135.忠告を無視した少年

「シカマ…いないか。」

アスマさんが殉職してからシカマルが家にいることはほぼなくなった。なにかで気を紛らわせているのか、…いいや、そんな感情的なことはしないだろう。つまりは…そう。弔い合戦の準備中だ。自分がそばに居ながら。その最期を見送ってしまった。看取ってしまった。引き継いでしまった。シカマルの気持ちは、本当に痛いほど分かる。初めて同じ感情を共有できたのに、こんな…。

「…どうしたお前たち」

庭の鹿が小首をほんの少しだけ傾げて近づいてくる。長い睫毛の奥にある黒瞳はそれこそ知恵を持っているかのよう。実際、奈良家の鹿は賢い。たまに人間のように。家族のように寄り添ってきてくれることがある。

「あぁ…勿論心配だよ。だけどあいつだって男だ。アスマさんの二の舞は踏まない…絶対」

大丈夫だと。言い聞かせなければ、信じなければ。俺の弟はやる男だ。頭を撫でてやりながらそう言えば、彼らはそれを理解したかのようにコクリと頷いてくれた。俺が産まれるより先に奈良家を守っている、彼らは俺の兄姉だ。すりすりと頬と頬がくっついた。励ましてくれている。…俺もこうしている場合じゃない。里外の任務は終わった。イタチに接触もできなかった。暁の、あの不死身の二人組とは敵対したけれど。俺は俺のなすべき事をやろう。



新抜きでヒアシに呼ばれたネジは諸々の真実を聞かされ、混乱と疑問の中にいた。ようやくその空間から解放されると、それを待っていたのか新が廊下の端に鎮座していた。その様子はさながら護衛のようだ。

「着いてきてほしい場所がある」

いつもの調子とはかけ離れた。新の顔も相当憔悴し、それでも"いつも"を作ろうとして口角を上げようと必死だ。そんな姿さえ話を聞いた後ではよそよそしい。道中一言も言葉を発さないのはもう、後ろ盾がないからだろう。全てが白日の下に晒された。きっとそんな過去は当然ネジの耳に入れたくなかった筈だ。…忍の世界では大罪となる、里抜けまでしようとした男なのだから。

「ここで俺は弟を殺した。両の眼を奪ってこの下に突き落とした。」

忍ならば例え落下したとしても耐えられると思える程に川は穏やかだ。しかし当時は戦争中により、周辺の危険地帯への工事が全く進まず荒れていたそうだ。天気もぐずぐずに崩れた日の濁流の威力は凄まじい。ぽつりと呟くように吐いた言葉にネジはなにも言えない。

「都合よく理由付けてはお前が優秀なのが悪い、と。俺と半分で産まれたのになんでって。」
「…」
「俺にはそんな事言える権利ないのに」

恐らく、この地点であろう場所にしゃがみ込んだ。新の長い髪は穏やかな風に揺れる。川が流れる音も鳥の鳴き声も。似つかわしくない。

「……あいつ、楽しみにしてたよ。ネジが産まれてくるの。たくさん修業つけてやるんだって。耳にタコができるくらいには聞いた」
「嗚呼、後悔なんて言葉…そんな言葉、誰が作ったんだろうな。」
「俺にはもう、それすら過ぎたもんだよなぁ」
「ごめんな…ごめんな、ネジ。ごめんなぁ」

……いつも喧しくて。口煩くて。勝気で。涙なんかと縁のなさそうな。自分の前を歩く、追いかけていた背中。隣にやっと並んだのに、お前は膝をついて歩くのを止めようとした。

「…人殺しの俺に、こんな事言われたくないだろうが、…俺には、もうお前しかいないんだ。」

…自覚のない"奇行"はエスカレートするばかり。

「お願い、します。こんな俺でも…まだ盾くらいにはなれるから…まだ、生きてるから…最後の最後まで…この命落として死ぬその時までは、」

負荷がかかり過ぎて、自分がなにをしているのかわかっていない。

「側に、いさせて…ください」

そんな、大馬鹿でも、

「…俺にとって、お前は大事な兄だ。…何も分からなくなったとしても。俺もお前の側にいる」

薄い包帯から滲む涙は頬に流れることはなく吸収される。額を地面につけたまま。声をあげて泣く様を。"もう一人の兄"が死んだこの場所で、ネジはぴくりとも動かずに立ち竦んでいた。



