133.夢見る少年は今日も泣き叫んだ

「…もう、いい。もう、やめだ…」

膝をついた新は体力の限界だったらしい。なんといっても病み上がりだ。そういう俺も傷がくっついてきたとはいえ、怪我人である。大の男一人担いで帰る余力はない。お互いばったりと倒れこみ、空を見上げる。まだ色味を失っていない青が晴れ晴れと俺たちを見下ろす。

「…新。」
「ん?」
「お前、ここまで走ってきたのか?」
「あぁ。」
「…ということは…俺に向かって来れたのも、眼が回復傾向にあるからじゃないのか?」
「言われてみれば…少しだけ…」
「…まずは里に帰って、お互い休養しよう…」
「…そう、だな…」

里抜けの件は不問にしてやる。そう言えば、新はくつくつと笑った。…なぁ…イタチ。俺、今度はちゃんと守れたよ。お前のことは…救えなかったけれど、やっと、俺は友達を救えたよ。次第に視界がぼやけて膜を張る。取り戻せたのだ。大事な友を闇から。やっと。やっと。お互い動けないくらいボロボロだけど。それも少し経てば笑えるくらい、不恰好な話になるに違いない。

「…そういえば…道中…東に複数気配が…」
「気配…?」
「来た方向からして、木の葉の小隊だと思う…」
「…火影の命令で派遣されたってことは…近くでなにかあったのか…」
「俺を追尾してきたのかと思ったが…違ったらしい」
「…もしなにかあったなら加勢したい所だが、生憎この様だからな…」
「お前、忍寺の警護任務じゃなかったのか」
「…忍寺を暁に奇襲された。壊滅的被害だ…それに警護対象者の大名子息の行方も分からん」
「っ!!勘弁しろ…!子息になにかあれば、首が飛ぶのは間違いなく隊の責任者であるお前だろうが…!!」
「嗚呼。状勢が暁という存在で悪化している中、里外に出たがった息子をきちんと諭さなかった大名様に意を唱えたいもんだがな。選りすぐった忍を付けていながらこの結末…。子息が無事に同胞達に送り届けられている事を願うだけだ…」

この俺の不祥事で挟まれるのは火影だ。里の長は大名の小言も受ける身。俺だけならばまだしも、火の国に見放される訳にはいかない。火の国あっての木の葉隠れだ。雇い国を持たない忍は烏合の集だ。……とんでもない事をやらかしたものだ。あんな小僧一人如きの生死が、まさに木の葉の命運を分けてしまっているのだ。身体が動かない今、同胞達を信じるしかない。火の国圏内といえど、新を置いて帰れない。少し休んだら時間掛けてでも帰ろう。

「おいそこの屍共」
「っ…!!な、シナガ先生!!」
「お前らァ…漬物石10個の刑でも足りねーぞゴラァ!」
「痛あッ!!」
「うぐっ…!なんで俺まで…」

唐突の気配にハッと目を開けば、音も立てず現れたシナガ先生。あいも変わらず色のない顔だ。しかし、眉間の皺が深い。とても深い。ついでにこめかみに血管が浮いてる。無抵抗に寝そべる俺たちの頭にそんな先生の鉄拳がお見舞いされる。…新だけならまだしも、何故俺まで。骨に響くその痛みにゴロゴロとのたうち回る。

「新!!」
「ッ……ネジ、」

ネジまで連れていたのか。先生は。意外な組み合わせだ。シナガ先生は俺の隣にどかりと腰を下ろした。「里抜け容疑で探していた」とのこと。ああ、と事の経緯を悟った俺は後ろ手で起き上がり、先生と同じように座った。後は、ネジと新の問題だ。それを先生もわかっているのか、立ち入る事は決してせずに口を開いた。

