128.何が悲しくて人殺しなんか

仲の良い親子。厳粛な日向家ではそれは珍しかった。生まれた頃から白眼を開眼できない俺にも両親はごく普通だった。

「あそこは崖があるから気をつけるのよ」
「分かってるよお母さん」

じゃあ行ってくるねと片手を振り、もう片方の手を取る。同じ顔が頷く。日向家から程遠い場所には木の葉の中でもいくつか危険とされている崖があった。

…例え落ちたとしても事故と思われるくらいに。

「ねえ。新。ネジが大きくなったら3人で修行できるかな」
「勿論。きっとネジは良い子に育つよ」
「おれ、ヒアシ様に"回天"を習ったんだ。新にも教えてやる。」
「…ありがとう。」

ヒアシ様が。分家の人間に修行をつけたなんて聞いたこともない。回天という技は宗家に伝わる体術だ。それを分家に教えるなんて。…それ程期待されているの。血を分けたお前は。

「八卦掌回天!」

同じとは思えなかった。もしかしたらこいつは皮を被った偽物なんじゃないか?だっておかしい。なんでこいつは持ってて俺は持ってないの?回天の会得は一ヶ月に及んだ。毎回同じ崖の上。その日は昨日の雨で川が増水して勢いよく渦を巻いていた。

「早く産まれないかなー」
「ネジのこと?」
「ああ。うんと修行に付き合ってやるんだ。ネジが立派な忍になれるように」
「…立派な忍、ね」
「新だって修行を続ければいずれ開眼するさ。回天を会得したんだから」

…他人事だな。分家に産まれ、更に欠陥品だった俺の気持ちなんて理解されない。だってお前は選ばれたんだろ。あの家が、幼い頃の俺の世界で。口を開けばヒアシ様だの忍だの。煩わしい。

「おれは日向を誇りに思ってる。ネジにもそう思ってほしいだろ」
「…………誇り?なあ。俺たち同じ親から産まれた癖して、全く違うよな。お前は選ばれて、俺は落ちこぼれた。日向を誇りに思え?笑わせんなよ」

その言葉、一度でいいから清々しく宣ったみたいものだ。同じ顔が歪んだ。

「いいよな。お前は。完成系白眼を開眼できて。というよりかは、同じ腹にいた時に俺から奪っていったもんな。俺は未熟児だったんだぜ。どういうことかわかるか?修行を続ければいずれ開眼する?そんなの待ってられる程世界は平和じゃないだろ」

第三次忍界大戦の名残りが残るこの時代で。力のない者は藁にもすがる思いで手を伸ばすしかない。宗家からの圧力。分家からの失墜。そう、それから脱出するためならば。…例え、

「お前の眼。俺に頂戴」

血を分けた双子の弟を蹴落とすことになっても。世界はこんなにも残酷で非道だ。弟の顔が怒りと困惑に再度歪む。頭が冷静過ぎるくらいだった。弟に掴み掛かり、両目の眼球に指を突っ込んだ。ヌルヌルしてて気持ち悪い。弟の悲鳴が蘇ってくる。よろよろと後退する弟の胸を、力一杯突き飛ばした。下は見なかった。あの濁流では身動きもとれないだろうし、なにせ視力がないのだから。生きれる可能性はゼロに等しい。

「……心配しなくていいよ。」

ネジのことは任せて。お前の眼で、俺はやっと日向家に誇りを持てるんだ。俺は悪くない。腹にいた時に、奪われたものを取り返しただけ。

「最初にネジに教えるのは、そうだな…お前から得た"回天"にしようか」

俺は悪くない。悪くない、悪くなんてない。



「うん!だいぶ傷が塞がってる!お兄ちゃんすごいね」
「…そうかな」

彼らに出会って数日が過ぎた。元々治癒は早い方だ。それも暗部としてはとても役に立っている。

「フク姉ー!!」
「なにー?ウグ」
「釣り竿が木に引っかかっちゃった!」
「またー!?オコシ帰ってくるまで取れないよ」

ウグは「またオコシに怒られる」としょぼくれ顔だ。…それにしても木に引っかかるとは。多分魚が掛かった瞬間すっぽ抜けたんだろう。この2人には世話になっているし傷もだいぶ良くなっているから、少しくらい飛んだり跳ねたりは許されるだろう。ここを出て行く前に、少しづつでも借りを返そう。

