131.探し人のお話

「俺は自分の里に戻ります。オコシ」
「あぁ。そうしたほうがいい」
「子ども達にも礼を伝えて下さい。本当にお世話になりました」

早朝。持前の回復力で早々の復活を果たしたシモクは朝日の光を背中に受けながらオコシに深く頭を垂れた。それがあまりにも美しいものに見え、オコシは一瞬言葉を詰まらせた後頬を掻いた。

「…なあ。お前は暗部の所属って言ってたよな」
「はい。」
「…なんでお前は闇に溺れないんだ?んな仕事してたらそこまで綺麗じゃいられねぇ筈だ」
「…綺麗、ですか?それは面白い冗談だ。俺は一度闇に呑まれている。…だけどその度に助けてくれる大事な家族と友人がいるんです」

シカマル、新、すべての人々に手を引っ張られたから。ここにいられるのだ。あの時、もう限界だと思った時。シカマル達が、周り全てを拒絶するシモクに諦めることなく向き合ってくれたから。壊れることなくいられた。

「木の葉は俺の大事な、この世でたった一つの居場所なんだ。」
「…チビ達が起きる前に行け。お前の足なら2日とかかるまい。」
「…オコシ。いつかまた、会える日がくると嬉しい」
「…俺もだよ。じゃあな…奈良シモク。」

シモクはオコシ達の住む滝隠れ末端の地から離れた。オコシは後姿が見えなくなるまで片手を振っていた。…もし本当に記憶がなければここに留めるつもりだった。ウグやフクも彼に懐き、オコシも若い男手が増えるのは願ったり叶ったりだった。
…彼が、あの忍五大国の一つである火の国木の葉隠れの忍でなければ。片手を戻したオコシの顔は悲しみと後悔と…そして、憎しみで満ちていた。


里に早急に戻らねばならぬ理由は大きく分けて2つ。大名子息の安否だ。暁が2人もいたため、止むを得ず隊内で一番強く生存率の高いシモクが囮となったのだ。恐怖でガチガチに固まる子息を籠に放り込み、他の暗部に任せて来たのだがその後は知らずだ。もう一つの理由は火影に戦った暁の情報報告をする為だ。対峙したのはシモク一人。敵のデータを早く知らせる義務がある。

「この距離なら一日もかからないな」

急いで戻らなければまた自分達を捜索する部隊が編成される。この辺は暁との遭遇率が高い。影真似の術を使わなかったのは勝ち目がないと瞬時に判ったからだ。なるべく多くの物理攻撃を使い、忍術を使うことをしなかった。こんななり損ないの忍術など弾き消されると知っているから。どちらの暁もシモクの情報内に存在していない。額当てに横線が引かれていた。自里との決別の証。裏切りの象徴。里抜けの忍集団。サクラ達が倒した赤砂のサソリも、シモクが遭遇した干柿鬼鮫も。…そしてイタチも。暁は恐ろしい程に強者揃いである。そんな人材をまとめる核は一体何者なのだ。

「…八つ橋さん」

木に留まり口寄せで呼んだのはカカシの置き土産である忍犬、八つ橋だ。野暮ったい一重目でシモクを見上げる。

「そんな顔しないで。俺の話に付き合って下さい」
「お前の話はいつもつまらん」

ふふ、と息を漏らす。八つ橋はひっそりと溜息をついた。カカシの契約をそのままにしながらもシモクに仕えるのは、カカシから課された"命令"の為だ。自分の後輩が誰の助けも得られずに本当に一人で消えそうなときに…力になってほしいと。現実に引き戻してほしいと。カカシがなにを見据えてその命令を下したのか。あの頃の八つ橋には理解できなかったが今なら十分すぎるほどわかる。

シモクという男はいつか消える。

それがどうにもしっくりくるのだ。それを以前から感じ取っていたカカシは八つ橋に託したのだろう。シモクは人に穏やかな虚勢を張る男だ。だが動物ならどうだろう。…カカシの置き土産は、立派な支えとして今もシモクの側に寄り添っている。

「俺、闇の相場で引っかっているそうですよ。」
「お前意外と里外の露出が激しいぞ。ただでさえ奈良家は頭脳派の忍と名高いんだ。」
「俺にはそれは引き継がれていないんですよ」

臆することなく答えた声に、違和感すら感じない。言い慣れた、聞き慣れたという感じだ。自分を貶すことに関してはどの人間よりも秀でていたし、己を無価値と評していた。だがそれを裏切るように、人を殺める才能と強靭な精神。絶対的生命力が彼を暗部へと押し上げ、そちらの世界での価値を高めたのだ。…黒き価値を。

