132.ここから再び、始めてもいいですか?

後悔なんて、死ぬ程してきた。死ぬ程して…そして。俺は。

「里抜けだ…?ふざけるなよ日向新。そんなの、俺が易々と許すとでも思ってるのか…?」
「お前こそ同じ"同属"だろ。好きで木の葉の犬やってるわけじゃない。俺はもうお前が分からない。俺も俺が解らない」

それでも、仲間の死体の上を歩いてきた。この十数年間。幾重にも幾重にも。折り重なった魚のような死体を。あの時、ああしていれば。こうしていれば。そんなの、余計な苦痛になると知った。そんな事が息つく暇もないくらい続いて、新の言う通り。俺自身の事が解らなくなったこともあった。だけど、そんな俺を見限ることはしなかった。

「そんな解らなくなった俺を助けようとしてくれたのは誰だよ」
「…俺はあの時、お前が可笑しくなった時。すぐに保身に走った。身近な奴等に警告して近づくなって。…仲間だ、戦友だ。色んな事言っておきながら、お前の事を救ってやれたことなんか、一度だってねぇんだ」
「それが?」
「っは?」

それが。なんだというのか。

「お前は、むしろ俺の望んでいた事を誰よりもしてくれていたよ。お前が周りの奴らにそう言ってくれたから。俺に不用意に近づいて傷付く人が少なかったんだ。…俺の弟たちは言う事聞かないから、ずかずかと押し入ってきたが」

お前が周りにそう触れ回らなければ。きっと見舞いに拘ったレンカや、シナガ先生も手にかけていただろう。イヅルのように。

「…ずっと、いい損じてた。俺は昔からお前に救われていたよ」

俺たちは、確かに時代に翻弄される忍という存在だ。それは変わらないし、きっと抜け出せることもないのだろう。だから幾多もの後悔も。悔恨も。憎悪も。全部踏み締めて進んでいかなきゃならない。

「お前が弟を殺めたとしても。俺はお前の手を離さないからな。絶対に。」

二度と。同じ事を繰り返すものか。あの雨の夜。何故手を離した。怖いと全身で叫ぶあいつに、俺はなにもしてやれなかった。

「俺こそ馬鹿みたいな道歩いて、馬鹿みたいに周りを傷付けてきた。どれだけ周りの奴等から怨み買ってると思ってる。」

こんな俺と、そんなお前。

「お前に死ぬ権利はないんだよ。」

それは自分にも宛てたもの。

「だから、生きて、償うんだ。」

それが、俺たちみたいな奴にもできる、精一杯のこと。

「ネジの側にいたくないなんて、言うんじゃないよ。お前らしくない」

この木の葉の里で

「忘れたというなら教えてやる。日向新って男は、馬鹿みたいに明るくて愚直で、大事なものの為に体張って…そして、よく笑う男なんだよ」

間違った奴等なんてごまんといて。俺もその一人で。確かに新の罪は許されることじゃない。俺は許す許さないの立場に立てる程偉い人間ではない。分かってる。しかし、こいつがそうしなきゃいけなかった。その焦燥感と恐怖は……痛いほど解るから。

「お前が世界を変えるって言うなら俺も手伝ってやる。全員で手伝ってやる。オクラもシナガ先生もカカシさんもアスマさんも、一人でじゃない。みんなでだ」

だから、頼むから。

「お前は許されない。だから背負って木の葉で生きろ。本来弟が生きるべきだった木の葉隠れの里で、弟の眼と共に生きろ」

堕ちるんじゃない。



シモク。俺はお前を助けてやれたことなど一度もない。口では上辺を宣えても、いざとなったら。だけど、こいつは昔から俺に救われていたと言う。そんなこも、ないのに。絶対ありえないのに。

「俺もお前と大して変わらない人間だ。人を殺めた事を忘れて生きていく。そうでもしなければこっちが参る。…お前は素直過ぎるんだよ。時代が仕方なかったなら、仕方なかったんだ。」

赦す。赦さない。それは、俺の弟が決めることだ。…だけど、死人と話などできるわけがなくて。俺は弱さから、誰かの言葉に縋りたかった。縋って、元に戻って欲しがって。

「もう一度言うぞ。新。」

昔みたいに。二度と戻らない日々を求めてる。

「世界を恨んでも大いに結構だ。だけど自分で犯したその罪、てめぇ自身で背負って生きろ。」

シモクの言葉は静かだが劈くように聞こえた。俺だけに向けている言葉ではない。…素直過ぎるのはどっちだ。俺なんかよりも血に濡れている癖に。その癖になんでもないという顔を演じて隠して繕って。……嗚呼、そういえばそうだ。シモクはそういう男だった。素直で純粋無垢で何色にも染まってしまえた。自己犠牲的で、我儘。人の話なんか聞きやしねぇし、短気で脆くて、だけど強靭で。矛盾が服着て歩いているような…そんな、そんなどうしようもない奴で。

「俺は…」

…チームで前を走るような奴はオクラだった。真っ赤な紋章の背中は俺たちが散々見飽きたもので、それでいて…とても信頼できる背中を、俺たちは追いかけていた。どれだけ世界の爪痕に巻き込まれようと、俺はどうしてここまで生きてこられたんだ。自身の保身の為に忘却した程度では絶対にここまでこられなかった。生きられなかった。何故腐敗した世界を見たあの時。こんなに反吐が出そうな思い抱かなかったのか。

「…なんとか、出来ると…思ってたんだ…お前らと一緒なら…世界すら変えられるんじゃないかって」

単純に安心していたんだ。いつまでもなんて。馬鹿げた夢を見続けていたんだ。現実(リアル)から目を背けて飽きもしない夢を、ずっと。

「弟の眼を奪ってまで勝ち取った大事な"居場所"だろ。…簡単に捨てるんじゃないよ」

俺たちは子どもじゃなくなった。一人一人、背負うものは同じだけあって同じだけ重い。だけど全員が同じものじゃない。九尾事件で妹を見捨てたオクラも。任務を嫌でも遂行させるシモクも。慰霊碑の前に立つカカシさんの後ろ姿も。…みんな、本当は逃げたいに決まってるのに。俺だけじゃ、ない癖に。

「…俺は木の葉に帰る。弟との約束だから。」

…俺なんかより、酷く疲弊している男がそう言う。俺なんかより、多くの死を見届けてきた男が前に進む事を選んだ。どれだけの死体の上を歩こうと割り切って進む覚悟を決めたのだ。俺は最初、シモクは暗部に向いてないって思ってた。だって俺たち似た者同士だったからすぐに分かったんだ。嗚呼、こいつも俺と同じで力に比較されているんだって。…本当に、すげぇ奴だと思う。放り出された場所は最悪なのに。踏ん張って耐えてる。

「俺は帰還屋の奈良シモク。木の葉隠れこそが俺の居場所だ。そして、頼まれた場所だ。一緒に、帰るぞ」

…勝てないと思う。今ここで対峙しても、絶対に勝てないと。俺の目には何も写ってはいないが、涙が頬を伝った感覚だけは、やけに強く感じられたんだ。




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