136.泣いてもいいからとなりにいて

「やあ。元気だったかい?」
「…テンゾウ隊長」

まるでここの道を通るのがわかっていたかのように通せんぼされた。カカシの仕業である。できれば上司には会いたくなかった。テンゾウには頭が上がらない。イヅルの件では骨を折らせたからだ。

「ナルトの修業中でね。僕も暫く部下に会っていなかったから久々に顔を見に来たんだよ」
「カカシ先輩に言われたんですよね?俺がうちはに拘るから」
「あぁ。僕も先輩と同じ意見だ。君はこれ以上うちはに関わるな」
「…なんでですか?彼らは同じ里に住んでた、同じ里の仲間じゃないですか。古くからの蟠りがあれど、今までずっと共に戦っていたじゃないですか。」

木の葉は好きだ。自分が生まれた場所だから。友が、家族がいるから。だけど、どの里においても部族衝突は避けられない。それぞれの一族が一族なりの矜持を持っているからだ。文化の違いだってある。力の差もある。能力の差も。だけど、うちはの力。強大と言われるその力を抑止するために里の中枢から追い出すなど…差別もいいところだ。

「なんて言うか知ってますか…?差別って言うんですよ。」
「いいや区別だよ。うちはの力を甘く見るなシモク。彼らは危険だ。」
「周りがそう決めつけているだけだ」
「シモク!」
「俺はイタチに近づきたいから!!だって俺、あいつの心を見殺しにした!俺が何とかしてやれるとは思ってない!でも!友達を理解してやりたい…この気持ちは、ダメだって言われるものなんですか!?」
「情に流されやすい君が!これ以上うちはに関わったらどうなるか!!忘れてるんじゃないかい?!うちは一族はクーデターを起こそうとした反逆族!イタチは今や犯罪組織の暁の一員!サスケは抜忍だ!!」
「っ……!」

言えない。だって、イタチの決意を裏切ってしまう。本当は今だってイタチは里を愛してる。俺が、するべき事は…一刻も早く、イタチを連れ戻すこと。その為にはイタチが何故あんな所業まで犯してうちはの業を背負わなければならなかったのか。理解する必要がある。それも、上辺だけじゃない。深くまで知る必要がある。誰もイタチに寄り添わないなら、俺が行く。だって、

「……どんな状況に置かれたって誰に言われたって…イタチの友達でいたい」

友達なんだ。いくら血を被ってもイタチと共にいたあの日々は掠れてなんかいない。俺に全てを話したのは単なる気の迷いかもしれない。だけど俺は確かに知ったんだ。イタチに、あの頑ななイタチから。

「イタチの"痛み"は、一人で背負えるもんじゃない…。忍として一番辛いものを背負わされてしまった。だから」

−−聞き流してくれて構わない

「今度こそ。あいつを助けたいんです。馬鹿でもいい。突き離されたって俺はあいつの元へ行く。」

大きな目が瞬く。テンゾウさんは片手を額に当てて暫く動かなかった。全く…俺は良い上司に。良い先輩に恵まれている。テンゾウさん。貴方が俺を。全滅した小隊で唯一死に損なった俺を。貴方が拾ってくれたように。俺もイタチを助けたいんだ。その心に忍らしさはないけれど。だけど、カリキュラムの時のような人形染みた自分はごめんだ。

「カカシ先輩は教えてくれた。仲間を大切にしない奴はクズだって。俺は元からクズたけど、そのクズにはなりたくない」

俺の中にある確固たる意志は、これだけは、手放してはいけない。忍としてじゃない。人としてだ。仲間として友達として。



新の様子は相変わらず可笑しいが、ヒアシの告白から数日が経った。ネジは珍しく修行を中断し、地面に腰を下ろした。あの状態で任務などとても行かせられる訳もなく。かと言ってどこへも連れて行けずに部屋に閉じ込めている。…何度も言うが可笑しいのだ。様子が。九尾事件の爪痕を深く残した新は自覚のない奇行を夜な夜な繰り返している。それはネジが見て見ぬ振り出来ないくらいにエスカレートしていた。本人は…知らない。両手を額につけて深く息を吐く。…新はネジの存在が全てだと言った。盲目的にネジを求めるのは、助けを求めているからだ。縋るものが、もうネジしかいないのだ。それしかない。それだけを崇拝する…神にまで奉る。そんなの普通じゃない。いや、普通とはなんだ?新の普通…は?…怖い、のだ。そんな新が。自分の知らない従兄が。

「…おい。気づいてるぞ」
「ネジが珍しく修行に集中していないので気になってしまって」
「ごめんねー。でもちょっと心配で」

同じ班のリーとテンテンは気まずそうに林から出てきた。ネジの感知能力を2人はよく知っている。バレるのを承知で物陰に隠れるこの2人は本当に馬鹿正直である。

「どうしたんですか?」
「いや…なに…内輪の問題だ」
「日向家の?」
「…あぁ。…なにから、話せばいいのか…。」
「ネジ。あたし達は同じ班の仲間なんだから。中忍試験の時も言ったじゃない!3人いればってね!」
「そうですよ!ネジ!話してみて下さい。もしかしたら打開策が見つかるかもしれません!」

…最初は、煩わしいと思っていたのに。今ではこんなにも気を許す、仲間になるとは。

「…俺の従兄弟、新の話だ。」
「お兄さんの?」
「新は九尾事件で両親を亡くしてる。…それ以前にも、…双子の弟を幼い頃に亡くしていたんだ。俺も最近初めて知った。」
「…、」
「お前達も見ただろうが、新は煩いくらいに明るい奴だ。…だが、…様子が変なんだ…」
「変というと?」
「昔から何度か部屋を抜けて徘徊したり、枕元に立ってたりしてた。数える程度だったんだ。…もう今では毎日だ。本人は知らない」
「ネジ…それって。」
「病院に入れられればいいんだがな。本人が納得しないだろうし、なにより今は…過去の辛い記憶を抉られて憔悴状態だ」

それが新の心の大半を占めて潰されている。拍車がかかっているのはわかっている。だが、どうしてやれば?ネジの前で涙を流したあの男は。どうすれば救ってやれるのか。

「任務もストップだ。上忍レベルの任務は生半可で挑めば命を落とす。」

そんなことさせたら、今の新は喜んで死にそうだ。ネジにバレるのが嫌で、嫌われるのが怖くて里抜けしようとした程だ。

「…ネジ。あのね、新さんはネジの事が大事で大事で堪らないっていうのはあたし達知ってる。必要なのは、やっぱりネジが側にいて話を聞いてあげる事じゃないかなぁ…」
「話…」
「前にも言ったじゃない。意地ばっかり張ってるといざという時に本当に大事な事が言えなくなるよって」

側にいて。話を聞いて。離れないで。ここにいて。

…そうか。俺たちは本当に話ができていない。新は大丈夫だと思い込んでいたのだから。昔から見ていた背中は…大きかったから。だけど、押せば簡単に倒れるくらい…脆い。

「ネジ!僕も前から言ってるじゃないですか!男は拳!!拳で語り合うんです!ガイ先生と僕達3人でお兄さんの青春をー…!!」
「もー!大事な話なんだからさぁ!」

騒ぎ出す2人の狭間でネジはふっと笑う。さっきまで途方にくれていたのに。どうしよう、どうしようと頭を抱えて泣き出しそうだったのに。こんなにスルスルと解けていくなんて。そうだ。諦めるな。新にいつだって守られてきたのだ。今度は、俺の番だ。拳を握り、地面から立ち上がったネジを見てリーとテンテンも顔を見合わせて口角を上げた。




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