「俺なんかの死体に価値なんかないだろうに」
「世の中には変人ばっかりだ。お前は若いし顔も悪くねぇ。内臓引きずり出されたらどっかの誰かのお人形にでもされるんだろうよ」
「自分の容姿に特別執着はないけど、気味が悪い事言わないで下さい八つ橋さん」
「この世にゃあ汚ぇ面も当然あるんだ。シモク。お前も確実にこっち側に足突っ込んでるんだからな」
「…はい」

そんなこと。わかっている。暫く沈黙が流れる。その時八つ橋が動いた。クンクンと鼻をひくつかせて匂いを嗅ぎとっている。

「どうしたんですか?」
「お前の捜索隊が早々に派遣されたのかもな。見知った匂いだ。」
「木の葉の人間ですか?」
「……だが、妙だ。捜索隊にしては1人だ。」
「……何かあったのかもしれません。向かいましょう」
「いいや、ここで待て。向こうは感知タイプだろう。真っ直ぐこっちに向かってくるぞ。」
「感知タイプ…」
「日向新だ。」

シモクの顔が途端にふっと崩れた。新の目のことは護衛任務に行く前から知っていた。こうして里外に出れるまでに回復したのかと、単に嬉しかったからこその安堵だった。八つ橋の言う通り、木から飛び退いて地面に降りた。新と話すのも最近久々な気がする。世話を焼かせるなとあの面倒くさそうな顔で睨んでくるのだろう。…近づいてくる。消しているのだろうが、微かな足音を鼓膜が拾った。

「おーい!新!ごめん、心配かけ……ッ!!?」

ガキッ!!!!苦無と苦無がギリギリと音を立てて交わる。火花が出そうな程に、向こうは本気だった。

「お…前、なにするんだ…!!!?」

包帯のとれた目はいつもの白眼に見えて、少し違う。薄紫色の虹彩は更に色をなくして白に近い。極め付けは忍装束ではなく、まるでそのまま抜け出してきたような…。額当てもしていない。こんな無防備な格好での任務を火影が許すはずがない。

「新…?お前、一体どうしたんだ」
「俺は…里を抜ける。」

ーー“独り言だから、聞き流してくれてかまわない”

急に昔の記憶が蘇ってきた。…イタチだ。ぐっと目を瞑る。やめろ。聞きたくない。二度も聞きたくないんだ。新の苦無を弾いて距離を取る。

「今なら聞かなかったことにしてやる。訂正しろ!新!」
「するか。俺はもうネジの側にはいられない。そんなの…そんなの、俺には耐えられないんだよ!!!」

!柔拳…!八卦空掌だ。味方の時は頼もしいが敵になってから、その厄介さを知る。ネジは天才だが、経験が浅い。新には経験がある。年季が違うのだ。一つ一つの技が重い。自暴自棄になり、全てがどうでもいいと宣う…戦友。

「自分が何言ってるのかわかってるのか?お前がいなくなったら、お前を慕う里の人達が!どれだけ悲しむか!」
「木の葉の住民を、ネジを、ヒザシ様との約束を。ずっとずっと守りたいと思ってた。だけど俺にそんな資格はない。俺は人の道を昔から外れていた!」
「上等だ!何があったか話せ!」
「お前には解らないだろうよシモク!血を分けた兄弟を力欲しさに、殺したなんて!」

…は?兄弟?新の両親は九尾事件で他界。親戚派閥よ養子となったのは知っている。だが、なんと言った?兄弟?予想し得なかった言葉に目を見張る。

「ずっと忘れていた。忘れていたかった。お前達と出会う少し前。俺は未熟な白眼に嫌気が差して、優秀な眼を持つ双子の弟の眼を奪って崖から突き落とした。」

…。

「そのあと大蛇丸、薬師カブトと取り引きをして眼の移植を頼んだ…。一族には弟が崖から誤って転落したと嘘を吐いた。豪雨の次の日だから濁流で捜索もままならない…好都合だった。」
「…だから、お前は里を抜けると?」
「ずっと忘れていた。だから俺はなんの罪悪感も持たずに今の今まで…。それを思い出しちまったら、もう皆んなとどう接していいか分からない。」
「逃げるってことか。自分から」
「逃げはしない。これから作り変えるんだ。だって俺がこんな事を仕出かしてしまったのは白眼を存続させる為だけに重責を背負わせた大人達と…そうさせた忍世界だろう?」
「…それはお前の被害妄想だ。自分の仕出かしたことを他人のせいにしているだけだ」
「お前こそそうだろ。親父さんや三代目に、暗部へ売られて。掟や肩書きに縛られて俺たちと道を違えさせられて。」
「…」
「そうなった元の原因はなに?この世界が変だからだろ。俺は、俺たちはなにも悪くない」

