ?こんなガキが?その手配書間違ってんじゃねーの?』
『左肩の炎の刺青がその証だ』
『木の葉の忍がなんで寺にいやがる?』
『事情は二の次だ。今はさらなる賞金首を仕留める事に集中しろ。』

あの時…暁の一人は俺を知っていた。いや、知っていてもおかしくない程、俺は里外にも露出していた。…でも、なんで奴は直ぐに俺だって分かったんだ…?面もしていない状態で。木の葉の暗部だと刺青で分かったとしても…なんで"俺"だと断言できた?確かにビンゴブックは名のある忍が登録される。それには顔写真も載っている。俺たち火影直轄暗部も一般の忍達と同じように一度暗部に所属登録する際、顔は撮られる。そこが問題じゃない。問題なのは…その登録書は里ごとで管理される物で、他里の者が持ち出せるなど、万が一にもないという事。ならば…内部から持ち出されたということ。かつて薬師カブトが大蛇丸と結託し、木の葉へスパイ行為を行っていた。その頃は既に暗部として活動していたがまだナグラ率いる部隊に所属していた。…帰還屋と名を頂く、前のこと。暗部としての所属歴も浅くS級犯罪者の目にも止まらないだろう。

「…しかし、草間が裏切っているという確証は?偶然タイミングが良かったのかもしれない。奈良シモクは里外での露出もある。」
「確かに…一括りにはできん。」
「火影様、考え過ぎでは。」

話していても仕様がない。草間レンカは事実、里にいないのだから。

「…分かりました。五代目様。亥班、任務につきます。」



「宜しくお願いします」
「お任せくださいね」

新の前にしゃがみ込んだ。新の所属する上忍達に事の次第は伝えた。医療忍者である綱手にも事情を話した。また手練れが不能か、と頭を抱えていた。

「また来る」
「なあネジ」

ネジが頑なに口を閉ざす、その理由を既に理解している新はなにも追求しない。…幼子の嘘を見通し、やれやれと肩を竦めるような慈愛に満ち溢れた…兄としてのもの。だが、立場というものを介せば表現は変わる。それは、主人に口答えしない犬。昨夜、主従に戻ると言った。思うのは辛いと言った。新は人を愛し過ぎる。弟の事も、愛と憎しみは表裏一体とはよく言ったもので、つまりは静かな激情家なのだ。そして感性が恐ろしく豊かで一度刻み込まれれば容易く逃れる事はできない。そういう人間だ。それを分かった上で、自分を守る為に…初めて新はネジという最後の砦…絶対の聖域から目を背けたのだ。弟を殺め、両親を喪い…『家族』という核を落っことした。ネジとヒザシは家族、親子。血の繋がりはあれど自分は家族にはなれない。何処までも『一族』の中の『親類』。ネジは分家の頭、ヒザシの息子。周りに頭を垂れるべき人が山程いるなかで…本当に忠誠を誓ったのは、後にも先にも2人だけ。

「思い出してたんだ。俺が本当の意味で傅いたのは2人だけ。」

至らない。至らない。なぜこんな事になっているのか、新の気持ちが分からないネジは察せない。誇り高き日向の白眼も、人の気持ちは見透かせない。新の気持ちを、考えた事があまりない。だって、そんな素振り見せなかったから。思い悩むことも。押し潰されそうな過去に縛られている素振りすら。……弟の死の露見は同時に、生まれてから今の今までネジに見せてきた…『演じてきた日向新』を潰した。『良い兄』になりたがった自分と現実の『最低の兄』である自分。忘却した過去を再び見れば。虚像の自分が崩れるのは、明らかだった。『兄』を取り繕えなくなった自分が何に成り下がるか。

「なあ、俺の言ってること滅茶苦茶で可笑しいだろ。だけど、ネジ。兄貴面はやめるから、物言わない盾でも、なんでもいい。俺に、」

それでも手を伸ばして縋るのはネジと出会ったあの日から。一片の揺らぎすらない誓い。

「最期まで見て、守らせて」




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -