127.水面下の絶望

俺はあの時なにを差し出した?俺は、あの時。ネジが帰った後、新はベッドの上でぼんやりと考えていた。大蛇丸と取引きした時、奴はなんて言ってた…?…あの頃の俺は必死で必死で、後先などなに一つ考えていなくて。

「……あー…普段使わない頭使ったせいだ」

酷く…吐き気がする。俺はずっと…なにを忘れている?否…忘れようとしている?白眼がこうなってから俺は可笑しい。具体的になにがといえば答えられないけど、確実になにか可笑しい。物凄く危険なものに両手をかけているような…そんな、薄気味悪い感覚…。

「新」
「っ、!」
「眼はどうなっている」
「…、ひ、ヒアシ様…」

気配を消されていた…。完全に気づかなかった。身を起こそうとして、肩に置かれた手に制される。

「無理をしてはならない。」
「も…申し訳ありません。無様な姿を晒し、て…」

頭が…上がらない。個人的な感情はさて置き、宗家と分家の和解に踏み合って下さった宗家の現首領だ。そして、絶対的存在。日向の全てだ。

「綻びが出始めたようだな。」
「…え?」
「…あの日、お前が自分の為になにをしたのか覚えているな?」
「なに…を?」

なにを?なにをした?俺は…あの日…?
あの……日…。

『おれのことを、忘れたのか?新』




頭の血管がどくどくと脈打っている。リアルに動かれて少し気持ち悪い。

「おにーちゃーん。大丈夫?」
「はい…ありがとうございます…」
「傷は塞いだから、明日栄養あるもの食べさせてあげるね!」
「…はい」
「おー。やっとまともな顔になったな」
「感謝します…オコシさん」
「うわ。むず痒いからやめろ。オコシでいい」

…足元に転がる少年…ウグはすやすやと寝息を立てている。俺の一通りの怪我の手当てをしてくれた少女フクも欠伸を噛み締めて、ウグの隣に寝落ちてしまった。彼らに毛布をかけてやりながらオコシはよいしょと畳に座った。

「俺は勝手にシモクって呼ぶからな。」
「…ご随意にどうぞ」
「よしシモク。なにがあったかは知らねぇが、きっと恐怖で記憶が飛んだんだ。…お前まだかなり若いだろ。」
「…」
「こんな時代だ。里を追われた奴らなんて腐るほどいる」
「あなたも里を追われたんですか…?」
「随分昔の事だけどな。放浪して、歩き続けて…ここに落ち着いた。こいつらも旅の途中で拾った奴らなんだ。」

…こんなに小さい子どもが生きていくには、どうすればいいのか。…否、どうすることもできないだろう。餓死か身売りか。やはり、この世界は可笑しい。

「もし記憶が戻らなくて行く当てがないってんなら、ここにいろ。」
「…お人好しと、言われませんか…?」
「ははっ当然のことだろ!この世界で生きるには、助け合っていかないとよ」

…なんて、綺麗事を…。なのに、心に染みる声だ。どこかで聞いたような、そんな…。ああ、そうか…ナグラさんだ…。全然違うのに、よく似てる。それを最後に俺の意識は沈んだ。





ーーいいな。俺の眼はこんなにも未熟なのに
ーーいいな。お前はその期待を背負える。

いいな。いいな。いいな。

「あの日…俺は、」

包帯に巻かれた眼の奥がじくじく痛む。しくしく涙が溢れる。体が自分のものじゃないみたいに動かない。血の気が引いていくようだ。…なんで、忘れていたんだろう。思い出すのが、恐ろしくて。自分が自分じゃないみたいで。それでも、それを望んだのは間違いなく俺で。思わず顔を覆った。吐きそうだ。十数年の間…ヒアシ様は勿論、ヒザシ様も俺の悪事に触れることはなかった。両親でさえ、最後まで俺を責めたりしなかった。嗚呼、なんてことだ。


「俺は…血の繋がった兄弟を…殺した…」


あれは、そう。ネジが産まれる前の話。




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