「派手にやったみてーだなァ」
「寝てる奴を起こすには、これぐらいが丁度いいんですよ」
「…手間かけさせたなァ。色々」
「…今更です」
「忍寺の件どうだった」
「……」
「しくじったか。珍しい事だ」
「暁は強い…地陸殿ですら敵わなかった…俺は時間を稼ぐのに精一杯で…なんとか…逃げる事ができたんです…その後滝隠れの親切な家族の世話に…」
「…そうか」
「…大名子息の…行方が掴めません…」
「……」
「もし子息が……。その場合は俺も、俺の班の同胞も打ち首だ」
「馬鹿野郎。んなことさせっか」

ばしっと叩かれた背中に労いが感じられて。問題は山積みだけど、やっと俺は一息つくことができた。



「……」
「……」

任務から戻ったアスマ率いる小隊は憔悴しきっていた。目的人物に接触したまでは良かった。だがSランクの犯罪者の肩書きは伊達ではなく、戦い方も異様な特性も。なにもかもがめちゃくちゃだ。予想の範疇を超えている。もう少し。あと少しだけの策が残っていれば。あと少しだけ、ほんの少しだけ。…取り返しのつかない凄惨な事態はシカマルの精神をゴリゴリと蝕み、目の前の現実を逃避したくて仕方がない。信じたくなくて、信じたら終わりな気がして。煙草をやめたのは決まってなにかあった時。それがなんなのか、その答えは当の本人によって託された。頭が追いつかない。本当に、なんて事に。背中をぐっと丸めた姿はいつかの彼の兄に酷似し、応援にかけつけたチョウジといのも同じように憔悴した顔で俯くばかりだ。誰も何も言わない。自分達の身近な者の…師の殉職。シカマル達は即座にそれを拭って立ち上がれる程、強靭ではない。まざまざと見せつけられたのは忍世界の過酷さだ。いつか超えていかなきゃいけない師。もう二度と会うことも叶わない師。

「じゃ……俺行くわ」

火影への報告を済ませた後で、訃報は自分が伝えると言い切ってきた。…木の葉の里は、まだ猿飛アスマの訃報を知らない。いつも通りの…平和なそれだ。遊びまわる子供達を横目にアパートの扉を叩いた。これから、どんな顔で。どんな声で。どんな風に。彼女にアスマの最期を伝えればいい。「シカマル」そう言われて開け放たれた扉の先の。その紅色の二つの瞳を見て話すことは出来ず。崩れ落ちた華奢な体を支えることしか、できることはないように感じた。玄関横の鉢に植えられた花弁がぽとりと落ちた。鮮やかに…見えた。



「…父さん」
「暫くほっといてやれ」
「でも、…」
「シカマルは、ああでもしなきゃ喚かねぇ」

…昨今。戻ってみればこの凄惨な事態だ。最終的にネジが新を背負って木の葉に帰ってきたのだが、…俺たちが壊滅的被害を被った忍寺の件を引き継いだアスマさん率いる小隊は、あの不死身共の手にかかった。…アスマさんは、シカマルの師だ。人をあまり尊敬したりなんだりしないシカマルが、初めて師と認識した人。俺たちとシナガ先生がそうなように。シカマルはその先を行く"先生"を亡くしたのだ。灯りもついていない間からシカマルの嘆く声が絶え間無く響く。父に止められた場所から動くことができない。自分が現れたら、きっとシカマルはまた心を閉ざす。それに俺はきっとシカマルに何もできない。…シカマルの声を聞いていると、俺の目にも涙が流れ出てきた。…ナグラさんを思い出しているのか、俺。墓の前でずっと後悔して謝って、問うて…。

「…俺たち、似てない癖に…、そんな所ばかり、似なくていいんだよ……」

師を亡くして、後悔する。そんなもの、お前に味わって欲しくなかった。なあ、信じてもいない無類のカミサマ。俺はあんたを恨む。

「…似なくて、いいよ…」

廊下の庭から見上げる空は星が瞬き、俺たちの心情とは裏腹に。残酷なまでに綺麗だった。



「大名子息が御生還された。」
「…、安心しました」
「私の部下たちは本当に優秀だ。」

火影が笑む。だが、俺は全く笑えもしない状態だった。無傷での生還ではない。俺が責任者だ。経緯があったとは言え、護衛対象よりも里に帰るなど任務放棄もいい所だ。

「大名子息がお前に会いたがってる。小言を貰う覚悟をして行け」

大名子息がいる場所は火の国中枢の御殿だ。瞬身で御殿に到着した俺は門番らしき屈強な男に事情を話した。どうやら門番には話が通っていたらしく案外あっさりと門戸を開いた。…平和ボケ共め。身体検査もなしに簡単に中に入れるなんて。

