13.波間に消えたあの子の儚さ

第一次試験が終了した。その合図でシモクのいる小隊は一気に演習場に走る。すべては試験を無事に遂行させること。

「第二次試験か…」
「第二次は受験生の戦闘になるからな。どさくさに紛れている輩がいるやもしれん」
「そうだな。各自警戒を怠るな。」

シモクはなにも言わずに同胞の背中を追った。アスマ率いる班。シカマルがいる班。長らく見ていなかった弟の初めての中忍試験だ。シモクは中忍試験すら受からなかったが暗部入りしてしまったため、事実上の試験合格はないのだが、弟にはどうか穏便に試験に合格してほしい。兄の心はいまもまだ生きていて。きっと、この先どんな苦行を強いられようとこの気持ちも変わりはしない。

「なにかあれば忍獣を使え。散。」

散の合図と共に散り散りに各自の持ち場へと就く。気配を完全に殺して、眼下の一次試験を通過した受験生達を見つめる。時々見知った顔もちらほら居たのだが名前が出て来ない。人知れず溜め息を吐いた。元は最終試験の会場警備だけのはずだったのに、何故場外まで監視してるんだか。手の込んだ誰かの悪巧みとしか思えない。日に日に抑圧されていく"自分らしさ"を自ら押さえ込んで。面で顔がわからないと言うのに素顔は面よりも強固な能面のように無表情なのが自分でもわかる。こんな顔、母であるヨシノにでも見せてみろ。きっとあのいつも強気な笑顔が悲しみで歪んでしまう。そんなことできない。木の上で膝を三角に折りながらぼーっと受験生達の頭部を再度眺めた。
シカマルで思い出したが、父はシカマルが産まれて間もない頃あの猪鹿蝶の3名が着けるピアスを第二子であるシカマルに譲った。各自子供が出来たら継がせる予定だったと昔チョウザさんから聞いた。…何故?シカマルが生まれる7年も前に自分が生まれたというのに。シカクはシモクにピアスを譲らなかった。まぁ同世代の猪と蝶がいなかったのがおおまかな原因だと思う。"鹿"だけなのだ。息子が2人いるのは。当時はスレることなく仕方ないな、なんて思ってたりした。"自分は奈良家として認められていないのかもしれない"。そう…その時から心に小さく、深く刺が刺さったまま。容姿も完全に母親似で父とは掠りもしない。でも弟のあの目付きの悪さは父親似で。やっぱりシカマルが猪"鹿"蝶なんだなって。では、自分は…?自分は奈良家にとってなんだったのか。時々おもう。もう小さい子供じゃないのに。あの日からシモクの幼い心は身体が成長するスピードに追いつけずに。完全に迷子になってしまったのだ。せめてもで、大切にされているシカマルを自分も大切にしようと努力した。弟を愛する…その努力を重ねた。最初は嫌だった。シカマルが生まれてからというもの、両親の興味は幼い弟へと移り。

「…寂しかったのかな」

ただ縁側に座ってぼんやりしてた時。舌っ足らずな弟が覚束無いハイハイで側に寄ってきたのだ。赤ちゃんの行動なんていちいち考えるだけ無駄。父に似たその目から逸すように視線を再度空にあげた。赤ん坊のくせしてやけにダルそうなその声にビビって弟を見下ろした。

『アー…』
『…いいよな、お前は。羨ましいよ』

わかるはずがないのを良い事に、シモクは小さく自分を嘲笑した。こんな小さい赤ん坊を妬むなんて馬鹿げている。

『アー、にー』
『俺も戻れるなら戻りたいよ』
『ぶー…あー』
『ちょっと、ヨダレでてるよ』

小さな口から…思ったより量のある涎が溢れていたので仕方なくその辺にあった(シカ柄だから多分弟の)タオルを引き寄せてそのまるっとした体を抱え上げて膝の上に安置してから問題の涎を拭ってあげる。

『…目付きが父さんそっくり』

髪は自分と全く同じだということになんだか不思議な気持ちになった。自分と同じ親から生まれた自分とは違う姿を形成するその個体。思ったより重く、温かいそれは無垢な瞳でシモクを見上げていた。

『にー、にー…ちゃー』
『え?』
『にーちゃー』

……にーちゃー?にーちゃー、にいちゃ、にいちゃん…兄ちゃん?

『……俺のこと?』

そういえば弟の前で自分はよく兄ちゃん、と呼ばれることが多くなった。それで覚えたのかも今ではわからないが。弟の初めての人語は、"兄ちゃん"だったのだ。

『…っ、』

自分が恥ずかしかった。弟は自分を兄だと認識し、認めていたのだ。なのに自分は。勝手な都合で弟に当たり、歩み寄ることさえしなかった。

『…ごめん…俺の弟なのに…』

自分が兄である自覚がなかったといえば言い訳になるだろう。

『これからよろしくな……シカマル』

弟…シカマルの名を呼んだのもこのときが初めてだった。……ハッとして意識を浮上させる。もう受験生の姿はどこにも見えない。暫くの間、懐かしい記憶でも手繰り寄せていたらしい。

「任務中だってのに…しっかりしろ俺!!」

バシンと頬を思いっきり叩いて気合を入れ直す。座っていた木から身体を起こして木々の間を移動する。だいぶ時間は過ぎてしまったか。確認するものがなにもない今。あらかじめ決められたルートの木に再度降り立って監視を開始する。相変わらず戒めと言わんばかりに自分の頬を叩いて。




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