126.答えを見つけるのには時間がかかる

「…ここはどこですか」
「滝隠れだ。つっても端っこなんだけどな」
「お兄ちゃんはどっからきたの?」
「…俺は……」

…一般市民…なんだろうが、断定できるまでは身の上を話すのは良くないだろう。こんな子どもとて忍かも分からない。それにこの男も。確か…オコシ。体格もいいな。鍛えているのか。

「悪い。思い出せない」
「大変!オコシの言った通り!頭が仏さんになっちゃったんだ!」
「仏じゃない。」
「名前を覚えてるのが幸いだな。あんたの身なりからして格の高い寺にいたんじゃねーか?」
「お寺ー?」
「にしては髪の毛ふっさふさだな。袈裟も見当たらない。…ひでぇ怪我もしてやがるし誰かに追われてたのか」

いや、暁と対峙していたのだ。己の身の上を軽々しく口にできる程俺は軽立ではない。他里の暗殺部隊に所属している男などと知れたら不審極まりない。少々心苦しいが、嘘をつかせてもらおう。

「お兄ちゃんすっごくかっこいいもの。きっと恋の三角関係がもつれたんだ」
「こいのさんかくかんけい?」
「ウグには早い」
「きっとそうだよ。お兄ちゃん隅に置けないね」

フク…といったかこの少女。…愉快なものだ。そんなこと、俺にはどうしたって必要のないものなのに。もしなにも負うものがなかったら…どうしただろう俺は。そんな事を考えながら暫く歩くと小屋のようなものが見えた。少し離れた場所に薪が積まれている。子供たちは俺とオコシを追い越して無邪気に走っていく。

「…っ、」
「大丈夫か。悪いな歩かせて。肩を貸すべきだった」

あんた怪我とか不調を他人に隠すの上手いだろ。俺の肩を持ちながら嫌味のない顔で笑う。

「自里に必ず帰れる。今はなにも考えず怪我を治せ。な。」
「……すい、ません。」
「いーってことよ」

ああ、確かに。怪我を治して里に……。そういえば……大名子息は…。



同刻、火の国圏内火ノ寺。綱手が送り込んだ隊の一つ。アスマ率いる班だ。火ノ寺は半壊し夥しい数の棺が均等に並んでいる。年老いた老師は地陸の前任者であろうか。生き残りは隠居し、敵の目に触れなかったこの老師と老師付きの青年だけだ。

「それで…地陸と奈良はどこに?」
「いえ…実は地陸様と奈良さんの亡骸だけがどこにも見当たらないのです」
「おい。兄貴は死んでねぇ。撤回しろ」
「おいシカマル。…すいません。奈良の末弟で、今回の護衛付きはこいつの兄だったもんですから」

鋭い目差しの三白眼は青年をじっと睨みあげる。すかさずアスマがフォローを入れる。…当然だ。シカマルはシモクのことを大事に思ってる。そう、昔から。忍になるずっと前。命の危険に晒されることも、そんなこと想像もしていなかった、その頃。死地に向かざる得ない兄の背中をシカマルはどんな顔で、目で、見送ったのだろう。それが、家族を持つ忍の宿命だ。シカマルもわかっているしシモクも理解している。それでもその繋がりを断つことはない。理由などは、ない。だがそこには確かに見えぬ絆が固く結びついている。

「あの…アスマ隊長。これってあまり言いたくはないのですが、地陸さんは闇の相場では三千万両の賞金首になっています。シモクも二千五百万両の相場……暁の奴ら…」
「……おそらくな」
「アスマ、あんたまで、」
「地陸は換金所に連れていかれたとみて相違ない。だがシモクはどうだ。直接留めを刺された奴を見た者はいない…あいつは帰還屋の異名を取る男だろ。…信じろシカマル」

はっとした。一番否定したい自分が、一番肯定しているじゃないか。兄の死を。アスマはシモクの生存を信じている。それに気づいたシカマルは一度深く息を吸い吐いた。…しっかりしろ、俺。余念は決断力を鈍らせる。俺が編成された理由を考えてみろ。頭使ってなんぼの俺だ。使いもんになんなきゃ意味がねぇ。他より戦闘能力に劣る俺は頭使うんだろ。

「イズモ、近くの換金所の場所は…?」
「一番近い場所含め全部で5箇所だな」

イズモの口寄せされた伝達鳥は四方へ散る。ここから一番近い場所以外の換金所には他方で行動している班が駆けつけるだろう。

「よし!俺たちも急ぐぞ」
「お待ちくだされ猿飛アスマ殿。これから戦われるあなた方をどうか少しだけ祈らせてくだされ」

アスマは言葉なく、そっと頷いた。



「ネジ」
「なんだ」
「俺、大丈夫かなあ」
「珍しく弱気だな。気味が悪い」
「お前は相変わらずドライなやつだよ」

深い溜息を吐かれてしまった。なにを言ってやがるとでも言いたそうな。呆れの境地。…いや、心ない発言だったのは事実だけども。無言の空気がなんだか心地悪くて(なぜか無性に)、こちらからまた話題を振り出した。

「あのさ、昔自分の目を開眼させたことに後悔はしてないんだ。だけど俺、なにか大事なものを忘れていたような…そんな気がするんだ。」
「大事なもの?」
「こいつを開眼させる為に…俺はなにかを犠牲にした…それがなんなのか思い出せないんだ」

なんだっただろ。ネジ以外に大切なものなんてないんだけどな。喉に引っかかった小骨のように。気になって仕方ない。

「だけど、思い出したくもないような…」
「…珍しいな、ほんとうに。」

真っ直ぐに生きているように見える新が、珍しい。…珍しい?ネジははたと気づいた。珍しいってなんだ。新とて人間なのだからこういう時もある。……だけれど、ネジもその実体の掴めない妙な違和感を拭えないでいた。新が目を開眼したのはネジが産まれた頃だ。当然ながら赤子の自分に新の幼少期を知る術はない。…だが、この違和感はなんだ?新が世迷言を言う度に、共感する俺がいるのは何故だ?気味の悪い感覚に半分支配されながらもネジは「不気味だからやめろ」と会話を終了させた。




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