「俺、取るよ」
「木の高いところだよ?オコシくらい背がなきゃ届かないよ」
「やってみるから。そこに連れて行ってくれないかな」
「でも…お兄ちゃん怪我人だし…」
「大丈夫だよ。だから」

フクは最終的に晩御飯の心配をしたのだろう。仕方なさげに頷いた。オコシが出稼ぎに行っている間は2人で食料確保に1日を費やしている。買うこともあるらしいが、見た感じだと自給自足そのものの貧しい生活だ。…戦争は停戦しても、まだまだ忍界大戦の爪痕は残っている。…俺たちがやっていることは、本当に正しいのだろうか。木の葉の里に忠誠を誓い、他里との関係性を肌で感じている俺たち暗部には自里の防衛を第一に考えている。…フクやウグの存在を感知しないまま。

「結構高く放り投げたな」
「ウグっていつもそうなの。」
「飛んでっちゃうんだ」
「でも、取れない距離じゃない」
「どうやって取るの?」

足に力をいれる。薄くチャクラを纏わせそれをバネに片腕は木の枝を掴む。ぐるりと一周回って幹に着地する。それを何回か繰り返したら目の前に酸欠で既に生き絶えた川魚がぶら下がっていた。口に刺さった針から上を辿ると糸がびんと張っていて、ようやく竿本体を見つけることができた。

「取れたよ。立派な魚付きで」
「すごいよお兄ちゃん!木登り得意なのね!」
「オコシみたいだったー!」
「…え?彼も木を飛ぶのかい?」
「うん。オコシもお兄ちゃんとそっくりなやり方でよく木登りしてるの。私たちにはできないけど」

…心臓が一瞬嫌な動きをした。素人が。一般人がこのやり方で木に登っている…?チャクラもなしに?昔から自然の中、動物並みの環境で暮らしていたのならあり得ない事じゃない。だがオコシのきちんとした身なりと、前に言っていた…今はもうない自里の話からしてそんなに野生染みた男ではない。…追われた、里。オコシは、俺と同じ…忍かもしれない。

「おーーす。帰ったぞ」
「オコシおかえり!早かったのね!」
「ああ。…この木に集まってるって事は、また竿ぶっ飛ばしたのか。よし、俺が取って…」
「お兄ちゃんが取ってくれたから大丈夫だよ!オコシが帰ってきたならご飯の支度しなきゃ!ウグ手伝って!」
「いいよー!今日は大漁なんだー!」

ぱたぱたと走り去る2人の足音が完全に聞こえなくなった。オコシは相変わらずなにを考えているのか分からない顔で俺と木を見比べた。

「やるねぇ。木登り得意なのか?」
「そちらこそ。」
「…なぁ。シモク。これから俺が口にする言葉はお前にとっては不快かもしれない」
「なんでしょう」

口角をくっとあげて、オコシは視線を川に向けた。近くに滝でもあるのかザアザアと音がする。

「記憶がねぇってのは、嘘だろ」

…疑問符のない確信した言葉だった。どう返せばいい。ここで戦闘にでも発展したら、恐らく俺は自衛の為にするべき事をする。

「…なぜそう思うんですか?」
「悪いな。最初からさ。監視の為に俺はお前を滝隠れの里に引き入れた。末端といえどもここは滝隠れ領域だ。」
「…なるほど。」
「本当のことを言え。お前は何者だ?寺の僧とか、寝ぼけたこと抜かすなよ」

…こうなるか。寺の僧という隠れ蓑はどうやらもう使えない。俺の口から話すのは良くないが、…黙らせることもできない。オコシには、子供たちがいる。家族がいるのだ。オコシがいなくなれば、あの子たちはまた路頭に迷う。…ならば選択肢は、ひとつだ。

「わかった。オコシ。俺はこういう者だ」

着物の上を脱ぎ捨て、片腕を見せた。忍なら、知っているはずだ。忍五大国の一つ。火の国木の葉隠れが証。火の刺青。それを見たオコシは薄ぼんやり開いた目を徐々に見開いた。

「火の国圏内の火ノ寺で護衛任務の最中、暁の奇襲に遭い、応戦しここまで逃げてきた。俺は木の葉隠れ暗部の奈良シモクだ。危害を加える気はない」




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