130.落ちる堕ちるとても深く

いつも妬ましかった。いつも僻んでた。いつも……羨ましかった。同じ母から産まれ、同じ環境で育ったのに。…いや、違う。産まれる前から既に優劣はついていたのだ。俺は弟に才能も運も、すべてを取られたと思ったんだ。だって、どうして。どうして双子なのに俺は…。

「…忘れたかったよ。なにもかも」

忘れてしまえば。俺はきっと楽になれる。全てをなかったことに。普段の俺で。いつもの俺で。弱くて情けなくて、卑屈な…

「お前の事も。」

ザアザアと流れる川の音が鼓膜を突き破るように激しく鼓動する。心臓がぎゅっと握り潰されるような。息も止まりそうな程。

「…この眼は、お前の眼だ。大蛇丸は全部ぜんぶ知ってた。知ってたからこそ、なんの利益もない俺に力を寄越したんだ」

研究の為に。嘲笑う為に。

「俺は、あのままでいられなかったんだ。分かるだろ…?お前はどんどん俺を突き離して、どんどん大人になる。だけど、俺は?俺だけ置いていかれるのか?」

日向の中で、一人落ちこぼれの汚名を着ながら。優劣の差をまざまざと見せつけられて、一生を憎悪と嫌悪で満たすくらいならば。

「いっそのこと俺たちが一つになればいいんだよ」

そうだろ?それがいい。双子の魂は半分こ。なら力も半分こだ。お前は持っていき過ぎた。だから俺がこうするのは、お前の所為でもあるんだよ。だって俺たちがすべてを半分こで平等に分け合っていたなら。俺はお前を憎むことも殺すこともなかったんだ。

「俺は悪くない」

悪いのは、そうした弟だ。悪いのは、そうした周りの大人達だ。

…ほんとうに?

「俺は、俺はただ…、」

ただ、………




「あの馬鹿…」

屋根を飛び越えながら盛大な舌打ち。精神に妙な疾患があるのだと分かっていたのに。分かっていながら、世迷言を吐き続けるのを止めてやらなかった。新がしたいこと。それはなんなのか分からない。新はいつでもネジの側で、ネジの為に存在していたようなものだった。言葉通り、その重さの通り。新は全てを一人の従弟に捧げていた。彼が疑問を口にするたび。自分を追い込む度。何故だか分からないが形容しがたい焦燥感が頭を支配した。

「夜分すみません!」
「あんたは確か、新君?」
「あ、いえ。シカマルと同期の日向ネジと言います」
「あらやだ!そっくりだったから!どうしたの?シカマルなら任務で朝出てったわよ」
「あの、シモクさんご在宅ですか?」

シカマルの家を訪ねたのは、シモクさんに会う為だ。同期の彼なら新の事を知っている。俺が知らない思い出深い場所を知っていると思ったのだ。だが、シカマルの母は、くっと眉を顰めて一瞬だが目を伏せた。だが、まばたきした瞬間には既に勝気な笑みを浮かべた。

「シモクも中期任務で家にいないわよ。全く、あちこちに首突っ込むんだから、兄弟揃って。…そんなに揃うなら夕飯くらい揃って食べなさいよって、ね」

奈良家の事はよく知らない。だが、きっとシカマルもシモクも、この母親も。色んな思いを抱えている。それを言葉にして解き放つことはない。ただ抱えている。全く事情を知らないからこそ、知らないなりの印象であった。兄弟共に不在だった奈良家を後にし、ネジは再び電柱の上に降り立った。自分が知る場所は全て回った。それ以上に、何処が。

「…。」

…検討がつかない。思えば、自分は彼のことを深く知らないのでは…?大きいのは、彼の生い立ちから遡る。そういえば新は自分で眼を弄ったと言っていたが……、本当に?当時の医療技術で。なんの知識も持たない新が。…出来たというのか?無性に疑問が浮かんで仕方がなかった。

