129.鳥籠の鍵は内側から

「木の葉の……なるほど。そうか」
「…それで。貴方の正体を聞かせて頂きたい。さっきも言った通り、子ども含めて危害は加えない」

気の抜けたようなため息の後、オコシは木の幹に凭れた。俺に向かって下から投げ渡したのはクナイだった。

「同業者だ。現滝隠れの忍。末端の区域を守護監視している。」
「その割には忍らしくない。一体なぜ忍装束を着ていない」
「滝隠れの里長は優しいもんで。そこまで信じられねぇなら額当てでも確認するか?」
「無用だ。」
「だろうな」

…得体が知れないな。最初こそ完全に騙されていた。滝隠れは武力抗争には控えめだ。尾獣を請け負う里の一つにしては珍しいとも言える。里長の顔は見たことないが、シカマルが初仕事で第一次監督官を務めた中忍試験での参加者に滝隠れがいたと聞いた。確か、名前は…なんだったか。写真は見たが、どうも名前が出てこない。まあいい。ともかく、比較的平和な里である。

「…ガキの頃の話だ。俺の里は第三次忍界大戦に巻き込まれ焼失した。里を追われた俺は幾日彷徨い歩き、滝隠れに拾われた。」
「焼失…」
「ああ。当時はそんな里、ごまんとあっただろうよ。お前が忍大国の一つ、木の葉隠れの忍であっても、別に恨んじゃいねぇ。」
「…家族は。友人は。」
「家族はたぶん生きてねぇな。だが…あいつはどうだろうな。俺の友人だが、えらく頑固な奴がいてよ。あいつなら生き残ってるかな。俺みたく」

その友人を思い出したのだろう。くくっと喉を鳴らした彼は頬杖ついて俺を見上げた。

「なんかお前にすこーしだけ、似てんだ。手先が器用な奴で、石ころ収集してよ。よく漬け物石作ってたぜ」



「、なんだァ…、?」

時刻はもうすでに日付を越えようとしている。妙な違和感が体を這う。拭いきれずシナガは飛び起きた。窓から差し込む月明かりが彼本来の色白さを更に際立たせ、人間味を奪う。なにかが、起る。そう直感した。

「…あの時と同じだ」

シモクが暗部になった日。あの時もこんな、不気味な程に神経がざわめいた。とてもじゃないが、寝てられるどころじゃない。この焦燥感。なにか、自分の知らないところで取り返しのつかないことになっているような気がして。

「、っ」

こんな時は、じっとするな。外へ出て確認しろ。里か?火影か?市民か?……弟子達か?昔の経験から変化という変化には人一倍敏感になった。過敏といってもいい。国の世界の、全てを把握したくて。だけど、俺は。この手の中にあったものすら守る事ができず。

「!日向ヒナタ!」
「!あなたは…」
「日向新の元担当上忍の河川シナガだ、…突然すまない、あいつは…」
「担当上忍…、っ実は、新さんが病院から姿を消して…!今ネジ兄さん達と捜しているんです…!」
「なっ…」

新…?徘徊か?いや、考えろ。あいつがネジの元から音沙汰なく消えることなどあり得ない。

「新さん、目も見えないのに…」
「確か、白眼の疲労だったな。」
「はい…私たちとは少し違っていて…長時間の使用は体に大きな影響を与えます」
「…奴がいなくなる前、なにか言ってなかったか?」
「私の前では、なにも…ネジ兄さんの方が、」
「ヒナタ様!見つかりましたか!?」
「ネジ兄さん!」
「丁度良かった。日向ネジだなァ?俺の顔は覚えてるか分からんが、」
「新の元担当上忍ですね。」
「嗚呼。嫌な予感がして外に出てきた。新の事は彼女から聞いた。いなくなる前、奴はなにか言ってなかったか」