「お待ちしてました。シモクさん」
「…ご無事でなによりです。御子息」

所々包帯は巻いているが二本の足でしっかりと立っている。見た所大怪我はない。それはそのはず。俺の班の同胞が命を懸けて守ったのだから。

「しかし…此度の一件は失望致しました。やはり忍とは野蛮な生き物だ。」
「…貴方様は忍について随分とお詳しいようです。ならば暁の存在も知らない訳ではなかったでしょう…」
「ああ、はい。知ってました。僕は大名家に飽いていましたし丁度いい機会だと。」
「…丁度、いい?」
「暁なる者らが現れるのを待っていたのです。言ったでしょう。僕は今の生活に飽いている。見たかったのですよ。手に汗握る忍の戦いとやらを」

…知っていて…こんな面倒ごとを増やしてくれたのか…?

「しかし実に呆気のない。力の差があり過ぎる試合ほどつまらぬものはありません」

…命を懸けて戦った者に対して…こいつはなにを言っている。

「あなたの戦いも見てましたよ。逃げ帰ることしかしない腰抜けが。よくおめおめと帰ってきたものです」

俺は慣れている。俺がどう言われようと構わん。だけど、これを我慢しろと言われてできるほど俺は腐ってない。

「あなたの御家も、お師匠もたかがしれますね」
「おい…クソガキ」

もうどうでもいい。反逆?打ち首?上等だ。こっちはいつでも死ぬ覚悟はできているんだ。俺たちが命を晒して落として削っている間に、悠然と踏ん反り返っているだけのお前たちとは違う。上品に着込んだ着物の胸倉を掴みあげる。予想外だったと言わんばかりに目が見開いた。その目に、酷く冷たい顔をした自分が反射している。

「お前は忍同士の撃ち合いが見たいんだろ。なら今から間近の戦場に連れていってやるよ。喜びな。忍の中でもっとも危険な任務を担当する暗部の撃ち合いだ。殺し合い、鮮血を全身に被って、腕がもげようが足が千切れようが。それでも里の為に仲間の為に死力を尽くして死んでいく忍の、あの断末魔が。上げられた魚のように重なり合う死体が。虚ろな目が。誰一人息をしないあの空間が!…お前なんかに…簡単にわかってたまるか…!!」

こんな奴が未来の大名。笑わせる。里も国も、なにもわかってない温室育ちのもやしが。

「…お前は忍を機械かなにかだと勘違いしてないか。忍は人間だ。心もある、考え方も忍道もそれぞれ違う。…俺は確かに逃げ帰ることに有能な腰抜けだ。だが…師を。仲間を蔑ろにした今の発言。即刻取り消せ。」
「ぶ…、無礼者!貴様、僕になにをしているのかわかって…!」
「上等だっつってんだろ。死体を見たこともないガキが。忍をわかったように宣うな。」

手を離せば目を白黒させて俺を見上げた。…歴代火影達が積み重ねてきた我慢を、ついに爆発させてしまった。火影でもない俺が。

「…お前には分からないだろ。兄弟を殺してまで力を手に入れなきゃならなかった者。身内を見殺しにするしかなかった者。里を、居場所を失った者。…一族を壊滅させなきゃ守れなかった者。…いや、お前なんかに、分かられたくないがな」

踵を返して御殿を後にした。あの後、特に俺に対して、里に対しての子息からの宣言はなく。ほぼ全ての事柄への対処が終わった俺は完全に電池切れで自室に戻った瞬間に畳の上で寝落ちた。とにかく、限界だったのだ。




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