「ちょっと時間ある?」

カカシは漸く捕まえた相手の手首の細さに内心絶句していた。…こんなにガリガリだっただろうか。自分の後輩は。火影からも警告を預かっている。奈良シモクはうちはの歴史に執心だ。それは彼の友であるうちはイタチ絡みに違いない。うちはの闇は他者を陥とす程に深い。いい意味でも悪い意味でも影響を受けやすいシモクが関わるべきではない。もう一人の後輩テンゾウもいつぞや言っていただろうか。これ以上うちはイタチに近づけてはいけない、と。あの時はいい加減な返事を返したけど、その言葉が現実味を帯び始めると不安になる。だって、彼は里に留まっている方が珍しいのだから。

「…シカマル達の事について、少し話したかったんだけど、その前に一つ言わせてくれるか?」
「カカシ先輩…」
「お前、うちはを嗅ぎ回ってるんだってね」

単に、退屈だからという程度ではない。明らかにのめり込んでいる。…危険だ。もうこれ以上、里を抜けるような。サスケのような忍を出したくない。自分が認めて育てた人間なら尚の事。だが、そんな思いを言葉にする事はない。暗部を引退し環境が変わっても、シモクは暗部時代の後輩だ。ナルト達へ向けるフランクな接し方はカカシの方が戸惑う。

「あぁ、それですか。俺は根のカリキュラムでイタチの記憶が抜けてまして。それを取り戻そうとしてただけですよ」
「もう戻ってるでしょ。これ以上の深追いはやめなよ」
「先輩。俺は知らなきゃならないんです。何故かは分かりませんが」
「思い込んでいるだけだ。今までそんな事気にしてなかっただろ」
「そうですね。でもやらなきゃいけないんです」

腕を掴む手に力が入る。…遅かったか?声をかけるのが遅過ぎたか?…カカシはわかっていた。うちはの人間とは浅くはない付き合いをしてきたから。同期のうちはオビト。暗部の後輩うちはイタチ。第7班生徒のうちはサスケ。…その全員が道を踏み違えた。自分を庇い死んだオビト以外は。

「怖い顔しないでください。別に呪いがかかってる訳でもあるまいし。それで、シカマルがどうかしましたか?」
「……。アスマの弔い合戦に行く気みたいだよ」
「やっぱりそうですか」
「止めてやらないの?」
「シカマルは子供じゃない。もう俺はあいつの忍道を、咎めちゃいけないんだなって…」
「…それでいいんだな?俺はお前が言えば止めるつもりだったよ。アスマの弔いに暁の…聞けば中々厄介な能力を持ったコンビだって言うじゃない」
「師を喪う気持ちは分かります。俺と違うのは…師の仇が元々敵で。手の届く場所にいる事だ」

そうだ。シモクが暗部でここまで育ったのは自分よりも長く側にいたナグラのお陰だ。彼が命を落としたのは木の葉崩しの最前線だった筈。砂忍は、今では和解した木の葉の同盟国である。木の葉の一忍びが、暗部の重鎮と名を張るシモクが、風の国砂隠れに復讐など出来るはずがない。今も昔も、木の葉と砂は同盟なのだ。火影に忠誠を捧げる彼が、火影の顔に泥を塗る事はない。ぶつける宛の無い感情は今もその猫背気味に曲がる背中に張り付いているに違いない。

「敵なら。いずれ排除しなければならない存在。誰がやっても同じなら、シカマルを信じる。俺は弟を信じる」
「死ぬかもしれないぞ。アスマですらやられたんだ。」
「…信じさせて下さい。でなきゃ俺、シカマルを信じられなくなるでしょう?」

見守ることが役目。家族として兄として。暗部と中忍…仲間としても信じてやらねば。だけど、今回の件が…最悪の事態を引き起こしたら?

「シカマルは死なせないですよ。渡してやるものか。命に代えても…弟だけは死なせない。」
「…そ、」

シカマルが死ねば…シモクは悔い切れない思いを永遠に背負う。その重さに耐え切れず、後を追うかもしれない。いや…ナグラ達の思いも抱いているシモクなら、どちらにしても苦しむだろう。それを覚悟で、アスマの弔い合戦を黙認するつもりだ。

「いつまでも、いつまでも、一緒にはいられない。そうでしょ…先輩。」




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