134.モノクロな世界に僕は赦された

「シカマル。…よ。ただいま」

シカマルは振り向きざまに固まったまま。ははっ、と気の抜けた笑顔をみせた。シモクもなにも言わずに弟と同じような顔をしてみせた。昨夜は父の言う通り喚き散らしたに違いない。一重の切れ長の目は浮腫んで野暮ったい。だけど、それはシカマルにとっては解放の証だ。そして次へ進む切符となったに違いないのだ。

「…おう。兄貴。随分元気そうじゃねーか」
「お陰様で。これでも腹に一発決まってるんだ」
「…忍寺に行ったんだ。兄貴が暁と対峙してから、姿を見てねえって言われたもんだから。ついにくたばっちまったのかと思ってた」
「…あの不死身相手に逃げられただけ褒められたもんだと思うけど。」
「平気か?」
「…あぁ。大丈夫」

そうか、とシカマルの目線は落ちた。それを聞きたいのはこっちの方だ。しかし、昨晩のことは触れられたくないだろう。シモクは踵を返して部屋に戻ろうとした。

「ー…兄貴は、師をやられたとき、どうした?」

ぴたりと止まった足はそのままに、顔だけ振り返る。真摯に向けられた目は上辺だけの慰め話をしてほしい訳ではないと強く語る。

「…どうしていいのかわからなかった。残された俺の命は里に尽くすべきか、否か。何度聞いても、答えは出なかった」

それでも、ここまで来たということは

「間違ってないんだ。俺がしていることは。誰も答えをくれないのなら、自分で決めるしかないだろ…?なんていうのかな…それを他人に聞くのは間違ってたんだ。だって託されたのは俺で、俺が決めなきゃ…。俺はそういう生き方を選んだんだ」

だから…どうというわけじゃない。兄弟といえども俺とシカマルは違う人間であるし、それを強要しようとも思わない。これは俺の持論で俺の選んだ一つの道だ。頭の良いシカマルなら、また違う道を作れる。無限大に。だけど俺に用意された道は、限りなく少なかっただけだ。…嗚呼。その顔。多分今ならシカマルの考えている事がわかる。…仇を、討とうとしている。純粋な殺意。

「シカマルの好きにしなさい」

シカマルが、命を掛けてもやりたいと願うなら。それを止める権利はない。道を逸れそうなら、今度は俺が引き戻せばいいだけ。後ろの気配は微動だにせず、なにも言わない。それを返事と受け取り、今度こそ部屋の扉を開けた。

…あのな、シカマル。俺は昔、お前が何かするたびそれを止めたり見せたりしないようにして、違う道を用意してきた。でもお前はもう大人なんだって。俺の手はもう必要ないんだって。そう示すから。俺は忍だ、お前も忍だ。…同じ忍として、俺はもう奈良シカマルの忍道を咎めない。



「ヒアシ様…」

しんと静まり返った、閉め切られた障子の外からはなにも聞こえない。顔があげられない。今一対一で膝を向かい合わせているのは日向家現首領。日向ヒアシだ。

「…知って…おられたのですか。」

…16年前。己の手を汚した。

「知っていて…今の今まで…公言しなかった…。俺は…優秀な弟を殺めた…眼まで奪っておきながら…俺は……未だに未熟で…」

なぜ。ヒアシ様。俺こそが死ぬべき存在だった。弟こそが日向家に相応しい人間で。そんな人間から才能を強奪した。皆まで言わなくても伝わったのか堅い表情は依然とそこに在り、しかし紡がれる声色は想像していたより酷く物鬱気だ。

「…双子とは難しいものだな。均等にバランスが取れてさえいれば、なにも問題はないのに。」

そうだ。ヒアシ様とヒザシ様は双子の御兄弟だった。俺と…俺たちと…同じで。

「どちらかが、必ず損をするのだ。そう作られているかのように」

嗚呼。そうか。なぜ弟は"いなかった事"にされたのか。

「それは…凄惨な事だ。」

…ヒアシ様達の、温情と言う名の同情だ。そうか、そうだった。なぜ忘れていた。この家は、そうじゃないか。才ある者もない者も御構い無しに全員忍に召し上げるシステム。昔からの…日向のルール。俺みたいな奴がいなかったかなんて、誰が言える。俺が生まれる遥か昔から一族同士の争いがあったから。だから日向は分家と宗家に別れたんじゃないか。弟がなかったことにされたのは、一族同士の揉め事を収めるため。俺のような忍が伝染していく前に打ち消した。…俺が知る日向は、こうだったじゃないか。長きことネジやヒザシ様のお側にいさせて貰っていたから。俺は日向を忘れていた。木の葉創設時代からある忍一族を。日向という家の業を。

「…俺はどんな罰則も処分も受ける覚悟です。ヒアシ様や亡くなられたヒザシ様が事を鎮めてくれたからこそ今の俺があります。弟を忘れる事はもう二度とできない。できないからこそ、俺に罰を下さい」

弟に、償えるとは思ってない。だけど、なんの罰もなくのうのうと生きていいのか?血の繋がった家族を殺しておいて自分勝手に忘却して。シモクに殴られてわかったんだ。俺はやっぱり独りよがり。自分は悪くないって思い込みたかった。そうでもしなきゃ、きっと自分は潰れる。そう思って。だけど、それを背負っていかなきゃ俺は本当に弟になにもできない。

「頭をあげろ新。日向の歴史や風習に問題がなかったとは言えん。あの時代は誰もが必死。子どものお前達の手すら借りざるを得なかった。お前達の運命を決めてしまったのは我々だ。…すまない」
「お願いします…俺は、弟を忘れたくない、忘れてはいけない…。罰を、下さい…ヒアシ様…」

やめろ。やめてくれ。また、"なかった事"にしないでくれ。俺は人として最低な事をしたんだ。時代の所為になんか出来ない程に。

「お前への罰は一つだけ。…ヒナタを、ハナビをネジを、日向を護れ。お前は日向家若衆筆頭だ。」

優しさというのは、いつの間にこんなに苦しいものに変わったのだろう。俺は頭を上げることができないまま。ただ枯れ落ちる葉の音だけ聞いていた。




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