123.良い悪いはその人次第

「シモクさん」
「…今度こそなにか御用で?」
「あはっ!いえ、すいません。本当に近くにいてくれてるんだなぁって」
「…」

耐えろ。耐えるんだ自分。このクソガ………大名子息がどんなに自分で遊んできたとしても、耐えるんだ。障子越しにぐぬぬっと拳を抑えるシモクの我慢は爆発寸前である。名前を呼ばれては返事を返していたのだがなにか用がある訳でもなし。時刻は既に丑三つ時を回っており、さっさと寝ろクソガキと思うのも無理はない。

「こっちへ来て一緒に寝ませんか?一人だとやっぱりちょっと寂しいというか」
「お断り申し上げます。俺は貴殿の護衛ですので。」
「そんな障子越しじゃなくても。」
「貴殿は大名。俺は忍。線引きははっきりと簡単です。夜更かしは良くありません故、休まれて下さい。」

さっさと寝ろという遠回しな言葉を知る由もない察しの悪い子息はむくりと起き上がった。

「では未来の大名命令です」
「…何と?」
「一緒に寝てください」

このクソガ……クソガキ!!!!思わず顔面を両手で覆った。なにが悲しくてこのクソガキに命令などされなきゃならない。そもそも可愛い自慢の弟達にしか添い寝はしてやった事ないし、それはどれも今だ輝き続ける思い出であるのだがそれを覆す程の大インパクト。大名子息への添い寝とは。…今後添い寝というフレーズで思い出すのは輝かしい思い出ではなく、コレになるのではないかという。…失礼発言である。だが心の中で嘆くのは自由である。

「………わかりました。早く寝て下さいよ」
「僕の勝ちですね」

たっぷりの間の後、呆れた顔を隠しもせずに部屋に音も無く入り、傍に腰を下ろす。嬉しそうに身を寄せてくる子息を見下ろした。ああ、全く何て事だ。今までの任務で色もなくはなかった。子どもと呼ばれる時分はとうに過ぎた人間達の情欲には慣れたつもりだが、純粋な慕いには慣れていない。しかしながら自分はベビーシッターではない。いや、ベビーという時分は超えているれっきとした青年ではあるが。

「はあ…」
「そんな露骨な」
「寝て下さい」

記憶を失うくらい鳩尾に一発食らわせてやろうか。…本気でそう思ってしまったシモクもまだまだ未熟である。



俺の眼は日向のものであった。俺のものではない。そう言われたのはいつだっただろうか。俺が日向一族の若衆に入る前。まだアカデミーにもいなかった頃だろう。俺の最大の目標はこの出来損なった眼をなんとかする事だった。成長だとか。そういう意味じゃない。それこそあの頃の俺にとって、生きるか死ぬかに等しいくらいの大問題で必死だったのだ。なんとかする、するしかない。そうでもしなければ日向の一員ではなくなるのだから。

木の葉のエリート部隊のテンゾウさんだ。俺の少しばかりの動揺を感じ取ったらしい。キーワードは大蛇丸。…俺はあの日あの人と"取り引き"した。だって、そうでもしなきゃ…俺はどうなっていた?木の葉の宝、白眼を持たぬ一族の面汚しとして破門は当然。両親を失っている俺だ、絶縁こそあり得る。…ネジやヒナタ様は知らないかもしれないが、日向家はそういう場所なのだ。それこそ第三次忍界大戦で多くの一族が消えていく中で。なんとしても血筋を繋ぐ必要だってあった。俺は戦時中の子どもだ。そして、ひとりだ。ネジが産まれる遥か前。日向家が俺にした仕打ちは酷く露骨であった。きっと、シモクやオクラがいなければ潰れていた。だから、俺は拘るのだ。俺自身の幸せなんか二の次の、そのまた次でいい。…いや…あいつらがいなければ、俺の幸せなんてありはしないのだ。

「ほ?その気配は…」
「久しぶりじゃないか?新」
「アッスマさん」
「カカシから聞いていたが、まぁいい面してやがるじゃねーか」
「目元が隠れて男前でしょう?」

アスマさんである。久しぶりに聞く低音の声だ。

「病院抜けてフラフラしていていいのか?」
「ネジには怒られるかもしれない。だけど、俺も一人になりたい時くらいあるさ」
「明日雪でも降んじゃねーのか」
「なぁ。アスマさんは猿飛一族に生まれて良かった?」

…この世界で。己の不幸を嘆く者の、なんと多いことか。

「…丁度、悪くねーと思ってたところだよ」
「へえ。アスマさんもそんなこと思うことあるんだ。意外も意外。」
「お前は俺をどんな目で見てんだよ」
「あっは。」
「お前もいつか分かるだろうよ。そのために、今は後悔する生き方するんじゃねぇぞ」
「………だろうよ」

後悔ばかりで、もう取り返しがつかないかもしれないけれど。アスマさんの声色は澄んでいて、そう言い返すのも躊躇われた。…なんだ…?澄み過ぎているくらいだ。

「…」

目が見えない代わりに、耳が急激な発達を遂げているのがわかる。息遣い1つで目の前の人間の表情が分かる程。

「…前。カカシさんもそうだったんだよ。」
「ん?」

傘もささずに、慰霊碑の前につっ立っていた。少しばかり思い出す。

「いや、なんでもない!クソして寝るわ!それじゃあな!アスマさん!」
「お前ってやつは…」

呆れたような溜息。これが俺とアスマさんの、最後の茶番になってしまう、ほんの少し前の話だ。




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