…言いたいことは、わかる。だが、新は自分の重荷に耐えきれていない。その罪をまるごと世界の所為にしているだけだ。自分は悪くない。間違ってはいないと。そう思わなければ…潰れると。俺だって、父さんや三代目様を恨まなかったと言えば嘘になる。だって、そう思わなければ一体どうなるんだ?その全部を「仕方なかった」なんて宣える程、俺は寛容ではない。だけど、結局決めたのは俺だったから。諦めてしまったのは俺だったから。

「なにが戦争だ。馬鹿馬鹿しい。そんなことの為に俺たちが何故。どうして!全部忍世界が悪い。だから全部を更地に戻すんだよ!」
「確かにそうだよ。俺たちが生まれた時、丁度戦争中だった。時代が俺たちをそうさせたのも事実だ。だけど、過ぎた事を今嘆いたって取り返しなんかつかないだろ…?俺たちが今なんのためにここに居るか、解るか?」

新が、戦争を嫌っているのも知ってる。俺たちの生まれた時代が悪く、幼いながらにして早々に過酷な任務を負い、この世の腐敗を目の当たりにした。更に力のない俺たちはさらなる変革を迫られ、他里に対抗する駒として何が何でも己を変えるしかなかった。全ては、戦争に勝つ為に。負けない為に。少しでも多くの力を持つ忍が必要だったんだ。…新もその1人だ。周りの大人達に散々言われた事だろう。特に日向家は木の葉の宝と言われる白眼が最も重要視されていた。日向の人間であれば白眼の開眼は絶対条件。当時そんな術を持たなかった新には、…そうする事でしか日向と名乗れる道はなかったのだろう。弟を蹴落としてでも力を手に入れるしか方法が思いつかなかったんだろう。だけど、だけどな。

「俺たちが負った屈辱も痛みも悲しみも。もう巻き戻せはしない、してはいけないだろう。俺たちはなんの為に生きてる。…大事な弟達に、ネジ達に!俺たちと同じ思いを味あわせたいのか!?お前が言ってるのはそういう事だ!」
「お前こそ、一度は里抜けを考えたことあるだろ」
「…!」
「シカマルの事も、その時は考えなかったんじゃないか?俺も今同じだよ。もういいんだ。どうでも。もうネジの側にいたくないんだ」

…俺は、また。目の前にいるのに。救えないのか?また。イタチ。俺はあの時お前を行かせた。止めてやることも出来たのに。刺し違えてでも。…俺は、敵わないと諦めて、イタチの覚悟に対抗できなくて。辛い道を歩むその背中を押してしまった。イタチ。お前を思い出す時はいつも、いつだって俺は、後悔ばかりだ…ッ!!!!

「ふざけんな!!!!!」
「っ!」



「どうだ、日向ネジ。」
「この辺にはいないです。」

なにかよくない予感がして堪らない。馬鹿が塞ぎ込むとロクなことがない。痛感した。もっとよく見ておけば。ネジは神経を集中させ辺りを見回した。隣を走るシナガも少しの音も落とすまいと耳をそばだてる。

「…日向家は、新の所業を今の今まで隠していたんだ。日向ヒアシには後日、お前から詳しく話を聞け。俺はこれ以上立ち入れねェ」
「…新が、そこまで追い込まれている事を。俺は今まで知らなかった。馬鹿みたいに明るくて、それが当たり前だと思っていた」

当たり前なんて、不確かなものを。日向家の落ちこぼれと自嘲する新の顔を見たことがあっただろうか。昔の事を話さないから、聞かなかった。それがそもそも間違いで。こんなことになるのなら、最初から…。

「悪い方に考えるな。新を木の葉に連れ戻す。それだけを考えろォ。無駄な思考は判断を鈍らせる」
「…っ、はい」

…新が生まれた時代は動乱の時代。第三次忍界大戦。武力を欲した時代だ。周りからのプレッシャーも当然半端ではなかっただろう。弟を殺してまで手に入れなければならなかった力。忘却しなければ耐えられなかったであろう双子の弟の記憶。それを思い出した今、辿るのは…。

「!シナガさん!」
「おう」

前方、100メートル。戦闘する忍2人のチャクラを捉えた。両方とも、見知ったものだった。




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