ネジは思い当たる節があるのか、黙り込んだ。これは、問いただす必要がある。日向の関わりに触れるのは気が進まないが、そうも言っていられない。

「…おかしな事を言ってました。」
「おかしな事?」
「"白眼を開眼させる為になにかを犠牲にした"…と。それがなにか本人は忘れているようでしたが、…ずっと、考え込んでいました」
「…犠牲。少なくとも俺が担当になった時にはすでに完成に近い白眼を持っていた。」
「…それに、あいつの言葉を否定出来ない自分がいるんです」
「それはどういうことだ?」
「……新は、心を病んでいます。不可思議な行動をするようになったのは最近の事ではなかったのですが、…まるで、別の人格がいるようで。」

ネジ曰く、あのただ底抜けに明るい新が起こす奇行は新本人に見えない時があると言う。無感情に自分を見下げる様はとても言葉には言い表せないと。ネジが赤子の時分から時間が止まっているような行動を取る。赤子を抱く真似をして縁側に佇んでいたりするらしい。…初めて知った。聞く限り奴は、精神を病んでいる。心理学は専門ではないが過去のトラウマやストレスが原因とみて間違いはないだろう。九尾事件で喪った両親の事以外にも、新の過去にはなにかある。……だとすれば、本人さえ忘れていた"なにか"を思い出したとしたら…?

「…ネジ、ヒナタ。お前達はそのまま捜索を続けろ。」
「どうするつもりだ」
「お前達の首領に話を聞きに行く。」
「!ヒアシ様にか!?」
「当てずっぽうだァ。知らないと言われれば諦める。だが、…なにか臭うんだ。」

…戦争中、木の葉の至宝だった白眼の価値は計り知れない。"犠牲"…。なにか引っかかるのだ。瞬身で日向家の玄関前まで行き着き、早速戸を叩いた。分家の方には担当上忍だった頃訪れたが宗家は初めてだ。暫くして顔を出したのはその本人であった。

「夜分に失礼。日向新の元担当上忍。現在特別上忍の河川シナガです。」
「聞きたいことがあるのか?」
「お話が早いようで。日向新の件について貴方の口から聞きたいのです」
「入られよ」

……当たりだな。俺を招き入れた時点で、話す言葉があるのだ。応接間に通された俺は現日向家首領の日向ヒアシと膝を突き合わせた。

「……ネジが生まれるより以前に遡る話だ」

口火を切ったのは意外にも向こうだ。厳しい顔は依然として厳しいままで、いくつもの修羅を掻い潜ってきたその白眼は蝋燭の灯りに照らされて揺れているようにも感じた。

「分家には双子の兄弟がいた。」
「…は、?」
「その弟は上手く白眼を受け継ぎ生まれ落ちた。兄の方は未熟な白眼でな。」
「双、子…?」

そんな話…一度も。

「何処へ行くにも共にあり、あの日もそうだ。私が教えた回天の修行に精を出していたが、……弟の方が崖から誤って転落し、死んだのだ。」
「…」
「当時激しい豪雨で川が増水し、遺体の捜索もままならなかった。…新は、誤って転落したと言うが……あれは偽り話だ」
「どういう…意味ですか」
「子どもが、手っ取り早く完璧な白眼を手に入れる方法。なんだか分かるかね」

………ぞわりとした。自分の答えに。そんな、まさか。いや、しかし。この話の流れだと必然的に…。

「新は弟を蹴落としたのだ。白眼を手に入れる為にな」

立ち上がった日向ヒアシは戸棚から古びた箱を取り出した。正面には封印札が貼られている。中に入っていたのは、二枚の写真だった。一族で撮ったものだろうか。まだ和解が成立していない為か宗家と分家が共に写っているものはない。分家の方の写真を渡される。……もう、信じざるを得なかった。ネジも生まれるその以前。互いに肩を並べるよく似た子ども。

「左が新。右が弟だ」

知ることすら禁忌のような。本人が記憶から忘却してしまうほど、一番触れられたくない事実を。

「新は……血の繋がった弟を…殺した。」




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