118.痛みだけだなんて、だいぶ嘘
「新、平気か」
「悪いな……ネジ……まさかお前におぶられる日がくるなんて」
「全く、なにしているんだ。」
「ん……ごめん」
声に覇気がない。ネジの背中におぶられた新の両目は応急処置として包帯が巻かれ、その光を遮断していた。高身長の新の足はプラプラとネジの両脇から飛び出て揺れる。
「ネジをおんぶしたの、最後いつだった?」
「さぁ……昔過ぎて覚えてないな」
「はは……だよな……俺達も大人になったんだな……」
白い忍装束に皺が入る程ネジの服を掴んだ手を視界に入れた。骨張ってて赤切れと切り傷が無数に走った、ぼろぼろの手だ。その手はいつも武器を握り、野菜をとり、掃除もしたりする手だ。また、ネジに向けられる優しいものでもある。この手があるから。この手がいつも自分を引き戻すから。いつだって。
「……っ、」
「痛むか?」
今はもう、そうは言ってられないのだ。お互いが上忍としての立ち位置だ。責任は同じだけある。大人になったんだ。俺も。
「……俺、未発達の白眼持ちだ。自分で弄ったんだ。ガキの頃」
「……」
「日向の半端者に扱われるのが嫌で。俺なりにやったんだ……ここまできて……こんなことに」
「……」
「この目が二度と使い物にならなくなったら……俺は忍を退かなきゃならない。この目が二度となにも映さなかったら……今この時のネジで止まる…」
二度と忍として立てないということ。それは新から何もかもを奪う。
「……馬鹿みたいだな。あん時は先の事なんて考えてなかった。」
「まだ可能性はある。木の葉に戻れば」
「……そう…だな」
暫くの沈黙。気を失ったのか寝たのか。力が抜けたこのノッポの図体は想像以上に重かった。細身だと思っていたが割と筋肉がついている。体制を持ち直し、背中には自分の鞄を背負い歩くリーを振り返った。いつでも変わりますよ、なんて親指を突き出してきたものだから苦笑いで再び前を向いた。先にチャクラ切れのカカシさんを背負って走っていったガイ先生の姿は見えない。おっさんのおんぶは出来ればもう見たくはないが。
「新さんて、本当にネジが好きよね」
「急になんだ」
「だって二言目にはネジだもん」
テンテンがカラッと笑った。悪意なんて微塵もない慈愛に溢れた笑顔だった。中忍試験で砂嵐に遭った時も、すぐに駆けつけてくれたのは新だ。
「うらやましー!」
「羨ましいって……」
「そういう人、大切にしなきゃだめよネジ!」
いつもうっざーみたいな態度とってたら、いざって時に本音が言えないよ?……ギクリとした。
「わかったわかった」
「本当にわかってるんだか」
あと少しで、火の国圏内だ。五代目に診てもらえばきっと。
「おかえりなさいガイさん、カカシさん。一番ですか?」
「おう!シモクか!調子はどうだ!」
「お陰様で。カカシさんお預かりしますよ。」
「お前は病み上がりだろう。任せろ!病院まで走るさ!」
真っ白な歯をきらりとさせてガイさんは走った。……カカシさんをおんぶという凄まじく破壊力を伴う光景が目に焼きついた。
「あなたは確かシカマル君の!」
「君は……ガイさんの生徒の、」
ぐわんぐわん揺られながらカカシさん達の姿が見えなくなった瞬間背後から声がかけられた。確かオクラと一緒にいたガイさんの一番弟子。
「はい!ロック・リーです!」
「ネジと新は?どうした?」
「すぐに来ますよ!あ、もしかしてお迎えですか!?」
「あぁ、新の事は聞いた。道中異常はなかったか?」
「大丈夫です、今は寝ていますが」
たん、と音がして。リー君から視線を上げればテンテンちゃんやナルト。それに並行して走るネジとサクラ。
「ネジ、話は聞いてる。」
「シモク、さん。」
「ひとまず病院へ。シズネさんが待っている」
ネジの背中でぐったりする新に思わず眉を顰めた。長い髪が腕と同じく垂れる。横から見た両目には包帯が巻かれ、視界を遮断している。ネジの肩を押して病院へ急がせた。
「それからサクラさん。カカシさんは一足先にガイさんが病院へ連れていったよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「2人が心配だ。俺も病院に……」
「待てってばよ!あんた、あんたが新の兄ちゃんが言ってた!」
新が、言ってた?なにを言ったんだと思った瞬間がっしりと肩を掴まれた。なんだ。ここで組手しようって?反射的に掴まれた腕を掴み返した。
「何だ?」
「俺ってば約束したんだ!帰ったら、あんたに会うって」
「俺に…?理由は」
彼もシカマルの同期で友達だ。優しく扱いたい。だがなぜこんなに必死に掴みかかるのか。
「誰の声も届かねぇから、ひとりぼっちだから、会って欲しいって!」
誰の声も……そうか、新のところに伝達が…。あの時の俺は、自力で引き返せない所にいた。心が半端に壊れて。イヅルや、かつての同級生を傷付けてしまった。きっとあのまま再会したら、きっと彼らも傷付けた。
「だから!俺が友達になるってばよ!」
「へ、?」
「俺とあんたは友達だ!」
ばしばしと肩を叩かれて、俺はここ一番唖然とした。にかっと太陽の如く眩しい笑顔で彼は言ってのけた。
「とも…だち?」
「だから、もう一人とかじゃねぇよ。あのさ…俺ってば分かるんだ。俺も一人で生きてたから。あんたの気持ち」
「俺は、一人とかそんな……」
「心が!一時でも一人ぼっちだと思ったら、そうなんだってばよ。兄ちゃん」
「俺には、新もオクラもシナガ先生も…家族だっていた。ナルトとは違過ぎる」
「同じだ。わかるっつってんだろ。」
碧い目から視線が落ちた。ひとりだって。はっきりと他者から指摘されたのは初めてで。そんなつもりは。まるで自分がそんな雰囲気を発していたのかと、恥ずかしくなる。俺には仲間も家族もいた。正真正銘、ひとりだったナルトとは比にならない。この子にそんなこと言ってもらう資格すらないのだ。俺は、恵まれているくせに。俺は幸せなんだよ。これ以上はないものねだり甚だしい。
「違うよ。俺は弱いだけだ。独りよがりの、どうしょうもない。友人に迷惑しかかけることが出来ない男」
「自分に嘘ついて楽しいのか、あんた。」
ナルトの言葉のひとつひとつが、俺には強過ぎる。でも逆に気付かされる。
「楽しいものか」
俺は幸せだ、なんて唱えて自分を騙していることに。