「ネジ」
「!…ヒアシ様との話は」
「ネジ、よく聞け。新は多分…里を抜ける気だ」
「…は?」
「16年前…新は己の手で白眼を手に入れた。それは忍…いや、人として犯してはいけないやり方だった。」
「話が見えない!一体何を言っている!」
「お前の従兄弟は新一人じゃなかった!!」

手に握らされた写真を見て、目眩がした。これは、自分が産まれる以前の、ヒナタやハナビも勿論いない頃。分家側の正装写真だ。…同じ顔が二つ。どちらがどちらか分からないほど。二人は、似ていた。

「お前ならどっちがどっちだか分かるか」
「…た、ぶん…真顔なのが…新だ」
「正解。この頃に新はこの双子の弟を…手にかけている」
「そんな話、一体、なぜ…いままで…」

そんな、そんなこと。新は一言も、…いやそれ以前に。そもそも双子だったなんて知らなかった。自分が産まれたその時、既に"なかった事"にされていた。父であるヒザシはなにも言わなかった。きっと知っていただろう。名前も知らないもう一人の従兄弟の存在。なぜ。何故?疑問ばかりが浮かぶ。いや、いい。この事については、

「等の本人を、捕まえてから問いただす…!」
「白眼で捉えられる範囲には少なくともいねェ。道中、火影に里外捜索の許可を得た。行くぞネジ」

…先々を読める人だ。同行して損はしない。なんせこの人は新の下忍時代からの担当上忍だ。信用していい。双子の件は本人の口から聞く必要がある。今までと…そして、これからを。



弟を突き落とした崖を後にした俺は里の門を越えた。イズモさんとコテツさんがいないせいか、検問は俺にとってはかなり緩い。白眼が使えずともだ。身内殺しの自覚がはっきりした今、俺は日向でいる資格こそない。むしろどうして名乗れよう。俺は悪くない。悪くなんかない。だけど…殺したのは、俺。他の誰でもない俺なんだ。任務で通い慣れた道を歩く。…里抜けだ。検問を通さず無言で里を出る者は皆そう。里にいれば、ネジに会う。どんな顔して会えばいい?忘れていた頃のようには、もういかない。日向が和解しても終わらない。事実を隠すことは出来ても消える訳じゃない。誰もが忘れる訳でもない。ネジに暴露ること…

「俺には、耐えられない…!」

人殺しの、俺など。嗚呼、元はと言えばすべて、すべてこの世界が悪い。日向が身内の子どもたちを忍に育てるのも。木の葉の宝と宣うのも。大きな戦争で死にゆく白眼を絶やしてはならないと激昂する者も。すべてすべてすべてすべてすべてすべて。

「この世界が可笑しいからだ!」

忍なんて。戦争なんて。それに絡め取られて動けなくなっている、俺たちは…なんて無様で滑稽な事か。耐え忍ぶのは忍。決して涙を流す事なく目の前の任務を遂行せよ。感情は殺せよ。…なんのために。所詮は大昔に、どこかの誰かが作ったくだらない世の中だ。くだらない世を、更にくだらなくしているのは…俺たち忍だ。俺には、分からなくなってしまった。いいじゃないか、もう。世界はこんなにも愚かなんだ。自分の立場を自分で貶す。そんな俺こそが、世界一くだらない。

「なあ…魂を分けた弟。あの時、日向家にも、白眼にも。この世界に生きる事すら執着しなかったなら。」

俺は、お前を殺さなくて済んだ。もう頭がぐちゃぐちゃだ。世界を憎み貶す俺と、日向家を裏切り罪悪の念中にいる俺が頭の中で入り混じっている。俺の頭がおかしいのか?本当は世界が正常で、普通で。俺だけが間違っているのか?

日向家に産まれたら忍になる。当然?
アカデミーを卒業したら死と隣り合わせ。当然?
毎日毎日誰かのために闇を生きなければならない者がいるのは、仕方ない?
大事な家族が死んだ、その死は名誉?

違う。違う違う違う違う違う違う違う!!絶対に違う!!!やはり悪いのはこの世だ、世の中が俺たちをこんな風にした。

「終わらせる…この世界を、俺が」

俺が…更地に戻してやる。




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