137.エンドレスローレンス

「一度でいいから病院へ行こう」そう言われた新は首を横に振った。病院。なぜ。病院は忍である以上よく世話になる場所ではある。だが自分は任務に参加できてないどころか1ミリの怪我すら負っていない。病院=怪我の知識しかない新の頭には心の怪我という概念自体が皆無な筈だ。だがしかしネジの方が正解である。

「いいから。」
「別に怪我を負ってもいない。眼なら視力が戻り次第回復する」

既に包帯がとれた両目の焦点は微妙に合わないが完全に回復するのは時間の問題だろう。…それが治るということは、任務に戻るであろうこの男をいかに丸め込むか…最大の難関であるのだが。今はなにより病院に突っ込む方が先だ。

「俺は平気だ。」
「知っているだろうが俺はあまり冗談を言わない。」
「ネジ。」

昔から聞いてきた声色。それは諭すように。

「病院に入れてどうするんだ?お前は俺の何を見てそうしたいんだ?」

酷く優しい口調だ。怪訝な様子を見せない。…本当に見せないのだ。それがむしろ可笑しい事なのだと気づくのに、ネジは遅れた。言いあぐねる。なにをどう伝えたらいい?九尾事件に触れれば彼の両親の記憶を抉る。今は腫れ物同然の新を刺激したくはない。返事に困っているとこちらをじっと見つめていた新が突然立ち上がった。

「わかったよ。ネジ。」
「え?」
「俺はネジを信じてる。ネジがそうしたいならそうしよう。忘れてるかもしれないけど、俺はネジにも仕えてるんだ。」

日向分家もやはり縦社会だ。親類であれどヒエラルキーは存在している。日向が厳格といわれる所以の一つだ。

「俺のすべてはお前のもの。ヒザシ様がいなくなった今、本当の主人はお前だけ。」

類に漏れず新もその色に染まる人間だ。幼い頃から刷り込まれてきた主従のような関係は薄れても消える事は無い。新は日向分家若衆だ。頭が上がらない"護るべき者"が多い中で、本当の意味で主人と崇めたのはこの世でたった2人だけ。今は亡き…分家頭の日向ヒザシ。その倅である日向ネジだ。

「お前の言うことに疑問はあれど従わない事はないよ…。俺が日向でいる限り。俺が弟への罪を持つ限り。ずっと、それは変わらない事だ。」

2人を結ぶのは、新の狂気的なまでの庇護と日向の鉄壁とも言われるヒエラルキーだ。そこに、……兄弟としての情はあるのだろうか。いつも自分に忠実で今では口調こそ崩れたが、本来はそんなフランクさを持ち合わせてはいけない2人だ。ヒザシという仲介があったから。親を亡くした新に親のように接したヒザシがいたから。だから2人は兄弟としていられた。今の、今まで。

「俺はもうやめようと思う。ヒザシ様がおられたから俺はお前の"兄"としていられた。お前の兄でありたいと思ってた。…でも、でも終いだ。お前が大好きだ。大切だ。失いたくない。」

なにか、

「本来あるべき主従に戻る。…あの崖の上で言っただろ…」

ーーこんな俺でも…まだ盾くらいにはなれるから…まだ、生きてるから…最後の最後まで…この命落として死ぬその時までは、側に、いさせてください…

大切な。分岐にいる。それが今、決定されようとしている。ネジの脳裏にテンテンの言葉が蘇る。新の話を聞いて、側にいること。…俺は、どうすれば?なにを言えば?どうしてやることが…最善…?


ネジが自分を病院に入れようとしたのは、なんとなく察しがついた。理由を問うたら目が動揺している。ネジの癖を知らない訳ない。理由を言えない。それは新を傷つけない言葉を探すため。そんなの…手に取るように分かるのだ。生まれた時から、ずっと一緒にいたのだから。…自分は可笑しい。でも、自分の身になにが起こってるのかまでは分からない。寝て、眼が覚めると足の裏を土だらけにしている。廊下に寝ている。ネジの部屋で正座したまま目覚めた事もある。…怖いのは、新も同じだ。自分は何をしているのか。怖くて、堪らない。だから監視の目もある病院へ行くことを決意したのだ。ネジと心が少しでも離れれば、俺は、元に戻れる?元の…本来あるべき日向新へと。俺のすべては、日向ネジの為に。

「人を思い過ぎるのは…苦しい」

いっぱいいっぱいだ。もう限界だ。ぐちゃぐちゃだ。




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